第328話悪魔編・偽その17
私は手錠をかけられ、柱に縛り付けられていた。そんな状態で何日も気絶していたらしい。やっと目を覚ましたと思えば、私をこんな風にした犯人が目の前にいた。
安堂風香。彼女が私を監禁し、挙げ句の果てには怪奇谷君を殺すと言うのだ。
発言1つ1つが信じられるものとは到底思えないけど、信じたくなくても信じざるを得なかった。
彼女の密かに宿していた想い。生き物を、好きな人間を殺したいという欲。そんな絶対に発散できない欲が彼女を苦しめ、暴走させてしまった。
結果私は不死身であることをいいことに、何度も何度も何度も彼女の欲を満たすために使われた。
けどその終わりは、あまりにも唐突にやってきた。
「……残念だったな。人違いだ」
思わず、空いた口が塞がらなかった。あり、えない。あり得ないあり得ない!! そう心の中で何度も叫んだ。だって、そうでしょう? 私の前に立っている人物は、怪奇谷君ではなくて……あの音夜斎賀なのだから。
「おん、や……斎賀?? どう、して? なぜあなたがここに?」
音夜は自身が持つ消火器をその場に雑に捨てた。あんなもので殴れば、いくら悪魔になりかけの存在といえど気絶しても不思議ではない。
「…………」
音夜は黙って私を見つめる。何……この感じ。いつもの……いつもの彼の視線ではない。まるで敵意がない。こんなはずは……あの男がこんな視線を送ってくることなんて――
そう思った瞬間。かつて過ごした保護施設の記憶が鮮明に蘇る。そこにいた私に好意を向けていた男。彼の視線。それと、今の彼は……同じ目をしていた。
音夜は目を逸らすと、倒れている風香さんの体を触り始めた。一見するとその体目的か……とも思える行為だが、彼がそんなことをしようとしているわけじゃないのはすぐに理解できた。
「チッ……鍵も携帯もなし、か」
探していたのは鍵と携帯。そんなものを彼は必要としていたのだろうか?
しかし音夜はすぐさま目線をキッチンへと向けた。そしてまな板の上に置いてある包丁……風香さんは使いもしなかった包丁を手に取り、私の方に向かってきた。
「……」
一瞬、また刺されるのかと思った。だって彼は私のことを恨んでいる。憎んでいる。今すぐにでも殺したいと思っているでしょう。刺されて当然だ。
そう思っていたのに、あまりにも予想外なことをしてきた。
「少し、じっとしてろ」
彼は手に持つ包丁を、手錠に思いっきりぶつけてきたのだ。何度も何度も繰り返し、やがて手錠はもう少しで外れそうなぐらいにまでなっていた。
だけど……そんなことよりも私は別のことに気を取られていた。
今、目の前で起きている現象はなに?
なぜ、あの音夜斎賀が私を助けようとしているの?
とうとう幻覚でも見始めてしまったのだろうか? いや、これはもしかしたら風香さんが仕掛けた罠で――
「よし、取れたな」
そんなことを考えていたら、いつの間にか手錠が外されていた。といっても正規の外し方ではなく、包丁で無理やり繋ぎ目の部分を切り取ったので、私の手にはまだ手錠自体はついたままだ。
「錆びていたのが幸いだったか……まあ、いい」
確かによく見ると所々錆びついている。だから包丁なんかで壊すことが出来たんだろう。
「…………」
音夜は再び黙って私を見つめる。なんで……どうして? なぜ恨んでいるはずのあなたが、私のことを? そんな疑問が頭の中でずっと渦巻いていた。
「1つ、聞かせて。どうして……どうして私を助けたの?」
本当に単純な質問。それでいて今1番知りたいことでもあった。富士見姫蓮という女をずっと恨み、憎んでいた男が、なぜその真逆の行為をしたのか?
それが理解できない。しようとしても出来ない。私の中での彼は絶対にこんなことはしない。だからこそ疑問が生まれる。
この行為の真意はなにか? ただそれだけが知りたい。その想いだけで問いかけていた。
「助けたいと思ったから助けた。それだけだ」
さも当然のように告げた。その言葉に嘘はない。ただそれだけは理解できた。
「だが、俺の今までの行動からそう簡単に信用してもらえないことはあの男とのやりとりで理解したことだ。だからもっと簡潔に説明するのであれば……」
「あの男……? まさか、怪奇谷君!? あなた、怪奇谷君に会ったの!?」
音夜は私の顔を見るなりため息をついた。
「はぁ……ったく、あの男といい
「えっ……」
待って。今、彼はなんて言った?
「この女……安堂風香だったか。こいつが全ての元凶ってことはもうとっくに把握しているだろ? 俺はこいつのせいで怨霊を奪われ、酷い目にもあった。だから仕返ししてやりたかったんだよ。そのためにあの男……怪奇谷魁斗と協力し、富士見を助けることにしたってわけだ。どうだ? これで納得したか?」
い、いや……違う。確かに言い分はおかしくないし、納得は出来る。それでも……違う。彼の言い分は本当ではない。そんな仕返しのためだけに私を助けたんじゃない。
「来遊露果」
音夜はぴくりと眉を動かした。
「あなたに取り憑いていた怨霊……そのベースとなった人物。あなたはもしかして……来遊露果さんと交信して……それで……」
言葉が出てこない。それはつまり、なんというか。
「あなたは変わった……いや、違うわね。きっと……そう。
かつての彼。音夜斎賀になる前の……保護施設で暮らしていた彼。その時の状態に戻った。私にはそうとしか思えなかった。
そんな私の言葉を受け、音夜は思わずニヤリと笑っていた。
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