第133話神隠し編・真その13
再び時間が経った。どれぐらい経ったのだろうか? 数分……5分ぐらいだろうか? 少なくとも数秒というほど短くはなかった気がする。実際のところは違うかもしれないが。
目を開けるとそこは、いつもの外湖神社だった。
「えへへ。帰ってきましたね」
そして手を握ったままの冬峰が隣にしっかりといた。その笑顔を見て俺はホッとする。
よかった。ちゃんと帰ってこれて。隣にいる冬峰が消えないでくれて。
「ああ。俺たちはちゃんと帰ってこれたぞ」
俺はつい冬峰の頭を撫でていた。なんでだろうか。
「ちょ、ちょっと! 急になんですかー」
照れた冬峰が抵抗しようとするが、本人もそれほど悪く思ってないのか結局何も抵抗してこない。
「前の仕返しだ。ちゃんと兄として敬うんだぞ?」
「なんですと! 魁斗お兄さんはお兄さんですけど、実年齢だったら私の方が上なんですからね!!」
「そ、それはなんも反論のしようがないな……」
「……こほん。と言っても実年齢は生きてればの話です。私は永遠の中学生なんですから!」
それもある意味事実だ。
「ってそんなことより! 魁斗お兄さんはどうやって神隠しにあったんですか!?」
「ん? それはだなシーナに頼んで……」
言いかけて思い出した。そういえば今は何時だ? 慌てて時間を確認する。午後の5時過ぎだ。なんだかんだで結構時間が経っていた。神域では現実世界の1時間が1分なんじゃなかったのか。
「冬峰、この後どうする? 俺はとりあえずシーナに連絡を取ろうと思うんだが」
シーナのことだ。おそらく黒戸神社で今も俺の帰りを待っているだろう。それにシーナだけじゃない。ヘッドホンのことも気がかりだ。
「そうですね。私も協力しますよ! 迎えに来てくれたお礼です!」
そこまでしなくても、とも思ったが今は冬峰のことが気がかりだ。出来るだけ一緒にいてあげたほうがいいだろうし、何より一緒にいたいと思った。
「そうだな。それじゃあ歩きながら連絡しよう」
俺たちが戻ってきた場所は外湖神社だ。しかし表ではなくなぜか裏だった。そのため俺たちは表側へと向かい、出口に向かった。
そんな俺たちの前に、思いもよらなかった光景が見えてきた。
「え……」
冬峰が声を漏らす。無理もない。俺だって驚いている。そこには、例の木があったところをスコップで掘っている少年がいたのだ。
「あれ。ちょっと怪奇谷! あんたこんなところで何やってんの!?」
そしてその少年の近くには1人の人物が立っていた。
「勝手に帰っちゃうなんてさすがに冷たいんじゃない? 確かに私もあんたなんか大っ嫌いだけどさすがに無言で帰ったりなんてしないよ」
根井九天理。さっきまで俺たちと一緒に遊園地にいた人物だ。
「根井九。ここで何をしてるんだ?」
「はぁ……? 何って言われても……急に雅人が外湖神社に行くって言い出して」
どうして根井九がここにいるのか。理由は明白だった。スコップで掘っている少年が、根井九の弟である雅人君だったからだ。
俺は冬峰を見る。冬峰は雅人君をただずっと見ていた。
「美夏、なの?」
「……?」
根井九は不思議そうな表情で俺たちを見る。そして手を止めた雅人君が冬峰をゆっくりと見る。
「お姉ちゃん。やっと、呼んでくれた」
次の瞬間。隣にいた冬峰はいなくなっていた。消えたのではない。その言葉を聞いた途端に雅人君の元に向かって抱きしめていたのだ。
「あ、ああ……美夏。美夏なんだね! ごめんね……お姉ちゃんがしっかりしてなかったから! 気づけなくて」
冬峰は力強く雅人君を抱きしめる。そして俺は冬峰の優しい声に驚いていた。彼女はあんな優しい声が出せるんだ。それは当たり前だな。なんといっても、たった1人の弟なのだから。
「いいよ。もう、いいよ」
雅人君……いや、冬峰の弟の美夏君は冬峰の頭を撫でた。
「お姉ちゃん。相変わらず泣き虫」
そう言われて冬峰はやっと気づいたらしい。自分が涙を流していることに。
「え、へへ。またそうやってお姉ちゃんを甘くみて……」
冬峰はそう言って美夏君が持っていたスコップを手に取る。
「ここはお姉ちゃんに任せて!」
冬峰は木があったあの場所を掘り始めた。さっきまではもう無いだろうと諦めていたのに。
いや、きっとある。俺もそう思う。
「怪奇谷。何がどうなってんの?」
不思議に思ったのか根井九が俺のそばに来る。
「見ればわかるだろ。あいつは今、弟と遊んでるんだ」
「なんで私の弟なの……?」
冬峰は掘り続ける。それをすぐそばで見ている美夏君。その光景を見て、俺はなんとなくイメージを浮かべた。その昔、外湖神社で2人の姉弟が遊んでいる姿を。
「お姉ちゃん」
「大丈夫! あるよ。絶対にあるよ!」
冬峰は手を止めない。どんどん深くなっていく。実年齢の話をさっきもしたが、実際の体は子供のままだ。体力にも限界があるだろう。俺が変わって掘ってやるべきか? そうも思ったがそれは違うような気がした。
だから今回は、見守るだけにした。そして。
「あっ!」
冬峰が声を上げる。その目線の先には1つの箱が地面から見えていた。
「あった! あったよ美夏!! やったあ!!」
冬峰はそのまま掘り続けた。そして1つの箱が姿を現した。アルミで出来たノート一冊ぐらいなら入りそうな大きさの箱だった。そしてその箱の下にもう1つ、同じ箱が出てきた。
「お姉ちゃんが先に埋めたんだったよね。じゃあこれは美夏のだね」
冬峰は先に掘り出した箱を美夏君に手渡した。そしてすぐに自身が埋めた箱を取り出す。
この2つの箱が、2人の埋めたタイムカプセル。まさか本当にあったなんて。木を切り落とした時に出てきたのかもしれないが、その時に再び埋めてくれた可能性もある。
「美夏。開けようか?」
2人は生きていればもうとっくに大人だ。本来だったらもっと早くに開けられていただろう。だけどその願いは叶わなかった。もう2度と、開けられないはずだった。
そんな2人が、今ここで願いを叶えようとしていた。
「お姉ちゃんから開けて」
「えー、うーん……わかった! それじゃあ開けるよー」
冬峰はゆっくりと箱を開ける。そこから出てきたものは……猫のデザインをしたネックレスだった。
「じゃーん! ふふふ。可愛いでしょー! ほらつけてみて!」
渡されて美夏君はそのネックレスを首にかける。
「ほらー! 似合うよ!」
「お姉ちゃん。これ女の子のもの」
「そうだよー。美夏に彼女さんがいたら渡してあげてね!」
同じことになるが、本来なら2人とも大人だ。冬峰はきっと、大人になった美夏君に彼女がいると想定してプレゼントをしたのだろう。いや、もしかしたら美夏君自身に使ってもらう為かもしれないが。
「……ありがとう」
「どういたしまして。それじゃあ次は美夏の番だね!」
冬峰の言葉に促され、美夏君は自分の持つ箱の蓋を開ける。そこから出てきたものは。
1枚の紙だった。その紙は。
「僕の大好きなお姉ちゃんへ」
美夏君が書いた、手紙だった。
「お姉ちゃん。元気にしていますか? 大人になっているだろうから僕とお姉ちゃんも会う回数は減ってきているかもしれません。だけど僕はずっとお姉ちゃんが大好きです。それはきっと大人になっても変わっていないはずです。お姉ちゃんはもしかしたらもう結婚してるかもしれないし、僕のことはあんまり気にしなくなってるかもしれません。それでもいいです。お姉ちゃんが僕のことをどう思っていても、僕はずっとお姉ちゃんを大好きでいます。だからたまには弟のために遊んであげてください。そして、いつまでも明るく元気でカッコいい大人の女性であってください。冬峰美夏より」
ゆっくりと、読み上げた。そして美夏君が顔を上げるとそこには。
たくさんの涙を流す冬峰の姿があった。そして、美夏君はその手紙を冬峰に手渡した。
「僕たち、幽霊になっちゃったからもう大人にはなれないけど。お姉ちゃんは変われたね」
「美夏」
「だってお姉ちゃん。今すっごくカッコいいもん」
冬峰は涙を拭うと、今度は美夏君の頭を撫でた。
「ふふ。こんな泣いてばっかの私のどこがかっこいいのかな」
その時の冬峰は本当に大人のようだった。穏やかでお淑やか。美夏君の言うカッコいいとはそういうことなのかもしれない。
「お姉ちゃん。僕、そろそろ行くよ」
小さな声で告げると、美夏君は再び冬峰に抱きついた。冬峰もそれに答える。
「うん。ありがとう美夏。お姉ちゃん、今とっても幸せだよ」
美夏君は1度だけ微笑むと。
「うん。ありがとうお姉ちゃん。僕も、幸せだよ」
最後にそう言い残した。冬峰はそのまま美夏君を抱きしめる。その一瞬、一瞬だけ、天に昇る少年の顔が見えた気がする。
「……あ、れ……え? え、えぇーーーーーー!!!!」
突然、少年は叫んで冬峰から離れた。
「え、ええ? だ、誰、ですか?」
少年は雅人君に戻ったのだ。雅人君は驚きの表情を隠せない。
冬峰は雅人君を見て全てを理解したかのように、ゆっくりと雅人君に近寄った。
「雅人君。お姉ちゃんを大切にね」
と、雅人君の頭を撫でた。雅人君の顔がどんどん赤くなっていく。
恥ずかしさに耐えれなくなったのか、根井九目掛けてすっ飛んできた。
「ね、姉ちゃん!! お、おれ今まで何してたんだ!! って言うかあの子……あの人誰!? めっちゃ、可愛い……」
雅人君は今まで見たことないぐらいにはしゃいでいる。元気すぎるぐらいだ。本来はこっちが本当の姿なのだろう。
「姉ちゃん? なんで泣いてんの?」
雅人君の言葉に俺もつい根井九の顔を見た。その瞳からは一滴の涙が溢れていた。
「え……? ……ッ!!」
根井九は気づいていなかったのか、慌てて涙を拭う。
「あんた、見た?」
じっと俺のことを睨む根井九。これは怖いので見なかったことにしておこう。
「見てないっす」
「そう。それならいい。雅人、帰るよ」
根井九は雅人君の手を掴むと、そのまま歩き始めた。雅人君はまだチラチラと冬峰を見ている。
「怪奇谷!」
と、突然立ち止まった根井九が俺の名を呼ぶ。
「今日あったこと、色々聞きたいんだけど。どこに行けばいいんだっけ?」
「え?」
「だから! 今日のこととか幽霊の話を聞きたいって言ってんの。そのためにはどこに行けばいいのかって言ってんの!」
なるほどな。根井九のやつ、素直じゃないな。だけどそれは否定する必要もない。なら歓迎しよう。
「幽霊相談所だ。来てくれればちゃんと話すぞ」
根井九は一切振り返らずに俺の言葉を頭で受け止めた。
「そう。ありがとう。考えておく」
そしてそのまま歩き出すかと思いきや。
「それからもう1つ」
「なんだ?」
根井九は少しだけ顔をこちらに向けて言った。
「私はあんたのこと好きにもならないし許さない。それは変わらない。だけど……と、友達ぐらいなら考えてあげないこともない」
それは、俺が遊園地で言ったことを気にしていたのだろうか。
そして根井九はそのまま歩き出した。ちゃんと、弟の雅人君の手を握って。
「魁斗お兄さん」
気がついたら冬峰がそばにいた。さっきからずっと泣いていたせいか、目元が真っ赤になっている。
「どうした?」
「私、戻ってきてよかったです。西の神さまにも感謝ですけど、何より迎えに来てくれた魁斗お兄さんに感謝です。魁斗お兄さんがいなかったら……」
そう思ってくれるのは嬉しいけどさすがに少し照れる。
「私、よかったです。美夏と会えて。美夏と遊べて。タイムカプセルも掘り出せて……」
俺は幸せそうな冬峰を嬉しく思った。しかし心の中でもう1つだけ不安に思っていることがあった。
冬峰はもしかすると、この世界に満足してしまったのでは?
このまま、成仏してしまうのではないか、と。
「冬峰、お前……」
しかしそんな俺の予想とは裏腹に、冬峰は笑った。
「なんですかー! 魁斗お兄さん! そんな顔しないでくださいよー!」
「冬峰」
「もう……私はまだ消えないですよ。確かに美夏は満足して成仏しちゃったけど、私はまだ……もう少しだけ」
美夏君はきっと冬峰に会いたかった。もしくは遊ぶ、タイムカプセルを掘り起こすということが目的だったのかもしれない。それが達成されたことにより無事に成仏したのだろう。
しかし冬峰にはまだあるという。それは喜んでいいことなのかわからない。しかし俺にとっては喜ばしいことだった。
「だから魁斗お兄さん? 私のこと、まだ面倒見てくれますか?」
冬峰は言った。俺の答えは変わらない。
「ああ。お前が満足するまで、俺に任せろ」
冬峰は再び笑顔を浮かべた。俺の選択に正解も間違いもない。これは俺が選んだ、決めたことだ。だって俺は、やりたいことをするだけなのだから。
冬峰は俺の手を取る。そしてそのままかけていく。
こうして遊園地に行くところから始まった短いようで長い1日は終わり告げようとしていた。今日という日を俺は一生忘れないだろう。それはきっと冬峰も同じ。
これで、神隠しにまつわる話はおしまい。さあ。あとは冬峰をしっかりと守っていこう。
彼女が満足出来る、その日が来るまでは。
神隠し編・真 完
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