怨霊編・真 前編

第134話怨霊編・真その1

 ここはどこだろう。真っ暗な暗闇の中を私は1人で歩いている。

 この真っ暗で冷たい世界には何もない。建物もなければ植物も、動物も、人間も。

 ここには、私という人間がたった1人いるだけ。


「あーーーー」


 試しに声を出してみる。声は響かず、私の頭にだけ響いているかのようだった。

 とりあえず、歩いてみよう。ただひたすらに私は歩いてみた。ゴールはなく、明かりもない。

 ただただ、ひたすらに暗い世界を歩いているだけだった。


「マテ」


 どこからか声がした。一体どこから? 誰もいないはずなのに。


「トマレ」


 少し、寒気がする。当然だ。この世界は冷たいのだから。いやそれ以上に、頭の中で響く声に寒気を感じていた。

 だけど私は足を止めることはなかった。なぜだろう? なぜだか。

 


「トマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレトマレ」


 声は同じ言葉を一定のリズムで繰り返す。さすがにうっとおしくなったので、私つい足を止めてしまった。



 私の意思なのか、それとは別なのかわからないけれど、そんな言葉を口にしていた。

 その一瞬、世界が終わろうとしていた。だけど最後の最後に、その声はーー


「富士見ィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!」


 断末魔のようにも聞こえたその声は、消えてしまった。



「と、言うことがあったのよ」


 私はそんな夢を見たことをみんなに話していた。


「なんですかそれ……悪夢、ですかね?」


 智奈はココアを入れながらそう言った。確かにあれは悪夢だったのだろう。だとしても色々と不自然だと思う。

 何より最後の言葉。どうして私の名前を叫んだのだろう。


「あなたはどう思うのよ」


 私はさっきからだんまりを決め込んでいる男に声をかける。


「いや、そうは言われてもな……富士見がそんな夢を見るなんてなって思ってさ」


 首にヘッドホンをぶら下げている男、怪奇谷魁斗は低い声で言った。


「つまり私がそんな夢を見るようなか弱い美少女には見えないって言いたいの?」


「え? いや、か弱い美少女なのはいいんだけど」


 智奈が怪奇谷君の元にココアを置く。


「サンキュー」


「いえいえ」


 智奈は私の隣に来て座った。心なしかいつもより距離が近いようにも感じる。


「あの、姫蓮先輩」


 智奈が少しだけ言いづらそうに口を開いた。


「あれは、何か言ってあげたほうがいいのでしょうか?」


 智奈が言うあれ、とはあれのことだろう。将棋部の隅っこでなぜか逆立ちをしているシーナさんのことだ。

 私と智奈が部室に着いた時にはすでにああなっていた。


「まああれよ、智奈。私たちが来る前に怪奇谷君がシーナさんに何かしたんでしょう」


「そ、そうなんですか? 魁斗先輩?」


 智奈に質問されて怪奇谷君は目を細める。


「いや、シーナが突然やり出したんだ」


「え? そ、そうなんですか?」


「いやぁ。あいつは筋金入りの変人だな! まあアタシらが言えたことじゃないけどな!」


 ヘッドホンさんの発言には否定が出来ない。だけどヘッドホンさんがそう言うということは、本当に怪奇谷君は何もしていないということになる。


「シーナさん。あなたは何をしているのかしら?」


 私は見かねてシーナさんに声をかける。


「……今……じゃないと……ダメか?」


 シーナさんは逆立ちをしながら答えた。プルプルと震えているし、あまりにもおかしな光景だ。なぜか服装もカウガールみたいな格好をしているし……さすがにその私服のセンスはどうかと思う。

 ちなみに今日は10月1日の土曜日。もちろん学校は休み。だけどこうして今日は集まっている。だから私服なのだけど。

 私たちが集まるということは、とある現象が発生したことを意味する。


「そろそろ本題に入りたいからね。いつまでもひっくり返ってて貰うと困るのよ」


「そ、そうか。それは済まなかった」


 震えながらも逆立ちをやめたシーナさん。ふう、と一息吐くと怪奇谷君の隣に座った。


「シーナさん。何か飲みますか?」


 智奈が気を利かせて飲み物を入れようとする。


「おお。それじゃあお茶を頼む」


「はい」


 智奈は再び立ち上がってお茶を注ぎに行く。


「シーナ、お茶飲むのか。てっきり外国人だからお茶とか好まないかと思ってたよ」


「そんなことはない。私は日本に来て2番目に美味しいと思ったのがお茶だったんだ」


 2番なんだ。1番はなんなんだろう。


「そういやシーナって何人なんだ?」


 それは私も知りたかった。今までつい聞きそびれていたのだ。


「私はイギリス人だ。と言ってもイギリス生まれなだけであって、ほとんどはイギリスでは暮らしていないけどな」


 そうだったんだ。確かにヨーロッパのどこかだろうとは思っていたから当たってはいたみたいだ。


「ところでシーナさん。どうして逆立ちなんてしてたんですか……?」


 お茶を持ってきた智奈がついに質問した。


「ああ。今日ネットに書いてあったんだ。逆立ちを30分すると頭が良くなるってな」


「シーナ。それは頭に血がのぼるだけなんじゃ……」


 やっぱりシーナさんってバカなのだろうか?


「さて、それより今日の本題に入るわよ」


 私が声を出すとみんなが一斉に集中する。


「みんなも知ってると思うけど、今日は相談者はいない。単純にある怪奇現象が発生した。だからこうして集まったのよ」


「え? そうなのか? 私は知らないぞ」


「俺様も聞いてないな! ってシーナが聞いてないなら当たり前か!」


 シーナさんとその付喪神であるウォッチさんはどうやらちゃんとした話は聞いていないようだった。


「怪奇谷君。私ちゃんと伝えてって言ったと思うんだけど?」


 私は怪奇谷君を睨む。


「あ、ああ。シーナと話してるとどうも話が逸れてしまってだな……」


「はぁ……まあいいわ。どうせまた説明するんだし」


 全く。この2人は一体どんな会話をしたのだろうか。


「実は最近、不可解な状態で入院する人が増えているみたいなの。しかも患者が訴えていることはどれもバラバラなんだけど、1つだけ共通していることがあるの」


 これは智奈から送られてきたデータでわかったものだった。そこでこれは幽霊絡みなのではないか? と判断してこうして集まってもらったのだ。


「共通していること?」


 シーナさんが疑問を抱く。


「そう、夢よ。みんなが共通して、夢を見ているのよ」


「なんだそりゃ? 夢なんて誰でも見るだろ? なんでそんなのが共通してるんだ?」


 ウォッチさんが質問をしてくる。確かに普通の夢を見ただけなら問題にはならないだろう。しかし。


「そうだな。普通の夢ならな。問題はそこじゃない。患者が見ている夢がいわゆる悪夢ってやつなんだ」


 怪奇谷君の言う通りで、患者に共通しているのは悪夢を見ているということ。

 しかし内容はみんな違うようで、それぞれが怖いと思った夢を見ると言っているらしいのだ。

 いわゆる、トラウマを再び体験していているかのように。


「それに加えて人によっては混乱状態になったり、急に暴れ出したり、意識を失ったりしてる人もいるみたいで……ここ最近そう言った患者が増えているらしいんだ」


「……確かにそれは不可解だな。何かありそうだな」


 これは間違いなく幽霊絡みだと思う。私はそう思っている。


「だけど富士見。富士見がみた夢も悪夢じゃないのか?」


 怪奇谷君は私を見て言った。


「そうね。そうとも言える」


「だったら富士見も危険なんじゃないのか?」


 怪奇谷君は真剣な表情で私を見る。心配、でもしているのだろうか。だったらそんなものは不要だ。私にはありえない力があるのだから。


「問題ないわ。私を誰だと思ってるの? 超絶美少女の富士見姫蓮よ? 私に危険な目なんてありえないわ」


「おおー! 出たぞ、姫蓮の決め台詞! うーん、やっぱり私たちもなんか作るか?」


「超絶高性能のウォッチ! 見参! って言わせるなよ恥ずかしい!」


 なんだかとてもバカにされている気分だ。


「でも、私も心配です」


 智奈が少し俯いたまま言葉を漏らす。


「心配してくれるのは嬉しい。だけど私にも出来ることがあるならやりたい。それが私自身の……問題解決の一歩に繋がるかもしれないんだから」


 私に取り憑いた不死身の幽霊。これを解決することが私にとっては重要だった。

 だからそのためには、幽霊絡みの事件に関わる必要がある。少しでも手がかりを掴むために。


「わかった。俺たちみんなで解決しよう」


 怪奇谷君の言葉を聞いて智奈もシーナさんも納得したようだった。

 果たして、今回のこの怪奇現象は一体なんなのだろうか?

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