第137話怨霊編・真その4
日が暮れたある日の教室。授業が終わってひと段落した。さあ、帰ろう。そう思った。
だけど何か様子がおかしい。ただ学校で授業を受けていただけなのに、なんで外はこんなに真っ暗なんだ?
静まる教室。辺り一面は真っ暗で、冷たい空気が漂う。そんな視線の先には数人の人物。見知った人物がいた。
生田智奈。後輩であり、少しだけおとなしい少女。そして、秘めたる想いを抱いているのも知っている。
少女はこちらを見た。だけど、一切言葉を発さずに教室から出て行ってしまった。
「おい、智奈!」
つい声を上げる。すると、今度は真後ろから背中を叩かれた。
振り返るとそこには、奏軸恵子が立っていた。俺の大切な妹である恵子は、無表情のまま俺を見る。
「恵子?」
恵子は一瞬、口元を緩めた。
「バーカ」
次の瞬間、背中に衝撃が走った。電撃を食らったかのようなヒリヒリした感覚、それでいてよくわからない痛みを覚えた。じわじわと滲んでくるこの赤いシミはなんだろう……
「え……」
気がつくと、足元は真っ赤に染まっていた。なんだ、これは。何が、どうなってる?
「あっ……な、なん……なんだよ……! 何がっ……!」
言葉がうまく出ない。信じたくない。これは、この足元に広がっている世界は、どこから発生したのかを。
そして、その答えを教えようと、回答者が現れた。
「は……?」
俺のすぐ後ろに、手を真っ赤に染めた人物がいた。
「ふふ」
奏軸香。俺の大好きな姉。なんで、手が真っ赤に染まっているのだ?
「ねえ、ちゃん?」
姉ちゃんは今まで見たことないぐらい邪悪な笑みを浮かべた。
その次の瞬間、教室が砕けた。世界が真っ暗に染まる。
寒いーー
冷たいーー
寂しいーー
怖いーー
そんな感情が流れ込んでくる。それは誰の感情だ?
「ーー」
目を開けると、見覚えのある光景が広がっていた。ここは確かーー
「怪奇谷君」
声の主は俺のすぐ後ろにいた。ああ、ここは。目の前にいる少女の家だ。
少女は俺の首に腕を絡ませた。顔が近い。彼女の吐息がすぐ近くに感じる。
「私はーー」
少女は唇を近づける。そういえば、前にも一度、こんなことがあったっけ。
しかし、彼女の唇は触れることはなく、世界はここで終わった。
本当に目を覚ますと、そこはいつも通りの光景だった。
「……」
時刻は11時丁度。少しだけ遅い目覚めだ。今のは、なんだったんだろう。夢、だよな?
「……」
思い出そうとしてみるがぼんやりとしてしまう。だけど最後にあったことは明確に覚えている。どうして、富士見はあんなことを?
「おはよう。珍しく遅めの起床じゃないか」
テーブルの上から声がする。俺はその声を発するヘッドホンを首にかける。
「たまにはいいだろ。昨日はそれなりに疲れたんだしな」
俺は昨日の出来事を思い出した。昨日は土曜にもかかわらず学校に行った。そこで富士見、智奈、シーナと今起きている怪奇現象について話したのだ。
現在悪夢を見ている人が増えている。中には混乱状態に陥ったり、意識を失ってしまう人もいたらしい。
昨日は情報収集ということで、それぞれネットや図書館に向かったりなどして調べてみた。しかし目ぼしい結果は得られず、日が暮れてしまい解散となったのだ。
悪夢。昨日、富士見もそれに近いものを見たと言っていた。そして、今日俺も同じようなものを見た。
やはり偶然ではない。これは、何かが起きている証拠だ。俺はとりあえずリビングへと向かう。
「お、やっと起きたか」
そこには俺の父、怪奇谷東吾が何やら出かける支度をしていた。
「なんだ父さん。出かけるのか?」
「ああ。まず魁斗に1つ悲報から伝えねばならない。我が家の炊飯器が壊れてしまったのだ!!」
なんと。父さんあんなに愛用していたというのに。
「というわけでこれから新品を買ってくる。あー朝飯は置いておいたから食っておいてくれ!」
と、駆け足で父さんは家から出て行った。
「あ〜あ。壊れちゃったか〜。だけどあの炊飯器はアタシと違って捨てられちゃうんだよね〜。かわいそうに」
「どうだか。父さんのことだし取っておくとか言い出すかもしれん」
まあありえなくはない話だ。俺がイヤホンやヘッドホンを好きなのに対し、父さんは家電が大好きなのだ。主に食品関係にはこだわりが強いらしく、しょっちゅう高額な家電を買ってくる。
「しらす丼か。炊飯器壊れてるのにどうやって作ったんだ」
1つだけしらす丼が置いてあった。これが俺の朝食だろう。
「うまそ〜だな! アタシにも食べさせろ!」
「どうやって食うんだよ」
俺はしらす丼を電子レンジ(これも父さんこだわりの一品)に入れて数分待つ。
その間に携帯でも確認しておこう。すると、いくつか連絡があったようだ。
まず3件の着信履歴があることに気づく。そこに表示された名前は……
『安堂風香』
『安堂風香』
『安堂風香』
風香先輩からの電話だった。
「アンタモテモテじゃん!」
「はぁ、目覚めて早々面倒だな」
とりあえず大したことではないだろうから一旦スルーしよう。
そう言えば……この前冬峰は近くにいるかってメールをしてきたが、その返信は結局来なかったな。あれはなんだったんだろうか。
そしてメールが2件。それぞれ送り主は違っていた。
『生田智奈』
『シーナ・ミステリ』
と、2人の名前が表示されていた。俺は智奈の名前を見て今朝のことを思い出した。
そういえば、あの夢の最初に出てきた人物は智奈ではなかったか……?
なんとなく不安に思いながら俺は智奈から送られてきたメールを確認する。
『おはようございます。昨日も帰ってから色々調べてみたんですけど……悪夢を見たって言っている患者さんが1番多く入院しているのは瀬柿病院というところらしいです。一応報告しておきます』
と言った内容だった。昨日も帰った後に色々調べてくれたらしい。
「瀬柿病院ってどこだ?」
ヘッドホンが口にする。
「確か北側にある病院だな。俺も行ったことはないけどな。でもかなり大きいらしいぞ」
「ふ〜ん。なんで?」
「なんでって言われてもなぁ……確か北側は工場とか多いらしいからな。怪我人とか出た時にすぐ近くにあるほうがありがたいからとかじゃねーの?」
そう言った話をチラッと聞いたことがあった。実際のところはどうなのかはわからないが。
そして俺はもう1つのメールを開いた。
『おはよう魁斗。もしかしたらこんにちはかもしれないが、その時はこんにちは魁斗。わかっているとは思うが私はシーナだ。別に迷惑メールとかそんなんじゃないからちゃんと聞いてくれ。
実はな、今朝夢を見たんだ。正直に言うとあまり気持ちの良くない夢だった。もしかしたら昨日話していた悪夢ってやつかもしれない。
という報告だ。何かあればメールだとやりづらいから電話してくれ』
正直に言うと大したことないメールだろうと思っていた。しかし、その内容はとんでもないものだった。
「シーナも、悪夢を見ただと……」
やはり偶然ではない。いや、それどころではない。偶然じゃないにしても今まで起きた怪奇現象に比べると規模がでかすぎる。
一部の地域で起きたポルターガイストや、一部の人間しか経験していない神隠しとは違う。今回は、来遊市全体で発生している。そんなことが出来るのは……
初代怨霊。この街で1番力をつけている怨霊。実際に見たこともないからどれほどの存在なのかは想像がつかない。
だけどこの街に存在する怨霊には何度も接触している。危険な存在だということは十分に理解している。
「怨霊ねぇ。アンタ、どうするよ。そろそろ手を打ったほうがいいんじゃない?」
「わかってる。でも俺には怨霊の手がかりなんて……」
待て。確かに怨霊の手がかりは俺には何もわからない。だけど、それを教えてくれた人物なら?
「もしや風香先輩は何かに気づいて……!」
俺は風香先輩に電話を掛ける。しかし……
「なんだよっ! 肝心な時に出ないのかあの女は!」
どうやら通話中らしい。こんな時にふざけやがって。しかし他に頼れる人がいない。このことを知っている可能性が高いのは風香先輩だけなのだ。
すると、突然携帯が鳴り響く。俺は風香先輩かと思って急いで電話に出る。
「風香先輩!?」
『超絶美少女の富士見姫蓮をあんな人と間違えるなんてあなたどういう神経をしているのかしら?』
「ふ、富士見か……驚かせるなよ」
『そう。そんなに風香さんが良かったのね。なら今度から超絶美少女の風香ですって名乗りましょうか?』
「いや、いい。それよりどうした? まさかまた悪夢でも見たか?」
わざわざ連絡をしてきたということは何かあったのだろう。
『怪奇谷君。今ニュース見れる?』
「え?」
俺は言われた通りにテレビをつける。すると、あるニュースが流れた。
『瀬柿病院で殺人事件です。えー、犯人は未だに逃走中とのことで……』
「おい、なんだよこれ。殺人って……瀬柿病院だと!?」
瀬柿病院とは先程智奈から報告を受けた病院だ。そこで殺人だなんて……
『え……? 怪奇谷君、何のニュースを見てるの? 私が言ってるのはそっちじゃない』
「は?」
『イベントホールよ。何? やってないの?』
イベントホール? 富士見の方こそ何のことを言っているんだ? 俺はとりあえずチャンネルを変えてみる。
『ーーたった今入った情報です! えー、現在来遊市イベントホールにて爆弾が仕掛けられたとの報告がありました。犯人からの脅迫状がイベントホール側に送られてきたとのことでありーー』
「爆弾って……」
これは、以前富士見から聞いた話の爆弾魔を思い出す。そして、その爆弾魔は怨霊と関わりがあったという。
『怪奇谷君。今回はただごとじゃ済まなそうよ』
富士見の声は電話越しでも緊迫しているというのがわかる。
「ああーー」
この街で、一体何が起ころうとしているんだ?
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