第139話怨霊編・真その6
俺はしらす丼を平らげると、すぐに外へ出た。そしてその足で走る。
向かう場所は決まっている。来遊市イベントホール。爆弾が仕掛けられたと報道された場所だ。
来遊市イベントホールは来遊市の中心部に存在する巨大な会場であり、ライブや説明会だったり時にはコスプレ大会なんかも開かれるらしい。
俺も1度だけ侵入したことがあった。あの時も怨霊を追ってのことだったな。しかし今回は怨霊とは限らない。ただの爆弾魔だってこともあるし、なんならいたずらかもしれない。だが、あまりにもタイミングが良すぎる。
かつて怨霊に協力をしていたという男、万邦。その万邦が作り上げたのは、幽霊に取り憑かれている人間が近づくと爆発するという爆弾だった。
富士見はそれを経験しているらしく、それは事実のようだ。まあ、爆弾を経験したことあるなんてさらっと言えるのは富士見ぐらいだろう。
ともあれその万邦が作り上げたのは爆弾であり、今回も爆弾だ。偶然にしては出来過ぎではないか? というのが俺の考えだ。
「見えてきたな〜。って人多いなぁ」
ヘッドホンが嫌そうな声を上げる。それもそのはず。イベントホールの周辺には多くの野次馬が集まっていたからだ。野次馬だけではなく、警備員に報道陣と色んな人がいることがよくわかる。
そして俺もその1人に混じらなければならないのだが。
「ま、入れるわけないよな」
当然だが厳重な警備体制が引かれており、中に入ることはできない。
「いやいや。アンタ入ろうとしてたの? それはどうかしてるぜい。アタシだって一応幽霊なんだぜ? 爆発したらどうすんだよ」
そう言われると確かにそうだ。富士見ならともかく、中に入った途端にドカンじゃいくつ命があっても足りない。
「それにアンタの
俺の持つ能力、ゴーストドレイン。俺も知らなかった力の秘密。それは、吸収した後の幽霊がどうなっていたのかということ。
俺はてっきり消滅したのだと思っていたがそうではなかった。俺の中にある意味別の世界が存在していて、そこに幽霊はいるという。現に、そこから1度吸収した地縛霊を再び呼び出している。
ちなみにあの後地縛霊はどうなったかというと……実はわからないのだ。神域から現実世界に戻った際にはもうすでに取り憑かれている様子はなかった。その後に合流したシーナもわからないと言っていた。
シーナはゴーストコントロールという幽霊を操る能力を持っている。操っている際には、自身が操っている幽霊を感じ取ることが出来るらしいのだが、俺が神隠しにあった瞬間にはすでに地縛霊を感じ取ることが出来なくなっていたという。
もしかしたら、あの時地縛霊はもう操られていなかったのかもしれない。
「おい、アンタ。あそこの看板見てみろよ」
ヘッドホンが見ろと促した看板を見てみると、そこにはこの1週間会場で何が行われるかスケジュールが書いてあった。そんな中、1つの項目が目に入った。
『10月2日。来遊市出身ドラゴン系アイドル! スーパーライブ!! 開幕ッ!!!!』
と、他の項目よりもデカデカと書かれていた。明らかに目立っていた。まあ逆に他のが目立たなすぎるというのもあるのだが。
『10月1日。茶道講習』
『10月3日。ちょっと遅めの怪談話』
『10月4日。動物と触れ合おう! 子供も大人もみんなお友達!』
『10月5日。世界を旅した男が全てを語る。〜わたしの話を聞く勇気。あなたにありますか〜』
『10月6日。つりのつりおがプレゼン! 絶対に釣れる釣り秘術!!』
『10月7日。ホッパーマン イベント』
と、以上のような予定だったらしい。さっきのは訂正しよう。ツッコミどころ満載な内容だな。ここに混じっているアイドルライブというのもなかなかだと思う。
「なあアンタ。アタシこの怪談話聴いてみたいな! 今度来ようぜっ!」
「怪談話ってなぁ。お前もうそういう時期じゃないんだぞ? 怪談話といったら夏が定番だろ? なんだってこんな時期にやるんだよ」
「そりゃあれだろ。夏に聞けなかった人が聞きにくるんだ。ほら、アタシは超忙しいかったじゃん? アタシみたいな多忙なやつが聞きにくるわけ」
「多忙ね。お前が一体どんな生活を送っていたのか詳しく聞かせてもらおうか」
ヘッドホンが多忙なわけあるか。が、しかしだ。彼女がここまで興味を持つというのも珍しい。少し、考えてあげないこともないか。
「連れてってくれたら特別にふじみーとホッパーマンイベントに参加する許可を与える」
「は? なんで俺がそんなイベントに参加しなくちゃならないんだ」
「うわ、うわうわ。アンタそういうこと言っちゃうんだ。うわ。かわいそ〜だなふじみー」
「なんだよ。別に富士見から言ってきたならともかく、なんでお前に許可を取らないといけないんだ」
「ほう。ふじみーから誘われたらいくんだぁ」
さっきからこいつは何をそんなに面白がっているんだ。顔があったら絶対ニヤニヤしているだろうな。
「そんなこと、わからねぇだろ」
「ど〜だか。アンタは確実に行くね」
「いやいや! そもそもなんでそんな話になってんだ!」
全く。こいつは何をそんなにテンションが上がってるんだ。
「あれ? 怪奇谷君じゃない」
と、唐突に声をかけられた。あまりに突然だったので体がびくっとしたのがわかる。当然だ。だって俺は今ヘッドホンと会話をしていたのだ。知らない人から見れば俺はただの変人にしか思われない。
まあもうそんなことどうでもいいのだがな。どうせ俺は変人だ。そんな変人に声をかけてきたのはどこのどちらさんなのだ?
「あ」
俺のすぐそばに立っていたのは同志先生だった。しかし同志先生の格好はかなり不自然だった。
いつも学校で着ているスーツでもなければ、ドラコの格好をしているわけでもない。下はスキニーを履いていて、上はジャケットを羽織っていた。別にそれぐらいならなんとも思わないだろう。ごく普通の服装だ。
しかし決定的に違うところがあった。髪だ。髪の毛が長くなっていたのだ。
いつもは肩にかかるくらいの長さだったのが、今は腰まであるロングヘアになっているではないか。
「せ、先生? どうしたんですか? その髪は」
俺が質問すると髪をいじりながら答えた。
「あー、これ? これウィッグだよ。たまには長い髪もいいかなーと思ってね」
なるほど……ぱっと見じゃ全然わからないぞ。それでも俺がこの人を同志先生だと理解できたのには理由がある。
「よぉ、ボウズ。相変わらずお前さんは大変そうだな」
「こんにちは。あなたもニュースを見たんですね」
同志先生に取り憑いている2人の指導霊、ボクとオジサンが見えたからだ。
「ええまあ。なんでも爆弾が仕掛けられたとかで」
「らしいわね。全く、また爆弾なんてね。私、爆弾に好かれてるのかな?」
そういえば、ちょうど富士見達が爆弾処理に追われている時に俺たちは同志先生と共にいたんだったな。
今思い返せば、あれは風香先輩が俺を怨霊に関わらせないために仕掛けたことだったな。
もしも同志先生が幽霊を見ることができなかったら、別の案を考えていたのだろうか?
「ところで同志先生。まさかとは思いますけど、この後ライブなんてやったりしませんよね?」
「するわけないでしょ。もう会場には入れないしね。念のためか、明日も入れないようにするらしいよ」
俺はイベントホールを見る。未だに多くの野次馬や報道陣で溢れている。
「あーあ。私明日の怪談話に興味あったのになー」
「え?」
聞き間違いだろうか。今、同志先生は怪談話に興味があると言ったのだろうか?
「あ、そうだ! 今度怪奇谷君さ、怪談話してよ。君そういうの得意そうな顔してるしね。生田さんも呼んでさー。あ、あと冬峰さんも呼ぼうか」
「怪談話ぃ? そりゃあないぜドラコよ。それならいつでも俺たちがしてやるってのに」
「まあまあいいじゃあないですか。辰巳がみんなと交流を持つというのはいいことじゃないですか」
「いや待て。どうして俺が怪談話をする前提で話を進めている。後俺そんな得意そうな顔してますかね?」
首元でヘッドホンがかすかに動くのを感じる。おそらくこう言っているのだろう。
やれ、と。
「え? 出来ないの? うーん。まあそうよね。よく見れば怪談話は不得意そうな顔をしてるようにも見える。わかった。この話はなかったことにしましょう」
「だからいったろ! こんなボウズに怪談話なんてできるわけねーって。ここは、人生の大先輩であるこの俺に……」
「そうですかー。ならば仕方ありませんね。怪奇谷さんは無しでやりましょう」
「なんでだろう。俺は今とても悲しい気分だよ」
勝手に出来ると思われて期待を高めたのちに、勝手に絶望されても困るだけだ。
「でもどうしてもやりたいって言うなら話は別よ!」
「いや待て。ドラコ! 俺を見るんだ!」
「そうですねー。怪奇谷さんは別に来なくてもいいんですよ。その分僕たちが生田さんや冬峰さんと楽しみますから……色々とね」
「ってなんだその色々と含みのある言い方は! だいたい何をするつもりなんだ!」
「え? ただの怪談話ですけど?」
とぼけた顔で答えるボク。完全に遊ばれている。
「あーわかったわかった。それは考えておくから」
「おー! さすがね、怪奇谷君! 私がもし担任だったら贔屓しちゃうところだったよ」
「いや、それは教師として大問題なんじゃ……」
露骨に喜びを表す同志先生。そんなことでテンションが上がるんならこれから先も人生を楽しく過ごすことが出来るだろう。
「そんなことより怪奇谷君。あなたこの後用事はあるの?」
「なんですか? まさかデートの誘いですか?」
「ば、バカなこと言わないでっ! 生徒と教師が禁断の恋だなんて……だ、ダメよ! まだあなたには早いわ!」
「これといった予定は正直ないです。強いて言うならば、調査ですかね」
勝手に妄想している同志先生を放っておいて話を進める。
「ふーん。私はこれから瀬柿病院に行こうかと思ってね」
同志先生はこれから瀬柿病院に向かう。そう答えた。殺人事件が起きたあの病院へと。
「先生。どうして瀬柿病院なんですか?」
俺の様子を見て何か察したのか、同志先生の表情も真剣なものになる。
「その様子だと何があったかは知ってるみたいね。そうよ。私は事件があったことを理解した上でこれから向かうつもり」
「どうしてですか? まさか瀬柿病院に入院している人でもいるんですか?」
「うーん。そういうわけではないんだけど……あの辺りにはそれなりに縁があってね」
同志先生ははっきりとは答えない。何か言いにくいことでもあるのだろうか。
しかし同志先生の行動を制限するわけにはいかない。それに……うまくいけば指導霊の2人なら何かわかるかもしれない。
「わかりました。でも気をつけてください。仮にも殺人事件が起きた場所ですから」
「大丈夫よ。あなたはこの辺りの調査? をするんでしょ。そっちも気をつけてね」
「はい。それから今、瀬柿病院の方に富士見と智奈が向かってるんです。もし合流できたら……」
俺は指導霊の2人を見る。
「2人とも。もしも何か違和感があったり、わかったことがあったら富士見達に伝えて欲しい」
時間的にまだ富士見と智奈は瀬柿病院へと辿り着いてはいないだろう。同志先生が辿り着くタイミングと合えばいいのだが。
「そういうことなら任せろ。人生の大先輩であるこの俺に任せ……」
「もちろんですよー。そのかわり、さっきの約束はちゃんと守ってもらいますよ?」
「だあーー!! 俺のセリフがぁっ!!」
同志先生は2人を見て呆れた顔をする。
「はぁ……まあとにかくわかったわ。それじゃあまた会いましょう」
同志先生は手を振って去っていった。俺も同志先生を見送り終えた後、再びイベントホール周辺に向かって歩き出した。
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