第326話悪魔編・偽その15

 俺は女の子の部屋というものをほとんど知らない。かつて富士見の家に行き、彼女の部屋を覗いたことがある。ごく普通の部屋であり、これといって特別な物が置いてあるわけではない。案外男女で部屋の中身というのはあまり変わらないのかもしれない。

 では、風香先輩の部屋はどうか? 彼女はこのアパート以外にも数多の家を借りていたことがわかった。だからこのアパートも、その数あるうちの1つにすぎない。そう考えれば部屋に最低限の物しか置いてないのも納得できる。

 それでも……俺はどうにもこの部屋は、正真正銘彼女の部屋だと感じてしまった。

 部屋にある物は木造の白いテーブル。それだけならまだ普通のことで、何も思うことはない。

 だけどそれだけじゃなかった。

 この部屋には明らかな異常があった。言葉にできないぐらいに……歪で、彼女を証明する物があった。

 包丁。ナイフ。ハサミ。カッター。ノコギリ。斧。

 言い換えれば大量の凶器。それらが壁に複数掛けられていた。そのどれもが使用感のある物で、実際に使ったことを示していた。

 彼女はこれらの凶器を使って、何をしていたんだ? それを想像するだけで吐き気がする。


「アンタ……テーブルの上」


 そして極め付けには、白いテーブルの上。よく見ると所々が赤く染まっており、ペンキか絵の具で汚してしまったような跡があった。だけどこれがペンキなどでないことはすぐにわかった。

 なぜならすぐそばには、虫カゴに入れられた物体があったからだ。正確には、体を真っ二つに切断されたネズミが。


「うっ……」


 思わず口を押さえる。なんだ、これは。あの人はこんな意味不明なことをしていたというのか……?


「だから言ったんだ。おすすめしないってな。でも……これであの女の異常性は理解出来ただろうな」


 風香先輩の異常性。それはこの部屋がすでに証明していた。


「じゃあ……なんだ? 風香先輩は生き物を殺すのが趣味で、悪魔になった暁には好きな人間を殺してみたいと……そう、言いたいのか?」


「だろうな。それならアンタやふじみーを狙う理由にもなる。ただ人間を殺すだけならあの男だってとっくに殺してるだろうし」


 言われてみれば……音夜の体は傷ついていた。本人も言っていたが、あれは風香先輩にやられたらしい。もしも風香先輩が人間を殺したいと思っていたなら、音夜はとっくに殺されていたはずだ。


「風香先輩……」


 彼女の異常性は、この部屋が証明している。これはもう紛れのない事実なのだ。


「アンタ。アンタももうわかってるだろ? あの女は異常だ。これが本性だ。きっと、話し合ってどうにかなる問題じゃない」


 今まで共に過ごしてきた風香先輩は嘘だったのか? いや、違う。それは違う。あの人はいつも素だった。何も変わらない。明るく元気な先輩だったはずだ。


「……お前は、風香先輩をどうすべきだと思ってるんだ?」


 ヘッドホンは風香先輩に対して苦手意識を持っていた。とはいえ彼女がこのような反応を抱くのも普通だ。


「決まってる。人間のルールを外れた者はそれに倣った法に裁かれるべきだ」


 人間のルールを外れた者。人間を辞めた彼女は悪魔へと変化した。悪魔に与えられた末路。それは――


「つまり、エクソシストの手で悪魔祓いをしてもらえってことか?」


「ああ、そうだ。あんなものを悪魔と認めたくないが……事実なんだから仕方ねぇだろ」


 悪魔を倒せるのはエクソシストか同じ悪魔しかいない。となれば現実的なのは、エクソシストに倒してもらうこと。それが至って普通の考えだろう。誰だってそう思う。相手は悪魔だ。例えそれがどんな理由でなろうとしたとしても。それはこの現実世界に存在してはならない。


「まだ事実と決まったわけじゃ……」


「アンタ。目を背けるな。ここまでの情報が揃っていて、違うなんてこと……あるわけないだろ?」


 同じ悪魔であるヘッドホンは、もしかしたら風香先輩に起きていた異常を無意識のうちにキャッチしていたのかもしれない。だからこんなにもハッキリと告げることが出来るんだ。

 悪魔となった彼女を倒す。そんな考えたくもないやり方が脳裏に宿る。

 本当にそれでいいのか? 俺は風香先輩のことを、まだ何にも知らないのに。

 いや、まだだ。知らないまま、あの人を倒すことなんて……俺には出来っこない。


「俺はまだ、あの人に聞かないといけないことがたくさんある。だから――」


 この異質な部屋を後にし、音夜から送られてきたメールに目を向ける。ここから1番近くの住所に向けて足を進めた。

 これまでの情報が本当だろうが嘘だろうが、俺は問いたださなければならない。彼女について。あの人が本当に思っていること……本心を聞き出さなければならない。

 それが……風香先輩のやりたいことなのだとすれば。俺は――

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