第131話神隠し編・真その11
神さまは出口に向かおうとした俺を止めた。
(いいこと? なんだい、いやらしいことか?)
「いえ、わたくしにそのようなことは出来ませんよ」
「いや、真面目に答えなくていいです……」
そしていいことを教えると言った。一体何を教えてくれるというのか。
「魁斗さまはこれから外湖神社に向かうのですよね。ならば近くまでわたくしが送って差し上げましょう」
確かにここから外湖神社まではかなり遠い。そもそも遊園地までバスで向かっているのだ。
そして当然のことだが、この世界にはバスなど存在しない。歩いて向かうとなるとどれぐらい時間がかかるか想像もつかない。
「送るって……どうやってですか?」
(まさかワープでもさせるんじゃねぇだろうな)
「あら、またまた正解です」
(うおっ)
まさか本当にワープだとは。地縛霊の予感が当たりまくっている。
「冬峰さまも同じようにワープしてもらいました。こちらへ」
神さまは俺をさらに奥に連れて行った。神社の奥にこんな場所があったとは思わなかった。
そこは少し薄暗い部屋だった。真ん中には丸い円が描かれているだけで、他には何もなかった。
だけどこれで想像はつく。この部屋がなんなのかを。
「こちらの円の中心に立ってください。そうすれば外湖神社までは不可能ですが、近くまでは送ることが出来ます」
やはりそうだった。この部屋はワープが出来る部屋なのだ。
(なんで直接外湖神社に送ることが出来ないんだ?)
「そうですね。元からそうだったとしか言いようがありません。わたくしも知りたいぐらいです」
まあそんなところだろうとは思っていた。あまり深く理由などは考えない方がいいのかもしれない。
「なんでもいいさ。とにかく行こう」
「それでは、中心に」
俺は円の中心に立った。まるでそれに答えるかのように円が輝き始めた。
(おお! なんかいかにも何か始まりそうな雰囲気じゃねぇーか!)
それには同意だ。それは同時にここから離れるということでもある。
「神さま。短い間でしたがありがとうございました」
俺は再び深く礼をした。
「いいえ。それでは魁斗さま。これからワープが始まります。その前に少しだけよろしいでしょうか?」
「へ? なんですか?」
「……失礼します」
神さまは俺に近づいてきて自分の手のひらを俺の頭に置いた。まるで頭を撫でられているようでなんだか恥ずかしい。
そういやついさっき冬峰にも頭を撫でられたっけ。シーナにも抱きつかれるしなんだか今日は女の子に何かされることが多い日だな。
「ふう、ありがとうございました。今、あなたさまの記憶を読み取らせてもらいました」
「記憶を……」
「はい。こんなギリギリになって言うのもなんですが、もし魁斗さまがとんでもない極悪人だったらわたくしはあなたさまをここから帰すわけにはいかないですからね。ですが大丈夫です。魁斗さまがどのような人物なのかははっきりとわかりましたので」
そうだったのか。てっきりもうとっくに記憶を読み取られていたかと思っていたが、そうではなかったらしい。
「申し訳ありません。試すようなことをして」
「いや、大丈夫ですよ。説明する手間が省けますしね」
神さまは小さく微笑んだ。そして円の輝きが増してゆく。そろそろワープが始まる。
「それでは行ってらっしゃい。あなたさまならきっとできますよ。頑張ってください」
神さまは天使のような笑みを浮かべながら手を振った。それと同時に、俺の視界は光に包まれた。
気がつくと俺はとある場所に立っていた。その場所は見覚えのある場所だった。
場芳賀高校。俺や富士見が通う高校だ。俺は場芳賀高のグラウンドに立っていたのだ。
(お? なんでここに来たんだ?)
といっても現実世界の場芳賀高ではない。まだここは神域だ。空気は暑いし、視界もぼやけている。しかしそこに場芳賀高校は存在していた。
俺は立っていた足元を見る。そこには、先ほどまで乗っていた円と同じものが描かれていた。
(おい兄貴。あれを見ろよ)
ヘッドホンの時もそうだったが、あれ、と言われてもなんのことだかさっぱりだ。しかしたまたま目を向けた先にはあるものが映った。
俺の対角線上にはもう一つの円が描かれていた。そして校門側にももう一つ。そして校舎側に一つ。合計で四つの円が描かれていたのだ。
「ここに全ての円が……」
(へぇ……つまりそういうことか)
「どういうことだ?」
全ての円がここにあることを地縛霊は理解できたようだ。
(神さまがなんて言ったか忘れたのか? オレ達は要は中心に送られたんだ。この来遊市のな)
「それってつまりあれか? 場芳賀高は来遊市の中心部に位置するってことか!?」
(まあそういうことになるんじゃね?)
驚いた。まさか俺たちの通う高校が来遊市の中心だったなんて。
(そんなことより兄貴よ。オレ思うんだが……目の前の円に乗れば外湖神社にワープ出来るんじゃねぇか?)
地縛霊は疑心暗鬼になりながらも告げた。しかしそんなうまくいくのだろうか。
「とりあえずやってみるか」
俺は西側の円に乗ってみた。しかし、何も起きない。30秒ほど待ってみたが、変化はない。さっきは乗ってすぐに円が輝き始めたのたが、今回は全くそんな気配がない。
「ダメだ。おそらく神社側からじゃないとワープは出来ないんだ」
(なんだい。なんかこの世界あんまり便利じゃねぇよな)
いや、ワープなんてことができる時点でかなり便利だと思うが。
「別に問題ないさ。こっからなら外湖神社まで走れば10分で着く」
歩いていけば20分ぐらいはかかってしまうが走れば大したことはない。
「よし、行くぞ」
(おうよー)
そうして俺は走り出した。途中、走りながら街の様子をみた。
現実世界と存在するものはほぼ同じだった。違うとすれば、ここには人間が存在しないこと。それから人間が作り出したもので動くものも存在しないようだ。
例えばビルや看板、こういった建物は存在するが、自動車やバス。それに信号や電光掲示板など、動くものは一切存在していなかった。
あくまでこの世界には動かないものしか存在しなかったのだ。
(おいおいそれにしても随分と飛ばすな。また疲れたりするんじゃないのか?)
地縛霊の言う通り俺は結構なスピードで走っていた。いつもだったらもうとっくに疲れていただろう。
「なに。こんなこともあろうかと俺は最近毎朝ジョギングをしていたのさ」
ここ最近になって走ることが増えた。それはきっと今後もそうだろう。何があるかわからない上に、それが原因で救えないことがあったら俺は一生後悔する。
(ふぅん。努力家だなぁ)
「そりゃお前もだろ」
廃墟を守るために地縛霊になるほどの人物だったのだ。こいつほどじゃないさ。
「っと、そろそろ着くな」
若干息を切らしながらもなんとか外湖神社が見えてきた。時計がないのではっきりとした時間はわからないが、10分もかかっていないのではないか? それぐらいに思えるほど早く着いた気がする。
(これでいないってパターンだったら最悪だな!)
「おいやめろよ。お前今日予想当てまくったんだから」
しかし地縛霊の予想は当たることはなかった。
「ええ! 西の神さまはカレーを食べたことがないんですか!?」
あの元気な声が聞こえる。その声を聞いて心からホッとする。
「ないね。わたしが生きてた時代にはそんな食べ物は存在してなかったからね」
それと同時にもう一つ別の声もする。少し高めの女性らしい声だ。ここにいるということはその人物の正体は限られる。
「そんなぁ!? なら今度私が……! ってあれ、魁斗お兄さん……?」
冬峰が俺に気づいたようだった。こちらを見て固まっている。俺がいることにかなり驚いているようだ。
「ん? なんだいあんたは。わたしはあんたみたいなのをこっちに呼んだ記憶はないけれど」
そして冬峰のすぐそばには1人の女性がいた。髪型はかなり短めのベリーショートだった。
そして服装だが見たことのないような格好をしていた。茶色い布のようなもので全身を覆っており、まるで何処かの国の民族衣装のようにも見えた。
そしてかなり背が高い。そんな人物が俺をじっと見てきた。
「俺は東の方から来た。冬峰を迎えにな」
「え……魁斗お兄さん、死んじゃったわけ、じゃないんだね?」
冬峰はどうして俺が死んだと思ったのだろうか。
「はあ、あんたもかよ。どうして東のがこっちに来るんだか」
女性は頭を掻いた。そして心底面倒くさそうに俺を見た。
「あんた……あー、いや。あなたは西側を担当している神さまですか?」
「そうだよ。見りゃわかんでしょ」
いやわかんない。ていうか同じ神さまなのにだいぶ雰囲気が違うんだな。
「ちょうどいいや。あんたも今の時代の人間なんでしょ? カレーって知ってる? それ美味しいの?」
神さまはそんなことを言ってきた。先ほどまで冬峰と話していた話題だろう。
「うまいぞ。あ、いや美味しいですよ。ぜひ食べて欲しいぐらいですね」
「そうなのかー、ぜひ食べてみたいな。それから無理に敬語使わなくてもいいよ。普通に喋ってくれて問題ないから」
見た目というか雰囲気のせいかどうにも神さまには見えずについうっかり普通に喋ってしまう。
「そうは言っても……」
(まあいいじゃねぇか。本人がいいっていってんだからさ)
「ん? あんたの体どうなってんだ? なんだってそんなもんが取り憑いている?」
なるほど、やはり地縛霊のことはわかるみたいだ。また説明するのは面倒だ。そこで俺は1つ試してみることに。
「ん?」
俺は神さまに近づいた。
「記憶を読んでくれれば話は早いですよ」
「なるほどね。東のにもおんなじようにしたのかい?」
ニヤリと笑った神さまは俺の頭に触れた。そしてしばらくしたら納得したような顔をして手を離した。
「ふーん。色々事情があるもんなんだねぇ。しっかし自分の意思で神隠しにあうなんてね」
「え……魁斗お兄さん……どうして?」
冬峰が驚いたのか俺をじっと見た。なんでそんなことをしたのか、と言わんばかりの表情だった。
「お前を連れ戻しに来たんだよ」
俺ははっきりとそう告げた。
「魁斗お兄さん……私は……私の正体、知ってるんですよね?」
冬峰の言葉に胸がきつく締められる。冬峰はもうすでに自分のことを理解している。これが現実世界ならばすぐに忘れてしまうかもしれない。
しかし神域だとそれが適応されるかわからない。それを理解した上で冬峰はどう思っているのか? 何を考えているのか。それが全然わからない上に怖かった。
もしも、冬峰が現実世界に戻りたくないと言ったら。俺は、どうするのだろうか?
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