第130話神隠し編・真その10

 神さまは事実を告げた。冬峰は悪霊になりうる存在だと。


「そうですか。つまり魁斗さまは冬峰さまを連れ戻すおつもりなのですね? それが例え悪霊になりかねない存在でもですか?」


それでも、俺は。


「それは冬峰の意思を聞いてからだ。まだ勝手に決める時じゃない」


 冬峰は自分が幽霊だと自覚しているらしい。だからといって自分が悪霊になるかもしれない、そんな事実まで把握しているとは限らない。

 まずは冬峰に会って話を聞かなければならない。決断するのはそれからでもいいはずだ。


(ところでよぉ神さま。あんたはあの浮遊霊が悪霊になるかもしれないからといってこの世界に呼び出したんだろ?)


 頭の中に声が響く。本来なら他人に聞こえるはずはないのだが、目の前の人物にははっきりと聞こえているようだ。


(だったらまず可能性の前にを排除することを考えたらどうだ?)


 地縛霊が強調したすでに存在する脅威とは、おそらく怨霊のことだろう。

 確かに悪霊になる可能性が高い冬峰よりも、れっきとした悪霊である怨霊をなぜ神隠しにあわせないのか。

 それに俺たちの住む来遊市は特殊だ。変わった幽霊や存在しないはずの幽霊ですらいるぐらいだ。さらには悪魔ですら……

 そんなものを神さまは放っておくというのか?


「すでに存在する脅威、ですか……? そんなものが現実世界には彷徨っているのですか?」


 しかし、意外にも神さまは首を傾げた。


(あ?)


「はい?」


 俺たちはつい情けない声を出してしまった。


(いや、怨霊だ。現実世界にはやべぇのがいるじゃねぇか! 浮遊霊なんかよりもヤバいのがな! それに怨霊どころかもっとヤバいのも……いや、ソイツに関しては今はいい)


「神さま、初代怨霊のことを知らないのか? いや名前はともかくだ。そういう怨霊が俺たちの世界には存在しているんだ。それを、知らないのか?」


 俺と地縛霊はそれぞれ神さまを問い詰めた。


「そうですか。わたくしには知り得ませんでした」


 神さまは少し残念そうに、だけどきっぱりと答えた。


(なんだいそりゃ。神さまってのはなんでも知ってるんじゃねぇのかよ)


 地縛霊がつい愚痴をこぼす。仮にも神さまだというのに容赦がないな。

 しかし正直なところ俺も思った。神さまというのはなんでもお見通し。誰もがそう思うだろう。しかし、現実はそんな都合のいいものではなかった。


「残念ながらわたくしはそこまでの力は持っておりません。人の心や記憶を読むことは出来ても、現実世界の現状までは把握できないのです」


 神さまは非常に申し訳なさそうに言った。そんな顔をされるとこっちが悪いことをしているみたいで少し申し訳ない。


(それじゃああんたは何を目的に存在してんだ?)


「おいおいさすがに失礼すぎるだろ。仮にも神さまだぞ」


 地縛霊のあまりにも無礼な発言に俺は流石に焦る。思い出せ。シーナはどうやって現実世界へ帰ってきた? 神さまに頼んで帰ってきたのだ。

 つまり神さまの機嫌を損ねれば、俺は二度と帰れなくなってしまうのだ。それだけはなんとしてでも避けたい。


「いいのですよ。神さまといってもわたくしなど位はかなり低い方ですから」


 そんな俺の焦りとは裏腹に神さまの物腰はかなり低かった。それに気になることも。


「位って、神さまにも階級みたいのがあるんですか?」


「そうですね。例えば魁斗さま。魁斗さまは有名な神さまをどれぐらい知っていますか?」


 そう言われて少し考える。幽霊の種類はともかく、他のジャンルは正直そこまで詳しくない。

 例えば妖怪なら日本三大妖怪というのがいる。鬼、河童、天狗の3匹だ。俺は妖怪だったらこれぐらいしか知らない。あとはなんとなく名前を知っているぐらいだ。

 そして悪魔。悪魔については出来るだけ調べないようにしていたから種類はあまりわからない。なぜ調べなかったかは言わなくてもわかるだろう。

 そして神さまときた。日本の神だったら天照などが有名だと思う。他に知っているとしたら陰陽道の四神である玄武、朱雀、青龍、白虎ぐらいだ。俺はそれを神さまに伝えてみた。


「ええ。それでは魁斗さま。わたくしは一体何者だと思いますか?」


「え……?」


 神さまのあまりにも不明すぎる質問に頭がこんがらがる。何者、とはどういうことか。何を司る神か、ということなのか。


(そうだなぁ、生前は巫女だった。とか?)


「いや、なんだよそれは。大体神さまなのに生前ってどういうことだよ」


 地縛霊の答えはおかしなものだった。神さまなのに生前があるとすれば、この目の前にいる神さまは、昔人間だったということになってしまう。



(ほぁ!?)


 正解、だと!? 待て待て待て。それはつまり……?


「ちょ、ちょっと待ってください! あ、あなたはつまり生前……昔は人間だったと? そして……人間から神さまになったって言うんですか!?」


 理解が追いつかない。神さまっていうのはそんな存在だったのか? なんだか想像していたものとかなり違うぞ。


「はい。わたくしは数千年前は1人の人間でした。しかし死後、わたくしはその時の神さまに認められ、その座をわたくしに譲ってくださったのです」


「信じられん……そんなことが」


 未だに信じられなかった。まさか神さまが元人間だったなんて。


「それじゃあ天照とかもそうなんですか?」


「いえ、それは違います」


 神さまはそこは違うとはっきり答えた。


「先程位の話をしましたね? ざっくりとわけると神には2種類分類されるのです。わたくし達のように人間、幽霊から神の位まで上り詰める神と、生まれつき神として生まれた神。後者は本当に存在しているのかですら怪しいほどに神格化された存在なのです。なのでわたくしは会ったことすらありませんよ」


 人間から神になったもの。そして、元から神として生まれたもの。その2種類に分かれているという。


「この世界、神域にいる神は全てわたくし達のような人間から神になったものです。後者である天照さまのような神はどこにいるのかすらわかりません。それほどに別次元の存在なのです」


 そういうことか。シーナは先程世界はいくつかに分けることができると言っていた。

 もし仮に天照などが存在する世界があるとして、その世界をA世界だとすれば、俺たちがいる現実世界、幽界、霊界、神霊界、魔界などをひっくるめてB世界ということになるのだろう。

 つまり、俺たちが干渉することが出来る神さまは、元々人間だった存在だということだ。


「わたくしはこの都市……確か来遊市と呼ばれているのでしたね。来遊市の東側を担当している神だと思ってくれればいいです」


「それはつまり、他にも神さまがいると?」


 確かに神さまは先程と言っていた。それはつまり他の神さまがいるということになる。


「ええ。北、西、南にそれぞれ存在します。冬峰さまが向かった外湖神社があるのは西側なので、そこには西の神がいますよ」


(なるほどねぇ。つまり来遊市は4人の神に守られてるってことか。それでぇ? あんたはこの東側の担当って言ったけどさ。何を担当してんだ? 現実世界のことを把握すらしてないくせに?)


 地縛霊は強く当たる。しかし気持ちもわかる。現実世界のことを把握していないのに一体何を担当しているというのかを。


「わたくし達に目的というものがあるとすれば……やはり現実世界からこちらによくないものを送り込むというのが仕事でしょうか」


 よくないもの。ということはやはり。


「神隠しにあうのは……幽霊に取り憑かれたもの……あるいは危険な存在」


「主にはそうです。しかしわたくし達にはどうしようもできないことが1つだけあるのです」


 神さまは再び申し訳なさそうな顔をした。


「先程も言った通り、わたくし達は現実世界のことを把握できないのです。そして干渉する方法は限られています。1つはこちらの世界を想像していただくことです。具体的には『神隠しにあいたい』などのように思ってくれればわたくし達も見つけることが出来ます」


 冬峰は実際それで神隠しにあってしまったのだ。


(だけどそれじゃあもし、何にも関係ないやつだったらどうすんだ?)


「はい。そこが困っているところでもあるのです。わたくし達も間違えて全く関係のない人間さまを神隠しにあわせてしまうことがあるのです。その方をちゃんと帰すことは出来るのですが、出来ないこともあるんです」


 シーナが例えていた木を数えていたら間違えて人間を数えてしまって神隠しにあうという話。それがこれだろう。


「そしてわたくし達が自力で見つけ出すことが出来るのは、情弱ながら……微力な力を持った幽霊だけなのです」


(微力?)


「はい。あるいは今後脅威になるうる存在です。そういった存在を見つけ出すことが出来たら呼び出すようにはしています。あとは神域に自ら踏み入ったものですね」


「それは俺ですな」


「ええ。わたくし初めてでしたよ。自ら邪悪な幽霊を操って取り憑けてわたくしに気づかせるだなんて」


 はは、褒められているのか微妙なところだな。


(オレですら微力ねぇ。どうして微力な力を持った幽霊しか見つけられねぇんだ?)


「そうですね……幽霊も力が強力になれば簡単には祓うことは出来なくなります。日本三大怨霊。これが大きな例ですね。彼らは除霊することすら出来ないほどに強力になりました。そして、別の意味で神に等しい存在に近づいたのです」


 俺はその言葉に思わず息を飲んだ。神さまが言いたいことが何かわかってしまったからだ。


「そうです。悪魔です。悪魔を神隠しにあわせることは不可能です。そのように強力な存在はわたくし達では手に負えないのです。そのため、補足すらできないのですよ」


(……)


 悪魔を神隠しにあわせることが出来ない。そしてそれに近しい力を手に入れた存在も同様に。

 おそらく初代怨霊はそれほどまでの力を手に入れかけている。だから神さまでは手に負えなくなってしまったのだろう。


「それに……実は言うとあなたさまたちの言う神隠し自体成功率がかなり低いのです」


「そうなんですか?」


「はい。神隠しの条件。それはここに来れた魁斗さまならわかっているはずです」


 人に見られていないこと。神隠しにあいたいと思うこと。神域に入って神さまに気づいてもらうこと。

 確かに全ての条件が揃うとは限らないし、神さまが必ずしも気づくとも限らない。


「だから冬峰さまと魁斗さまのお2人が成功したのは稀なんですよ。魁斗さまに至っては自らの意思でこちらにやって来たので実質1人のようなものですがね」


 確かに神隠しがうまくいっていれば、今頃現実世界では行方不明者のニュースでいっぱいになっていただろう。


「魁斗さま。ご理解いただけたでしょうか?」


 神さまはすっと立ち上がって俺を見た。


「まあ、そうですね。神隠しの真相がわかったのは大きいです」


(どうだかな。とにかく、兄貴にはやることがあんじゃねぇのか?)


 地縛霊の言う通りだ。冬峰は外湖神社に向かっている。もうあまり長く話していられない。


「神さま。話してくれてありがとうございました」


 俺は立ち上がって礼をした。


「いえいえ。現実世界のお役に立てないわたくしに出来ることなど、これくらいですから」


 俺は出口に向かう。冬峰を追うために。


「お待ちください」


 そこを、神さまに止められた。


「いいことを、お教えしましょう」


 神さまは少しだけ微笑んで俺を見ていた。

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