第327話悪魔編・偽その16

 風香先輩が借りていたアパート。そこから数分歩いた先に、趣のある古民家があった。どうにも音夜から送られてきた住所に、ここも該当するのだが……


「おい。あの女こんな場所まで借りていたっていうのかよ。どんだけ金あるんだ」


 それには激しく同意する。アパートならまだしも、古民家だ。そもそも借りれるのか、という話にもなるが。


「ああ。でも……住所は間違ってない。ここからも音夜の家にDVDを送っていたことになるな」


 音夜の家に度々送られてきたDVD。それは風香先輩が富士見を盗撮した映像だった。まさかそれで音夜が富士見の状況を把握していたなんて……その事実に関しても、いまだに衝撃を覚える。


「ここから、瀬柿神社見えるのか」


 ふと目の先に見覚えのある神社が映った。この街で最大の神社、瀬柿神社だ。先程のアパートも、瀬柿神社の近くだった。


「あの女……もしかしたら4つの神社の近くに家を借りていたのかもな」


 それは……どうだろうか? 俺の近くがたまたま瀬柿神社付近だっただけで、今音夜が確認している方は全てが神社の近くというわけでもない。

 と、思っていたのだが……送られてきた住所を見返してみると。


「いや、意外とありえるな。ここは黒戸神社近くの住所。ここは外湖神社。ここは威廻羅神社。所々神社に近い場所を選んでいるみたいだな」


 しかし、そうなると疑問も浮上する。風香先輩は何故、神社近くの場所に家を借りていたのかということだ。


「神社。幽霊や悪魔にとっては相入れない……いわばアウェイみたいなもんだ。どうしてそんなところをあの人は……」


「初代怨霊みたいに、偽物の神様として祀られる予定だったとか? う〜ん、さすがのアタシでもこれはわからないな」


 確かに瀬柿神社に祀られていた初代怨霊の例を真似しようとしたのかもしれない。それなら納得はできるが……


「大体、完全な悪魔じゃないなら……どうすれば完全な悪魔へと変化するんだ?」


 音夜やヘッドホンの話によれば、風香先輩の状態は完全な悪魔ではない。いわば変化している途中とのこと。であれば、どうすれば彼女は完全な悪魔へと変化するのだろうか?


「さあね……そればっかりは直接問いただすしかないでしょ」


 結局のところ、何もわかっていない。全て理解しているのは本人である風香先輩だけだ。その彼女ももしかしたらこの古民家に潜んでいるかもしれない。


「ああ。そのためにも……」


 俺は覚悟を決め、古民家の敷地内へと侵入する。その次の瞬間だった。体全身が痺れるような感覚に襲われた。まるで踏み入れてはいけない領域に入ってしまったが如く、脳が警告しているように。


「なん……これは……」


「どうした、ヘッドホン? 何か感じるのか?」


 ヘッドホンがらしくもなくか細い声を漏らす。


「わから、ない……でも、なんか……アタシにとってはすごく嫌な感じだ。何かはわからないが……」


 ヘッドホンがこんなにも怯えた声を出すのは初めてだ。こんなこと、今まで1度もなかったことだ。


「俺も……妙な感覚を覚えた。全身が痺れるような……脳が拒否しているような感覚がな」


 と、なればこの古民家にがいるのは間違いない。そうでなければこんな感覚を味わうこともないはずだ。


「そうだ。こんな時のために……姫奈さんから貰ったアレの出番だな」


 俺はポケットにしまっていたとある物を取り出す。姫奈さんから貰ったコンパス。一見するとただのコンパスにしか見えないが、このコンパスは針が2本ある。片方の針は、異常な霊力をキャッチするらしい。ただし正確ではないらしいのだが……


「お、おい……針が……う、動いてる」


 片方はちゃんと方位を示しているのだが、もう片方。それは真っ直ぐ古民家の方を指していた。

 このコンパスが正確に作動していたとしたら、この先には異常な霊力を持つ存在がいるということになる。

 俺は近くに置いてあったレンガを手に取った。所々崩れているので少々心許ないが、武器がないよりはマシだろう。


「お、おい。アンタ。そんなもんで戦うつもりか!?」


「バカいうな。俺はそもそも戦うつもりなんてない。ないけど……どうしようもない時に、必要かもしれないだろ? それに風香先輩とは関係ない何かが潜んでいるかもしれないんだから」


 俺は彼女と話をしたい。そのためにやってきた。だけど……それでもどうしようもない時。例えば富士見が襲われていて、それを止めなければならない時。そんな時は強硬手段を取るかもしれない。もっとも、そんな状況で冷静でいられるかわからないが。


「とにかく……行くぞ」


 俺は古民家のドアを開ける。案の定鍵はかかっていない。忍足で奥へと進んでいく。すると、何やらゴソゴソと動いている音が聞こえてくる。あまり大きくはないが、確実に誰かいる音だ。

 息を殺す。この先には見ていけないような異常な存在がいるかもしれない。そう思うだけで俺の心臓は鼓動を早め、身体中から冷や汗が湧き出る。

 廊下を進み、この先の部屋。そこに誰かいる。それだけは理解できた。


「…………」


 思わず唾を飲み込む。今まで以上に心臓の鼓動は早まっていた。この先にあるもの。本当にそれを見てしまっていいのか? 俺は……俺は、大丈夫なのだろうか? 自身の感情をコントロールすることが出来るのだろうか? そんな想いが頭の中を巡っている。

 でも……進まなければならない。もしも富士見が風香先輩に傷つけられているのだとしたら、俺は……俺は迷うことなく風香先輩に手を出そう。


「ッ!!!!」


 俺は僅かな隙間から戸を開け、目の前にいる存在に目掛けて距離を詰めた。

 結果、俺は――


「やあ、待っていたぞ除霊師の息子。またその息子よ」


 正体不明の、不思議な少女と出会った。

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