第132話神隠し編・真その12
冬峰の表情はうまく読み取れなかった。微笑んでいるようにも見えたし、悲しんでいるようにも見えた。
どうして、そんな顔をするんだ。
「冬峰……」
俺はなんて言ってあげるべきなのかわからなかった。お前の正体は幽霊だとわかっていた、だからなんだ? とでも言えばいいのか。
「はは。まさか私が幽霊だったなんて。でも、それなら色々と納得がいっちゃいますね」
冬峰は軽く笑うと、以前口にしたセリフを告げた。
「魁斗お兄さんは……私を退治しなかったんだね」
冬峰はゆっくりと俺の元に近づいてきた。
「それは、今も同じなんですか?」
その言葉を聞いて俺はようやく思い出した。最初から俺の答えは決まっていたじゃないか。
「当たり前だ。俺はお前を吸収しない。お前が、納得いく人生を送れるまでは……俺がお前を守ってやる」
冬峰は少しだけ頬を赤らめた。しかしすぐに神さまの方を見た。
「西の神さま。私はこれからどうなるんですか?」
これから。冬峰の言うこれからとは、いつのことを指しているのだ?
「そうだね。あんたの記憶は読ませてもらったからはっきりと言えることが1つだけある」
「お、おい! それは!」
俺はつい声を荒げていた。その反応を見て冬峰はさらに神さまに質問した。
「西の神さま。私は、戻ってもいいんですか? それとも、
「冬峰……」
やはり冬峰も薄々感じていたのだろう。自分がこれからどうなってしまうのかを。
「そうねぇ。どっちかと言われれば
神さまはあっさりと告げた。戻るべきではない。そんな風に言われたら冬峰はどう答えるか、それは明らかだった。
「そうですか……だって、魁斗お兄さん。私、もうここに残ります」
「……ッ!! そんなっ!」
冬峰は強い。だからこんな風に言われてしまえば、すぐに受け入れてしまう。そして、誰にも心配をかけないように。
「うーん。別にわたしが神隠しにあわせたわけじゃないんだけどなぁ。まあ別にここにいても構わないけどね」
神さまは冬峰の記憶を読んでいる。冬峰が外湖神社に思い入れがあるのはきっと把握済みだ。それも踏まえてそう判断したのだろう。
「ありがとうございます。私、ここが好きなんですよ。昔……ほんの昔に。ここで。弟と遊んだから」
冬峰はぼやけた視界の中、神社の端っこを見つめている。そういえば、前にもあのようにどこかを見ていたっけ。
「西の神さま。ここに前まで大きな木がありましたよね?」
「あーあったなぁそんなもの。気がついたら無くなってたけどね。現実世界の方で切られちゃったのかな?」
今の言葉から察するに、現実世界にあったものがなくなると神域にも影響を及ぼすということがわかる。
「多分、そうですね。私が前に見た時無くなっちゃってましたから」
「その木がどうかしたのかい?」
神さまの質問に冬峰は微笑んで答えた。
「その木の下にタイムカプセルを埋めたんですよ。私と弟で。大人になったら一緒に開けようっていって。でも、多分きっともうないですね」
冬峰は懐かしむようにゆっくりと言葉を紡いだ。その声はいつものように明るいものではなく、どこかおとなしさを感じた。
「私。ずっと弟を探していました。だけど弟はもういない。そして私も同じ。幽霊は、魁斗お兄さん達がいる世界にはいちゃいけないんですもんね。だから私は……」
「ふざけるなよ」
「え……?」
俺は、押し込めていた感情を剥き出しにした。
「ふざけるなって言ってんだよ!!」
冬峰が少し怯えた表情をする。俺が普段上げないような声で叫んだからだと思う。
だけど俺は謝らない。言いたいことははっきりと言わせてもらう。
「何が幽霊はいちゃいけない存在だ! 誰もそんなこと言ってねぇだろ! 大体だからなんだっていうんだよ! お前はどうしたいんだよ! お前が帰りたいかどうかじゃねーのかよ!」
冬峰は答えない。神さまも呆れた表情で見ている。
「確かに俺はお前の正体を知っていた。それでいて俺はお前を放置した。なんでかわかるか? 俺がお前を消したくなかったからだ」
「違いますよ。きっと、私が駄々こねたんです。嫌だ、消えたくないって。そう言ったから魁斗お兄さんは仕方なく……」
違う。むしろ逆だ。冬峰は俺を困らせないように、迷惑をかけないように消えようとしたのだ。
「お前は自分でそう言うと思ってるのか? 俺は1度経験してんだよ。だからお前が何を思ってどうしたいのかも想像がつく。お前は、俺に迷惑をかけないようにしている。そうだろ?」
「そ、それは……」
冬峰は目をそらす。
「当たり前ですよ……魁斗お兄さんには迷惑はかけたくないですから……だから」
冬峰ははっきりと俺の顔を見た。
「だから! 迷惑をかけないように私はここに残るって言ってるんです!! もう、いいんです! 弟はいない! 私がもう帰る意味なんてないんです!」
冬峰は初めて叫んだ。しかし、それが本心でないことなんて俺にはわかっていた。
「お前は嘘が下手くそだ」
「何が、ですか」
「俺は知っているぞ。お前がなんで浮遊霊になって地上を彷徨っていたのかを」
「弟を、探すためです……でもいないならもう意味が……」
「違う。冬峰。お前はな、弟の分まで生きるために浮遊霊になったんだ」
「っ!」
図星、と言ったところだろう。当たり前だ。俺は知っているんだから。冬峰がどのような人物なのかを。
「俺が前に聞いた時はそう言っていた。それは嘘だったのか? 違うだろ? お前は弟の分まで生きるんだろ!」
神さまは相変わらず呆れた表情だ。それもそうだろう。幽霊なのに生きる、だなんて矛盾にもほどがある。
それでも、俺には伝えるべきことがある。
「もう満足したのか? ほんとはどうしたいんだ? 幽霊がいちゃダメとかそんなことは関係ない! お前がどうしたいかだ! 俺は好きにしたぞ。次はお前の番だ。さあ答えろ! 俺の知っている冬峰紅羽は、言いたいことははっきりと言えるようなカッコいい女だったはずだぞ!!」
冬峰は俯いている。そして。
「……たいです」
あの時と同じく、答えが出た。
「帰りたいです……!」
はぁ、とため息をこぼす神さま。しかし冬峰の意思はもう変わらない。いや、最初からそうだったのだ。
「私はまだ、消えるわけにはいきません。弟の分まで……生きないと!」
冬峰は俺に抱きついてきた。やはり我慢していたのだろう。本当は帰りたかった。だけど自分の正体を知った、そして今後どうなってしまうかも理解してしまった。だから1度見逃された自分に2度もチャンスはない、今度こそ迷惑をかけないようにしようと。
「いいんだ。お前のことは俺がきっちりと責任を持つ。だから安心してくれ」
「魁斗お兄さん……私は……本当に……大丈夫なんですか?」
大丈夫、とはきっと悪霊のことだろう。正直俺にもよくわかっていなかった。だけど。
「大丈夫。大丈夫だ。お前は悪霊になんかならない」
そう言うしかなかった。あまりにも無責任なセリフだ。冬峰を安心させるためだけじゃない。
きっと、俺自身もそう思いたくて言ってしまったのかもしれない。
「感動的な場面の最中に申し訳ないんだけどさ。あんた達どうやって帰るつもりなの?」
未だに呆れた表情をしている神さまは呟いた。
「神さまなら俺たちを現実世界に戻せると聞いた」
「何それ。誰情報だし。まあ事実だけどね」
よかった。これで出来ないんだったらもうどうしようもなかった。
「神さま。お願いします! 俺たちを現実世界に帰してください!」
「お願いします!!」
俺と冬峰は並んで深く頼み込んだ。
「はぁ。まあいいよ」
あっさりと承諾された。
「い、いいんですか? そんなあっさりと?」
「ん? もっと渋ると思った? わたしは別に特に何も気にしてないからね。あんた達が帰ることについては」
そうなのか。もしかしたらこの神さま、案外適当なのかもしれない。
「それに、帰した方があんたの願いは叶いそうだからね」
神さまは冬峰を見て言った。それはどういうことなのだろうか?
「……?」
「あんた、弟の分まで生きるって言ってたな。それもいいが弟に会いたいとは思わないのかい?」
今、神さまはなんと言った? 弟に、会いたいとは思わないのかだって?
「え……それは、どういうことですか?」
冬峰の表情が固まる。それは俺も同じだ。一体この人は何を言っているのだろう。
「実はな、あんたの弟。
衝撃、とはこのことを言うのだろう。あまりに衝撃的すぎて言葉が出ない。
「ちょ、ちょっと待ってください! じゃ、じゃあ冬峰の弟は……死んだ後に幽霊になって、幽界、霊界を通じて神域までたどり着いたって言うんですか!?」
「そうだよ。今から数年前にここにたどり着いたみたいだ。だけどあいつは数ヶ月前に消えちまったんだ」
「えっ」
消えた、と聞いて再び表情が曇る冬峰。
「だけどあんたの記憶を辿ってわかったよ。あいつが消えたのはあんたが現実世界に呼び出された時なんだ。つまり、
まさか、そんなことが。神域にいた冬峰の弟が自力で現実世界に向かったなんて。それじゃあ冬峰の弟は今……
「
「みか? それは弟の名前か?」
「あっ、はい! 女の子みたいな名前だって本人はあんまりよく思ってなかったみたいですけどね」
それは初耳だ。しかし冬峰の弟が浮遊霊となって現実世界にいるだなんて……
「あんたは現実世界に帰った方が美夏と会って満足できるかもしれないからな。わたしはそっちをオススメするよ」
そういうことか。ちゃんと現実世界に戻っても冬峰を満足させてやることはできるということか。
「そうだったんですね。もしかしたらまた弟に……美夏に会えるかもしれないんですね」
冬峰の表情に笑顔が戻る。よかった。これなら最悪の結末にはならなそうだ。
「じゃ、まあそこに立ちなよ。帰してあげるから」
神さまはダルそうに立ち上がった。
「西の神さま! 本当にありがとうございます! 成仏したらなんでもお手伝いしますね!」
冬峰はいつものように元気な笑顔で手を差し出した。握手を求めているのだ。
「ははは。まさか幽霊に握手を求められるなんてね。初めての経験だよ。うん。やっぱりわたしはあんたのこと好きだな」
神さまは頭を軽く掻き、2人は深く握手をした。
「好きだなんて照れちゃいますよー」
「いやまじだよ。気が向いたら神の座も譲ってあげるよ」
なんかとんでもないことを言ってる気がするが大丈夫なのか?
「魁斗お兄さん」
冬峰が戻ってきて俺の隣に立った。
「手を、繋いでもいいですか?」
冬峰は少し照れながら手を俺に向けた。その手を俺はしっかりと握った。
神さまはそんな俺たちを見て少しだけ笑った。そして足元が光りだした。きっと、これで帰ることが出来るんだろう。
俺たちは現実世界へと戻る。もう、神域を訪れることはないだろう。
最後にあたり一面を目に焼けつけておこう。
(兄貴よ。お前の考えは否定しない)
そんな中。頭の中に声がした。
(だけどな。全てが正しいと思うなよ。その行動によって最悪の事態を招くことだってある。オレはお前が怖い)
足元の光が強くなる。もう世界が変わる。
(だから1つだけ忠告だ)
最後のその瞬間、頭の中の声は。
(お前は自■■の■■■いこと■やりす■だーー)
彼の忠告は、最後まで聞き取ることは出来なかった。
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