第123話神隠し編・真その3

 遊園地は普段に比べて賑わいは控えめだった。理由はわかっている。多くの人々が新発売の携帯に気を取られているからだ。

 しかしそんな時だろうが遊園地に人が来ないわけではない。携帯に興味がない人間だっているし、ある程度の賑わいはある。


「わー! 魁斗お兄さん! ジェットコースター乗りましょう!」


 ここにもはしゃいでいる人が1人。冬峰は俺の手を取ってジェットコースターの方へと向かっていく。

 首元で小刻みに震えているのを感じるので、俺はなんとか冬峰の動きを止める。


「あー、冬峰。俺今日はちょっと高いところはNGなんだ。だからあれ乗ろうぜ」


 俺は1つのアトラクションを指差した。『海賊キャプテンゴージャスの冒険』という船に乗って冒険するアトラクションだ。適当に指をさしただけなのだが冬峰は目を輝かせた。


「な、なんですかー! あれは!? 私あんなの知らないですよー!!」


 はしゃいでそのまま走っていく冬峰。全く。本当にあれで中学生なのか? と疑いたくなるくらいだ。


「全く……随分と世話がやけるじゃない」


 と、隣にいる根井九が呟いた。


「そういう根井九はどうして俺たちと一緒にいるんだ? いやまあ……俺はいいんだけどさ。その、根井九は嫌じゃないのか?」


 根井九は俺のことを嫌っている。それなのにさっきからずっと俺たちに着いてきている。


「嫌に決まってるでしょ。なんであんたなんかと一緒に行動しなくちゃならないのよ。ヘドが出そう。出来ることなら今すぐにあんたの顔に泥を塗ってやりたいぐらい」


「……そんな泥を塗ってやりたい奴となんで行動してんだ?」


「雅人がどういうわけかあの子……紅羽ちゃんを気に入っちゃってるのよ。だから紅羽ちゃんに着いていきたいみたいで……となればあんたがいるのも当然でしょ?」


 なるほど……雅人君はそこまで冬峰のことを気に入ったのか。


「はぁ……なんでせっかくの遊園地だというのにこんな凡人と一緒に……ああー剛と来たかったなぁ……剛今頃何してるかな……私のことずっと考えててくれてるかなぁ……」


 急に空を見上げてボソボソつぶやく根井九。なんか、怖い。


「魁斗お兄さーん!! 早く早くー!!」


 冬峰が遠くから笑顔で手を振っている。


「待ってろー! 今行くー! ほら根井九、行くぞ」


「剛……ああ……撫でたい……」


 変なことを言っている根井九は放っておいて、俺は冬峰の元にたどり着いた。冬峰はニッコリと笑うと俺の腕を再び引っ張り始め、アトラクションの列へと並び始めた。

 待ち時間は10分と表示されていた。いつもならもう少し混むのだろうが、今回は普段に比べると空いていた。そのためかスムーズに進んでいった。

 俺はなんとなく周りを見た。周りには家族連れやカップルが多かった。それはそうだろう。大体遊園地とはそういうものだ。

 だから俺は余計に気になった。周りから見て俺たちはどう見えているのか、と。

 俺と冬峰。そして根井九と雅人君。根井九も最初は冬峰のことを俺の妹だと思っていた。だから周りから見ればそう見えるのかもしれない。

 そして根井九と雅人君。2人は正真正銘の姉弟だ。周りから見てもそう見えるだろう。

 となればだ。周りから見て俺たちはカップルでそれぞれ妹、弟を連れてきているように見えるのではないか?

 俺はチラッと根井九を見る。髪型はツインテールでツリ目が特徴的だ。今頃になって思うが彼女の私服を見るのは今回が初めてだ。黒のスタジャンとジーンズを着ている。

 前にも思ったことはあるが、根井九は性格はアレかもしれないが、どちらかといえば可愛い部類には入ると思う。そう思うと少しだけ剛に嫉妬してしまう。


「……何? 私の顔に何かついてる?」


 と、ジロジロ見過ぎてたのか根井九に気づかれた。


「え? いやまあ意外と可愛い顔してんだなって」


 と、富士見なら『当然でしょ? この私を誰だと思ってるの? 超絶美少女の富士見姫蓮よ?』と答えるであろうセリフを吐いてみた。

 さあ、どうでる?


「はぁ? あんたよくもまあそんな思ってもないこと口に出せるのね。お世辞でもあんたなんかには言われたくない。2度とそんなセリフ言わないで」


「……お、おう」


 なんか、すっごい怒られてしまった。やはり富士見とは違う性格なんだな。


「ふふふ……振られちゃいましたね〜」


 冬峰がニヤニヤしながら俺を見る。


「まあ魁斗お兄さんにいつまでたっても彼女が出来ないようでしたら私がなってあげますよー」


 と、ふざけているのだろうが頬を赤くしながらそんなセリフを言う冬峰。


「余計なお世話だ。俺好みになってから出直して来い」


「ええー!! ひどい!! こんなに可愛いのに……!! 後悔しても知らないですよ!」


 すごい既視感だ。やはりどんどん富士見化してきていないか?


「そういうあんたはどんな子が好みなのよ。興味ないけど」


 根井九が興味ないといいつつも聞いてきた。どんな子、と言われると困る。そんなことは考えたこともなかったし、きっと……これからも考えることはないだろう。


「さあな……わからない」


「えー! そんなわけないですよ! 年頃の男子が女の子に興味がないなんて!」


「紅羽ちゃんの言う通り。あんた、さすがにそれは冗談でしょ?」


 2人に言われて思う。確かにそうかもしれない。だけど俺はそういう考えをしてはいけない。してはいけないんだ。だけどその理由は伝えられない。

 だから決してそうではないが、パッと思い浮かぶ俺の理想とやらを口に出すことにした。


「そうだな……変わってる奴が好きなんじゃないか?」


「え……嘘……やっぱりあんたは変人だったのね……」


 何を言ってるんだこいつは。


「ふふ。さー! 行こう!」


 冬峰はなぜか少し微笑んで先に進んだ。いつのまにか俺たちは先頭に来ていたのだ。


「来てしまった……『キャプテンゴージャス』! 私前からこれ気になってたの」


「そうなのか? たまたま選んだだけだったんだけどな……もしかして気があうのかもな」


「……!! や、やめて! 私とあんたが? 気があう? ふん! バカバカしい! そんな戯言いってないでさっさと前に進んで!」


「す、すまん」


 別に深い意味はないんだけどな……随分と気にするんだな。

 そうして俺たちは船に乗った。先頭から2人席となっており、全部で10人乗れるようになっている。


「私先頭がいいです!」


 冬峰が俺たちの返事を待つ前に先頭に座った。流れ的に俺が冬峰の隣だろうからそのまま隣に座ろうとする。


「……隣」


 唐突に雅人君が俺を追い越して冬峰の隣に座ってしまった。冬峰も一瞬びっくりしたが、すぐに笑顔となって微笑んだ。


「え。ちょっと待って。嘘でしょ? なんで?」


「お前はお前でこの世が終わったかのような顔してんな」


「当たり前でしょ!? なんでよ!! なんで私の隣がこの泥顔なの!? ああ……最悪ね……」


「泥顔ってなんだよ」


 文句を言いつつも俺の隣に座る根井九。肌が触れないように離れようとするがそれでも少しは触れてしまう。こんなに拒否されるとさすがに傷つく。

 いっそのこといい機会だ。ここで聞いてしまおう。


「なあ根井九。別に俺はお前のこと狙ってるとかそういうんじゃないけどさ。どうしてお前そこまで俺のこと嫌ってるんだ?  ……いや、違うな。ほんとはわかってる。俺がラブレターを剛に渡さなかったのを怒ってるんだろ?」


 俺は初めてまともに根井九に向かってあの時の話をした。根井九もそんな俺を見て何か思ったのか少しだけ口を開いた。


「……それ以外何があるの。あんたが渡さなかったせいで色々勘違いとかあったの」


「そうなのか……それはすまなかった。今更言ってもただの言い訳なんだけどさ、ラブレターは渡さなかったんじゃなくてだな……その……色々あってなくなっちゃったんだ」


「言い訳は聞かない。理由はどうあれあんたが渡さなかった事実は変わらない。だから私はあんたを許さないし好きにもならない。それだけは覚えておいて」


 根井九の意思は固いようだ。だけど前に比べて会話はしてくれるようになった気がする。それだけましかなと俺は思う。


「わかった。だけど俺はお前のこと友達だと思いたい。剛の彼女ってのもあるけど、普通に面白い奴だと思うしな。出来たらでいいけど」


 根井九は答えない。まあそれは俺のただの願望だから無理もない。別に今の関係でもなんら問題はない。

 そんな願望を抱く中、未知なるアトラクションは発車した。

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