第135話怨霊編・真その2

 今日はあまり気持ちの良くない朝だった。理由はいくつかある。

 1つは夢を見たことだ。夢の中で俺は何かに襲われていた。

 真っ黒な巨大な塊に全身を覆われて、体ごとどんどん潰されていくのだ。そのじわじわ潰されていく感覚が今もまだ背中に残っている。

 目を覚ました時、しばらく体が動かなかった。金縛り、というやつだろうか。何年も生きてきたがそんな経験は初めてだった。

 もう1つは大したことではないが個人的には悲しい出来事だった。

 そう。ウチで愛用していた炊飯器が壊れてしまったのだ。我が家では必須とも言える超万能の炊飯器がまさか壊れてしまうだなんて……

 しかし今日は10月2日。日曜日。丁度給料も入り、予算はある。うむ。いっそのこと高級炊飯器にでも手を出してしまおうか。

 そう思い立って大型ショッピングモールへと足を運んでいたのだが。


「ねえねえお嬢ちゃーん。俺たちと遊ばなーい?」


「うひょひょ。いい体してんじゃん!」


「や、やめて!」


 と、今時あんなチンピラなんているんだな、と思う。通り過ぎる人もチラチラと目では追っているけど、声をかける人は1人もいない。

 仕方ない。ここは人肌脱ぐとしよう。


「その服の下には何があるのかなぁ〜……グホッ!」


「へ? な、なんだお前!?」


 目の前のチンピラ2人を軽ーく蹴散らす。うむ、実にスッキリした。


「あ、ありがとうございます……あなたは?」


 と、ここでも実にテンプレとも言えるセリフが来た。なんだこれは。漫画の世界にでも入ってしまったのか?


「ふふ。ただのサラリーマンさ」


 カッコつけて俺はこの場を立ち去った。俺の目指す場所はショッピングモール内にある家電店だ。あそこなら高性能な炊飯器も置いてあるはずだ。

 しかし、やけに人が多い。日曜だからだとは思うのだが、それにしても多すぎはしないか?

 すると、何やら行列が出来ているのに気づく。その行列の先を辿っていくと……

 携帯ショップだ。そこで俺はハッとする。そういえば最近、新型の携帯が発売されたんだっけ。あまりに人気すぎて在庫が足りなくなるほど売れているらしい。

 しかし俺は新型の携帯に興味はない。と、いうのも。携帯自体あまり使うことに慣れていないのだ。今使っているものはなんとか慣れたが、改めて変えるというのも気が引ける。

 だから、俺は変えないのだ。と、そんなことを考えていたら突然携帯が鳴り響く。なんというタイミングだ。

 そこに表示されている名前を見て少し驚く。


『奏軸香』


 俺の娘で長女だ。しかし一緒には住んでいない。そのため滅多に連絡を取ることはないのだが……

 少し緊張しながらも電話に出る。


「も……しもし」


『あ、もしもしお父さん? 元気にしてる?』


 電話越しからは元気そうな娘の声がする。


「お、おう元気だぞ。そっちこそどうだ? 大学の調子は」


『うん。競技場の方も正式に決まったみたいだし、ひとまず安心かなー』


 確か香は来遊市に出来る競技場の建設に協力していたんだったな。建設が正式に決まったと、この前ニュースにもなっていた。

 しかも地元住民の声もしっかりと聞き、ある程度の土地は残すということに決まったらしい。


『ところでお父さん、今大丈夫? 仕事中……ではなさそうだけど』


 香が少し疑問系で質問する。それは周りがやけに騒がしいからだろう。


「大丈夫だぞ。今はショッピングモールにいるんだ。ウチの炊飯器が壊れちまってな。買い換えようかと思ってたんだ」


『そうなんだ。えっとさ、今度大学の都合もあって私何日か休みがあるんだ。だから、今度そっちに行ってもいいかな?』


 そういうことか。それなら何も問題はいらない。


「いいぞ。だけど恵子はどうするんだ? あいつは学校あるんだろ?」


『うん。恵子は私とは休みが被らないんだけど、今度連休があるみたいだから、その時に行けたらいいなって』


 少し前までは香と恵子がこっちに来るなんてことは滅多になかった。それもそのはず。俺が香達を魁斗に会わせないようにしていたのだから。

 理由は単純。に巻き込ませないため。それは俺も望んだことだし、別れた妻もそう言っていた。そのため、魁斗達には辛い思いをさせてしまった。

 しかし娘2人ももう巻き込まれてしまった。こうなってしまった以上、そばで見守ってやる必要もある。

 魁斗ももう大人だ。少しずつでいい。再び姉妹達と仲良くやっていって欲しいというのが俺の気持ちだ。


『それじゃあ4日の昼ぐらいにはそっちの家に行くね!』


「おう、体には気をつけろよー」


『うん。それじゃあまたねー』


 少し名残惜しいが、電話を終えた。魁斗にも報告しないとな。そう思っていた矢先、再び携帯から音が鳴り響く。

 なんだと思い表示されている名前を確認する。


『安堂風香』


 弟子である風香からの電話。それはつまり、『仕事』に関する連絡だ。

 何かあったのだろう。俺は炊飯器を求める足を止めて電話に出る。


『あ、ししょー! やっと出ましたね!』


 いつものように明るく元気な声が響く。風香は状況が良かろうが悪かろうがテンションは変わらない。そのため、どういった報告なのかは聞いてみないとわからない、というのが風香の困ったところでもあった。


「なんだ。声がでかいぞ」


『え? それはいつものことじゃないですかー』


 自覚はあるんだな。


「それで? 用件はなんだ?」


『ふふ。実は聞いてください! 今、私が使ってる携帯。これ、なんだと思います?』


「……おいまさか」


『そうなんです! 新型携帯! その名もエクストリーム4!! これほんと凄いんですよぉ〜』


 なんということだ。風香はこの行列を並んでまでして手に入れたというのか。


「お前、そこまでしてその携帯が欲しかったのか」


『師匠。今の時代に遅れないためには新しいものにはすぐに挑戦すべきなんですよ! これこそ人間の知恵の結晶! ああ〜常に進化していくっていいなぁ〜』


 と、1人で感動している風香。


「風香。まさかとは思うがそのためだけに俺に電話したわけじゃないだろうな?」


『え? そうですけど?』


 多分そこにいたらキョトンとした顔をしているのだろう。想像がつく。


「なんで俺なんだ!? 俺に連絡するときは急ぎの時だって言ってるだろう! 大体そんな報告なら魁斗にすればいいだろう」


 風香との連絡は基本業務連絡しかしないようにしている。仮にも彼女は現役高校生だ。JKだ。それがこんなオッサンと連絡を取っているなんて知られたらどうなるかなんて想像もつかない。


『ええー、魁斗君にそんなことで電話するのは恥ずかしいですよー』


「何を言ってるんだ! 他にもお前友達とかいるだろ」


『友達ですか? うーん、いないですかねぇ……』


 つい、そんなことを言ってしまった。風香のことについてはあまり聞かないようにしていた。だから彼女の事情はほとんど何も知らないというのが事実だった。

 しかし友達がいない。そう言われるとは思ってもいなかった。少しだけ申し訳ないことをしたと思う。


「あ、あー……まあその。それで? その携帯はどれぐらい高性能なんだ?」


 なんとか話をそらす。


『すごいですよ! 特に充電ですね。バッテリーがかなり長持ちするんですよ』


 あんまりピンと来ないが凄いらしい。そこまで言われると少しだけ気になってくる。


『あとですねぇ。契約時にGPS機能を付けることが出来てですね…………』


「ん? どうした風香?」


 何やら突然黙り込む風香。


「おい、どうした?」


 反応がない。しかし息を吐く音は聞こえる。別に意識がないわけではないようだ。だとすれば単純に無視しているだけか? だとしてもあまりに不自然すぎる。


『師匠。どうやらまずいことになりましたよ』


 ようやく声を出す風香。


「まずいこと?」


『今ニュースって見れますか? 見ればわかります』


 ニュース? 見ようにも今は外だ。見れるわけがない。そう思っていたが、目の前にある家電店の入り口には巨大なテレビが一台置かれていた。そして、たまたま風香の言うニュースが流れていたのだ。


『ーー繰り返します。先程、11時36分。瀬柿せがき病院で殺人事件が発生しました。犯人は狂乱しており、未だに逃走中の模様です。来遊市北地区にお住いの方は外出を控えーー』


 このような内容のニュースが流れていた。犯人は狂乱していた。まさか。


『とうとうマジになったみたいですね。怨霊が』


 風香の言葉を受け入れるのに時間がかかった。ついに、死者が出てしまったのだ。

 今日は気持ちのよくない日となった。その原因は、言うまでもないだろう。

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