第332話悪魔編・偽その21

 考えても見れば、俺は今日1日中外を走りまくっていた。だからか時間も気にしていなかったが、時刻は夜中まで進んでいた。

 そんな真夜中。大体22時過ぎぐらいだったろうか。俺はとある不気味な屋敷へと案内されていた。

 街の中心部から少し離れたところにあり、外壁や内装全てがボロボロになっていた。今にも崩れてしまいそうなぐらいの状態だ。

 床には所々ネズミが沸いており、いかにも不衛生な場所だということが理解出来る。


「しっかしきったねぇなぁ。お前ほんとにこんなとこに住んでんのか?」


 ヘッドホンが問いかける。俺の目の前を歩く不思議な少女、通称占い師は振り返らずに答える。


「いつもここにいるわけじゃないさ。ただここは何かと落ち着くんだよ。周囲の霊力も安定しているしな」


 霊力を感じ取れる力はないので、彼女が言っていることは理解出来ないが、姫奈さんとかが一緒なら納得してくれたのだろうか?


「それで……本当にこんなところに父さんがいるのか?」


 話を戻そう。俺はとある古民家で、この謎の人物と出会った。彼女曰く俺に用があるらしく、どうやら父さんのことも匿っているらしい。

 だからこうして彼女に従い、この怪しげな屋敷まで足を運んだわけだが……


「それに……富士見のこともだ。本当に大丈夫なんだろうな?」


 俺はそもそも富士見や父さんたちを探すために外へ飛び出していた。途中で音夜に出会ったため、富士見を助ける方向に意識が傾いていた。父さんも当然心配だが、かといって富士見を放置するわけにもいかない。そのことを問いかけたのだが……

 占い師曰く『富士見姫蓮は無事だ、とわしの占いに出た』とのことだ。

 彼女が占い師であるという事実に間違いはないだろう。だからこそ信用してここまで着いてきているのだ。それでも不安は拭い切れないが。


「まあそう焦るでない。お主の父はここにいるし、富士見姫蓮もは無事だ。その事実だけは変わらんよ」


 今は、か。あまり考えたくない事だ。

 そうこうしているうちに、屋敷の奥へと案内された。外の世界を感じさせない。まるで深淵の中に紛れ込んでしまったかのような深く暗い世界。そんな場所へと案内された気分だった。


「さて……戻ったぞ」


 占い師は自分よりもはるかに大きな扉を、なんなく開けた。するとその先にはさらに大きな部屋があり、大きなテーブルに、大量の椅子が並べられていた。食堂……だったのだろうか? テーブルの上には小皿とフォークなども並べられていた。


「魁斗……無事か?」


 しかしそんな部屋の感想などどうでもよくなるぐらいに目に焼きつくものがあった。


「父さん……!? な、なんだよその体は……?」


 俺の父。怪奇谷東吾は確かにそこにいた。ぐったりとした様子で、先程の椅子に腰掛けていた。

 それだけなら何も不思議なことはない。

 問題は別にあった。何故か父さんは全身を包帯で巻かれている状態だった。まるで交通事故にでも遭ったかのように。


「……」


 父さんは口を開かない。その表情は暗く、あまりよく見えなかった。


「怪奇谷魁斗さん。ご無事で何よりです」


 すると、父さんや占い師以外の声がした。声のした方に目を向けると、同じように包帯で巻かれた女性が座っていた。


「ほっほ。占い師の言葉で『無事』と言われてもこの目で見てみんことには安心は出来ないものですな」


 さらにその隣には父さんや女性ほどではないが、所々に包帯を巻いている男性の姿があった。

 俺はこの2人を知っている。何を隠そう、この2人も行方不明になっていた礼譲比奈さん。そして陽司不一さんだからだ。


「礼譲さんに陽司さんまで……一体どういう……」


 姫奈さんは除霊師の人たちと連絡が取れないと言っていた。俺はてっきり、父さんたちは誰かに拘束されているものだと思っていた。

 だけどそれは違った。父さんたちは傷ついて動けなくなった体を、ここで癒していたんだ。

 では、どうして彼らは傷ついているのだ?

 一体誰が彼らを傷つけたのだ?

 そんな……わかりきったような考えが、脳内で響く。


「ちょっと……待ってくれよ。な、なあ父さん? その体は……どうしたんだよ? なんで、そんなにボロボロになって……誰に……誰にやられたんだよ」


「……魁斗」


 父さんは俺に目を合わせることなく、ただただゆっくりと唇を震わせた。


「……風香先輩に、やられたのか?」


 その言葉を受けて、父さんはゆっくりと目を瞑った。きっと父さんも、まだ気持ちの整理が出来ていないんだろう。


「私も陽司さんも……おそらくその風香さんという人に……容姿と特徴が一致していたので……」


 礼譲さんは告げにくそうに言葉を放った。


「ふむ。しかし私には到底理解出来ぬことですよ。なぜ怪奇谷さん。あなたのお弟子さんがこのようなことを? それにあの姿はまるで――」


「それは……俺にも、俺にも……わから、ないんです」


 父さんたちは風香先輩に襲われた。その事実だけは理解出来た。だけど理由がわからない。あの人の狙いは俺と富士見だ。なぜ除霊師の3人をわざわざ襲うなんてことをしたのだろうか?


「……それをあなたなら、あなたなら知ってるんでしょう? 早く教えてください! なぜ……なんで風香はあんなことをしたんですか!? 俺が、俺が何か間違えていたんですか!?」


 父さんは占い師に向かって悲痛な叫びを上げる。体の傷がそれに耐え切れないのか、思わず咳き込んでしまう。


「父さん……! と、とにかく落ち着いてくれ……」


「魁斗……魁斗も……風香に襲われていないだろうな? 大丈夫、なんだろうな?」


 父さんの目は血走っている。彼女に襲われたこと。そして今度は息子である俺を心配している。本当に頭が混乱しているんだろう。


「大丈夫だ。大丈夫だから……俺は、何もされてないし……大丈夫だ」


 この様子だと、風香先輩の狙いが俺と富士見であることは父さんたちは知らなそうだ。


「さて、無事に役者は揃ったことだし……話を進めてもよいかの?」


 と、いつのまにかペロペロキャンディを舐めている占い師。


「そういえば……お主は今日ずっと走り回っていたのだったな。ほれ、これでも食え。腹が減っているだろう?」


 と、占い師が手渡してきたのはスナック菓子だった。確かに何も食べていなかったから腹は減っているが……どうせならもっとマシなものを食べたかったな。だけどそんなわがまま言っている場合でもないか。


「す、すまない。じゃあお言葉に甘えて」


「ふむ。それで良い。お主にはまだまだ頑張ってもらわねばならぬからな」


「……?」


 それは、どういう意味だろうか?


「それで……占い師さん。あなたはあの人……安堂風香さんのことをどこまで存じているのですか?」


 礼譲さんは体を押さえつけながらも、ハキハキとした声で話す。父さんに比べてダメージは抑えられているのかもしれない。


「ふむ……そうだな。安堂風香。あやつのことなら大体のことは把握している。だがその説明をするにあたって弊害となるのが……まずわしのことについてだ」


 占い師は自身のことを指差した。


「と……言いますと? あなたは占い師さんなのでしょう? それ以外の何者でもないはずですが……」


「いや、そうとも限らない」


 礼譲さんの言葉を遮ったのは、他の誰でもない父さんだった。


「彼女は確かに占い師だ。だけどその姿はまるで変化していない。何せ俺が子供の頃から変わっていないのだから。それに……俺は不死身の幽霊、富士見祐也の話の中で、あなたが関わっていることも知った。今から500年も前の話に」


 言われて思い出すが、占い師の話が出た時に父さんと剛が大きく反応していたのを覚えている。剛はなんでか知らないが……話を聞く限り、父さんと占い師は元々知り合いだったんだ。だから富士見祐也の話で出てきて驚いたのだろう。


「前々から人間ではないことは察していた。でもその正体を掴もうとはしなかった。それはあなたが味方だと完全に信じ切っていたからだ」


 父さんは占い師を、どこか睨むように告げる。


「でも……もしも……もしもあなたが我々の敵であるならば……悪魔であるというのなら、信用することは出来ません」


 ハッキリと、その種族の名を告げた。

 悪魔。誰もが想像出来ることだった。悪魔であれば500年存在していても不思議ではない。それならば俺が感じた既視感の正体にも納得できる。だって俺は悪魔と会ったことがあるのだから。


「占い師。あなたの正体は、なんだ?」


 父さんは核心に迫る。その言葉を受けて、占い師は深くため息をついた。


「全く。このわしを悪魔呼ばわりするなんて……本来の力を持っていたらバチが当たっているところだぞ」


 しかし彼女はあっさりと笑った。本当にくだらないことのように、それを否定した。

 悪魔ではない。であれば彼女の正体はなんだ?

 俺が感じたこの既視感は……出会ったことのある怪異。幽霊や悪魔以外にあるとすれば――


「ま、まさか……」


 もしも……もしも俺の今浮かんだ考えが正しければ――


「ふっ、その通りだ除霊師の息子よ」


 彼女は、それを肯定した。

 だとすればこの人は、いや。は――


「わしは神だよ。瀬柿神社に祀られる、通称北の神というものだな」


 そんな、とんでもない種族の名を告げていった。

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