第129話神隠し編・真その9

 どれぐらい時間が経っただろうか? 何秒、何分、いや、何時間とかかってしまったかもしれない。そんな一瞬かわからない時間を経て、俺はたどり着いた。

 目を開けると世界が変わっていることに気づいた。目の前には神社の出口がある。つい先程まで見ていた光景と全く同じだ。

 しかしそれはうっすらとぼやけている。まるで蜃気楼のようにあたり一面はぼやけていた。空気もどちらかというと暑い。呼吸をするたびに暑い空気が体の中に入るのを感じる。

 一見すると元の世界とは何も変わらないように見える。しかし世界は確実に変わっていた。

 地形や景色などに変化はない。だけど俺たちのいた世界ではこんなにも暑くはなかったし、ぼやけてもいなかった。

 そしてなによりの証拠があった。


「シーナ」


 シーナを呼んでみる。しかし返事は返ってこない。それも当然。だって目の前にシーナの姿はないのだから。


「はは。どうやら俺は本当に神隠しにあったみたいだな」


 成功だ。だとしたら、ここが神域といわれる領域なのだろう。

 確かにこの世界は現実世界と瓜二つだ。1番密接に関わっていて、1番遠いところにある世界。それがこの神域、神霊界なのだ。


(みてーだな。それと兄貴。お前のバッグ、ないぞ)


 俺に取り憑いた幽霊、地縛霊も当然ここにいる。しかし今の発言。それが正しいものだとすれば……


「なっ……! ヘッドホン……!」


 どうやらバッグは神隠しにあわなかったようだ。少し心配だがシーナがいるから安心できるだろう。


(さて。で? これからどうすんだ? あの嬢ちゃんの言葉を信じるなら次の目的は……)


 地縛霊の言う通りだ。まず最初にやるべきこと。それは1つしかない。


「神さまを見つける。まずはそこからだ」


「おや。わたくしをお探しですか?」


「!?」


 想像もしていなかった突然の声に驚いた。声は後方から聞こえた。俺は確認すべく後ろに振り返った。

 そこには黒戸神社があった。しかし何か違和感を覚えた。見たことのない存在、それが目に入ったからだ。

 神社の真正面には1人の人物がおとなしく座っていたのだ。

 その人物は綺麗な真っ黒なロングヘアー。そして巫女さんの格好をしていた。しかし巫女といえば赤と白をイメージするだろう。何故かこの人物は黒と白という変わった色をしていた。

 そんな見るからに清楚で上品だとわかる人物は、目をつぶって静かにこちらを向いていた。


「率直に聞く……あんた、神さまだな?」


 巫女の格好をした人物はゆっくりと目を開けてこちらを見た。


「ええ、もちろん。あなたさまは人間、ですね? しかしどういうことでしょう。あなたさまの中には邪悪な気配を感じます」


 ああ、本当に神さまなんだな。もう何が起きても驚かないと思っていたが、まさか自分が神隠しという名の世界を移動するなんてことをして、さらには神さまに出会ってしまうなんて。去年までの俺なら絶対に信じなかっただろう。


(げぇ、やっぱりお見通しか)


「神さま。俺はある目的があってここにきた。決して悪意があってこの世界に来たわけじゃないんだ。俺に取り憑いている幽霊もそんなに悪いやつじゃない」


「そうですか。まさかわたくしの寝床に邪悪な気配を宿した人間がわざと迷い込むだなんておかしいとは思いましたが……何か事情がおありのようですね?」


 神さまはなんでもお見通し、というわけではないんだろうか。


「その前に1つ聞いておきましょう。あなたさまのお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「俺は怪奇谷魁斗。俺に取り憑いているのは幽霊の地縛霊だ。名前は忘れているらしい」


(ま、覚えちゃねぇからな!)


「怪奇谷魁斗さまですね。あなたさまは幽霊を従える能力をお持ちなのですか?」


 ここらはちゃんと説明するべきなのだろうか? 俺としては一刻も早く確認したいことがあるのだが。


「正確には俺じゃないんだけど……そんなことより神さま。俺の話を聞いてほしい」


 神さまは俺の顔をじっと見た。


「ええ。しかし立ち話もなんでしょう」


 小さく微笑むと、神さまはゆっくりと立ち上がった。その1つ1つの動作にも品があり、つい見とれてしまう。


「中にどうぞ」


 神さまは神社の中へと俺を誘った。


「その、気持ちはありがたいんですけど。時間があまりなくて……」


「あら。ここでの1時間は現実世界での1分にしかならないんですよ? だから安心して大丈夫です」


 再び小さく微笑むと、俺を奥へと導く。時間の概念にも影響があったなんて。

 俺は小さな居間へと案内された。座布団が2枚敷かれている。


(なんだ……随分と庶民的じゃねーか)


「わたくし、年季物が好きなんですよ」


(へぇ……って!! なんでオレと会話できるんだ!?)


 地縛霊の声は俺の頭の中にしか響いていない。だというのに神さまはあっさり地縛霊と会話をした。


「ふふ。それじゃあお茶を用意しますね」


 神さまは何かを披露するかのように、両手を前に広げた。次の瞬間目の前にお茶っ葉と急須が突然パッと現れ、それを取って自らお茶を淹れ始めた。

 神さまは急須を持ってお茶をコップに注ぐ。その仕草の1つ1つに見とれてしまう。格好のせいもあるが、とても美しい。見た目は人間とほぼ変わらないが、オーラ、佇まい、気品さが人間を完全に凌駕していた。


「どうぞ」


「ども」


 俺は受け取ったお茶を一口いただいた。温度もちょうどよく程よい熱さで、お茶のいい香りが漂う。大自然の中を駆け巡っているかのような気持ちの良い香りを味わえる。


「ーー」


 感動のあまり俺は言葉を失っていた。ただのお茶のはずなのに、とんでもなく美味だった。


「魁斗さまがこの味を味わえるのはこれが最後か、あるいはこれからもこの味しか味わえないか」


 神さまはさらっとそんなことを言った。つまりなんだ。俺次第で帰れるか留まるかが決まるというのか。


「名残惜しいが俺は帰るさ。冬峰を連れてな」


「冬峰さまですね。魁斗さまは彼女を追ってこの世界にやってきたと言うのですね?」


 俺たちの間にテーブルを挟んで正座している神さまは今ハッキリと冬峰のことを口にした。


「……ッ!! やっぱり冬峰は神隠しにあっていた! 神さま! どうして冬峰をこの世界に呼び出したりなんてしたんだ?」


「冬峰さまは神隠しにあいたいと思っていました。まずその時点でわたくしの目に入ってしまったのです」


 冬峰が神隠しにあいたいと思っていた……? しかしそんなことは……

 いや、待て。俺は冬峰の言葉を思い出す。冬峰は確かこんなことを言っていなかったか。


『連れ戻すことが出来ないなら、せめて一緒にいてあげたい』と。


 これはつまり、神隠しにあっていると思っている弟を連れ戻すことが出来ないなら自分も一緒にいてあげたいということだ。

 それは言い換えれば、自分も神隠しにあいたいということにはならないだろうか。


「……冬峰」


 だとすればやはりこれは俺のせいだ。俺が真実を伝えたばかりにこんなことに。


「しかしただの人間がそんな風に思っただけではわたくしも気にも留めなかったでしょう」


「え……?」


「彼女は、一言で言ってしまえば。このまま放っておくと危険ということです」


 俺は思考がまとまらなかった。どういうことだ。なんで冬峰が危険なんだ?


「いいですか? 彼女は今から数年前に死亡し、浮遊霊となりました。しかしそんなある日彼女は除霊師によって除霊されたのです」


 そんな話は聞いたことがない。俺はてっきりその時からずっと彷徨っているものだと。


「そして彼女はいくべき世界、幽界へと向かいました。しかし彼女の現実世界への執着は強く、あと一歩で自力で戻ってしまうというところまでいっているほど強力になっていたのです」


 まさか先程シーナから聞いた話をここでも聞くことになるとは思わなかった。

 幽界から戻ってきた幽霊は未だ現れたことはないという。しかし冬峰はそれを実行できたかもしれないというのだ。


「そんな彼女を何者かが現実世界へと呼び出してしまったのです。彼女はこれ以上現実世界にいると危険です」


「危険って……一体何が……」


 神さまは1度お茶を飲んだ。そしてすぐに口を開いた。


「魁斗さまもわかっているでしょう。悪霊になってしまうかもしれないということです」


「ッ!!」


 俺が、いや。誰しもが1番恐れていることだ。冬峰を悪霊なんかにさせるわけにはいかない。だけど……


「今、冬峰は……?」


「彼女からの要望で外湖神社へと向かってもらいました。今頃あちらの神とお話をしているでしょう」


 外湖神社。冬峰にとっても思い入れのある場所だ。


「どうして神さまはそんなに詳しいんだ?」


「冬峰さまの頭の中を覗かせて貰いました。その時にある程度の情報を得させて貰いました」


 つまり冬峰は過去に1度除霊され、その後幽界へと送られた。しかし冬峰の現実世界への執着が強く、あと一歩で戻ってこれるほどまでになっていたという。それに目をつけたのかなんなのかはわからないが、何者かが冬峰を現実世界へと呼び出した。

 結果、このまま放っておくと冬峰は悪霊になる可能性があるという。


「どうして、冬峰は外湖神社に?」


 俺は気になる質問を神さまにした。


「彼女はこの世界に来たことで自身が幽霊であるということを自覚しました」


「なっ……!」


 冬峰が幽霊であることを自覚した!? そんなことが。


「それはおそらく本来なら来ることが出来ないこの神域へとたどり着いたことで自身の正体に気付かされたのでしょう」


 シーナも言っていたが幽界にいる幽霊も、ずっと幽界にいるわけではない。幽界で自分自身の存在を認めることで霊界へと移動していく。さらにはそのまま神霊界へと移動することもある。

 つまり、冬峰は手順を飛ばしていきなり最上階へとたどり着いたのだ。


「そこで彼女は言ったのです。外湖神社に行きたいと」


 冬峰が何を考えているかはわからない。だけどこの世界に彼女がいるのは確実だ。だったら俺のすべきことは1つだ。


「なら、俺も行く。あいつが何を考えているのか、聞き出さないといけないからな」

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