第138話怨霊編・真その5

 気分が変わった。とてもじゃないが買い物などしている気分にはならない。俺はショッピングモールを後にして、バスでとある場所へと向かった。

 瀬柿病院。つい先ほど、殺人事件が起きた病院だ。おそらく向かったところで、多くの報道陣や野次馬がいるだろうから中に入ることは出来ないと思う。

 しかし今は情報が欲しい。それに、まだ犯人は近くにいるかもしれない。

 もしも仮に、犯人が怨霊に取り憑かれていたとしたら。それを祓うことが出来るのは俺だけだ。

 なぜなら、この街には正式な除霊師は俺ただ1人だけなのだから。


「……」


 これは俺にしかできないことで、俺が解決するべき事象だ。弟子である風香にも危険な目にはあって欲しくないし、魁斗の友達である富士見姫蓮という少女にも傷ついて欲しくはない。

 そして何より、我が息子である魁斗を関わらせるわけにはいかない。そのためには、自分にできることをするだけだ。

 そしてしばらくバスに揺られて数分。目的地である瀬柿病院前に到着した。案の定、周辺には多くの人で溢れていた。

 報道陣の数もかなりあり騒がしいが、それ以上に警察や病院にいた患者なども混乱した様子でいるのがよくわかる。

 患者を心配した家族や友人らしき人物なども集まっているが、現在は立ち入り禁止となっている。

 そのため、少しずつ中から患者や医者が出てきているという状態だった。


「風香。近くに取り憑かれている人間がいるかわかるか?」


 俺は再び風香に電話をかけ、辺りの様子を探ってもらった。


『そうですね……残念ながら師匠。そこは結界の範囲外なんです。この前範囲を狭めましたよね? 運が悪く、ちょうどその周辺を除いてしまったんです』


 なんという最悪な展開だ。これでは近くに取り憑かれた人間がいるかどうかもわからない。

 確か以前風香に怨霊退治を任せた時、この近くの研究所に怨霊がいた痕跡があったと聞いた。もしかするとそこに行けば何か掴めるかもしれない。


「風香。俺は研究施設に向かってみる」


『え? 確かそこは万邦が爆弾を作っていた場所ですよね?』


「そうだ。そしてたまたまその近くの病院が標的にされた。偶然だと思うか? もしかするとこの辺り、この場所が怨霊の本拠地なのかもしれない」


 俺たちが怨霊に目をつけてからもう数ヶ月と経った。しかし、未だに肝心の初代怨霊には遭遇していない。それどころか、そこから分かれた3匹の怨霊にすら逃げられている状態だ。

 こんな調子で事件の解決なんて出来るのか? そんな不安が募っていく。

 俺は病院を離れ、しばらくしたところにある研究施設に向かった。

 ここに、怨霊はいた。それは間違いない。


「……よし」


 俺は中に入ろうとドアを開ける。開けたと同時に、スーッと冷たい空気が通り過ぎていくのに気づく。中の様子はまるで廃墟だ。いかにも心霊スポットと言わんばかりの建物だった。

 その中に侵入し、ゆっくりと足を進める。ところどころ、ポタポタと水が落ちる音が聞こえる。雨漏れしているのだろう。それ以外には自身の足音しか聞こえない。

 その状況が恐怖を煽る。今は昼だというのに、施設内は真っ暗だ。そのせいか、やけに寒気を感じる。

 さらに進むと通路が2つに分かれていた。俺は左右を確認した。どちらも景色は変わらない。同じ道がそれぞれ続いているといった様子だった。

 俺は深く考えず、左に進んだ。その先も今まで通った道とは一切変わらず、同じように水の音と、足音しか聞こえなかった。

 だけど、1つだけおかしなところがあった。決定的に違うこと。それは。

 


「ッ!!」


 先を見据えると、そこには1人。年老いた男が体をふらつかせて歩いていた。男は前を見ずに、真下だけを見ていた。俺には、気づいていないのか……?

 そう思っていた矢先、男は突然顔を上げた。


「ガ……キサ、マ……コ、コロ、ス……!」


 男は片言ながら確実に俺に敵意を向けた。そして体を前傾姿勢にすると、全速力で走りだした。

 俺はそれをギリギリのところで交わした。男はそのまま勢いよく倒れて滑り込んだ。


「じょう・じょう・おん・じょう・じょう」


 俺は手のひらを男に向けて言葉を放った。男は倒れたまま動かない。取り憑いていたモノが消えたからだろう。意識を失ったんだ。

 やはり、ここには何かある。それはこの男が証明していた。しかし、この男はここで何をしていたのだろうか。それは後で聞き出す必要があるかもしれない。

 とにかく俺は先に進んだ。こうなってしまった以上何かあるのは確実だ。俺は少し歩めるスピードを上げた。足音が徐々に素早くなっていく。

 すると、1番奥にたどり着いてしまったようで行き止まりだった。途中いくつも部屋はあったが、中は完全に無人で物も何も置いてなかった。だから気にせずに進んできたが、見落としてしまったか?

 そう思って戻ろうとした時だった。ポタっと、何か落ちてきた。


「……?」


 生暖かく、それは頬についていた。何かと思い手で触れてみる。

 ドロっとしたそれは。ドス黒く染まった液体だった。この表現はおかしいかもしれない。しかし、実際にそう判断するしかなかった。

 そのドス黒い液体はなんで上から降ってきた? そもそもこの液体はなんだ?

 よく見れば、足元にはそのドス黒い液体が垂れてきたかのような跡がたくさんあるじゃないか。

 なんだこのゾワゾワした感覚は。体が叫んでいる気がする。

 見てはいけない。上にあるものを。それを見てしまうことは。とても、普通の人間には耐えられない気がする。

 そう思っていたのに。そう考えていたのに。俺は、そこにあるモノを、この目ではっきりと見た。

 いた。いや、いた、という表現は間違っている。そこにはあったのだ。ドス黒い液体を垂らしているモノが。

 人間の形をした、そんなモノが天井に突き刺さっていたのだ。腹部を巨大なスコップで一突きにされており、天井にはまったまま動かない。当たり前だ。そんな状態で生きてるわけがないのだから。


 そう。そこにはあったのだ。


 人間の死体がーー

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