第115話付喪神編その7

 あれから時間は過ぎ、クラスでは文化祭の出し物が決まった。定番とも言えるお化け屋敷となった。どういうお化けを出すかどうかでクラスは盛り上がっていた。

 剛も元気なのは変わりない。だけど彼女達の問題をまだ気にしているようで、たまに探りを入れているようだ。

 剛の彼女……名前を聞いたが根井九天理というらしい。根井九は隣のクラスでたまに見かける。そのたびに俺を睨んできて、話しかけようと思っても一方的に睨まれて去られるので会話ができない。

 幽霊相談所の方はマチマチといった感じだ。あまり大した相談者は来ない。

 そして富士見だが、明らかに怒っていた。あれから会話が減ってしまった。部室に行けば軽く挨拶はするが、基本向こうから話しかけてくることが減ってしまった。その姿を見て智奈も心配していた。

 やっぱり、余計だったのか。富士見だって人だ。立ち入ってほしくないことだってあるだろう。俺はそれに入り込んでしまったのかもしれない。

 そして。


「どうした? 顔色があまり良くないな。これでも飲むか?」


 隣にはシーナがいた。ずっと俺と行動を共にすると宣言した通り、ほとんど俺についてくるようになった。泊まるのはさすがに説得してやめさせることに成功したが。

 今は下校中で、こうしてシーナと途中まで一緒に帰っている。


「これな。私が日本に来て初めて飲んだ飲み物だ。美味いぞ」


 自信満々に渡してきたのはGエナジー MAXだった。俺が普段飲んでいるのよりも高級なものだ。


「ああ、サンキュー」


 俺はそれを受け取り、遠慮なくグビグビと飲み干してしまった。確かにこれは……美味い。


「魁斗。文化祭の出し物だが、魁斗は何をするんだ?」


「俺か? 俺の担当はお化けの種類を決めることだってよ。詳しそうだからだってさ」


 間違いではないんだが。


「そうか。私は売り子? と言うのをやるらしい。なんでも客を呼び寄せるのに私がピッタリだそうだ」


 そりゃあそうだろう。こんな子がクラスの前に立っていたら誰だって入りたくなる。


「ノリノリだな! 楽しむのもいいけどよ、シーナ。お前結局のところどうなんだ? 俺様のことは理解出来たのか?」


 シーナの腕に付いている付喪神、ウォッチが言う。シーナは元々、俺がヘッドホンとどう関わっているかを参考にするために行動を共にしていた。

 あれから数日と立った。そろそろ何かしら答えを得ていてもおかしくはないはずだが。


「そう、だな……はっきり言うと。わからない」


「げ!? なんだよぉ! まだ俺様のこと認めねーって言うのか!」


 ウォッチが嘆きの声をあげる。だけど気持ちもわかる。俺としてもシーナがどうしたいのかが全然わからない。


「シーナ。お前は何を気にしているんだ? 今の生活で何か気になることでもあるのか?」


 シーナは複雑そうに空を見上げる。


「わからないんだ。人と人との付き合いって言うものが」


「え?」


「いや、なんでもない。それより魁斗。さすがの私でもわかることが1つある。最近姫蓮とあまり話していないだろう。何かあったのか?」


 ズレているシーナでもさすがにわかったのか。


「ああ。ちょっと、な」


 俺もどうすればいいのかわからなかった。富士見を怒らせてしまったのは間違いなく俺だ。かといってどうやって謝ればいいのか。何をするのが正解なのか。それがわからないでいた。


「私にできることは何かないか? 話なら聞くぞ」


 シーナは赤い瞳を真っ直ぐとこちらに向けて言った。そう言ってくれるだけでも嬉しかった。


「ああ、ありがとう」


「それぐらい当然だ。私たち友達だろ?」


「はは、そうだな。友達だよな」


 俺とシーナは友達だ。その言葉が嬉しかったのか、俺はシーナに全部説明することにした。

 剛にあることを頼まれたこと。根井九と富士見が喧嘩しているということ。そしてその原因を知ろうとした結果、気まずい空気になってしまったということを。


「そうか。そうだったんだな」


 シーナは難しそうに考え始めた。


「やっぱり、私には難しい。どうして喧嘩をしているのかも、そして仲直りをさせようとする理由も。それをしようとして怒る姫蓮も。私には……わからないんだ」


 俺が話したことでシーナは余計に顔をしかめてしまった。シーナにとっても難しい話だということはよくわかった。


「いや、いいんだ。俺だって難しいさ。でもやっぱりこのままじゃ良くないよな」


 根井九と富士見の関係は難しいかもしれない。だけど俺と富士見まで喧嘩してこれっきりというのはやっぱり嫌だ。それは不死身の幽霊が関係しているからではなく。

 俺が、富士見を友達だと思っているからだ。


「よし! 決めた!」


 俺は携帯を取り出し、1つの番号を見つけ出す。


「お? とうとう告白か!? やるねぇ〜」


「くだらねぇこといってんじゃない。謝るんだよ」


 俺は富士見に電話をかける。謝ろう。やり方なんてその時考えろ。とにかく謝るんだ。

 しかし、虚しく着信音が鳴り響く。いつもなら3コールぐらいで出てくるのに。

 頼む。お願いだ。出てくれ。諦めかけたその時ーー


『もしもし』


「あっ、富士見……」


『どうかしたの?』


 いつもより少しだけ低い声で富士見は淡々と言葉を発する。俺は……


「ごめん。富士見」


『……それはなんの謝罪かしら?』


「この前のことだ。富士見の気持ちも知らないで勝手に仲直りなんてさせようとして……剛の分も俺が謝る。だからすまなかった!」


 沈黙が続く。この場にいる俺とヘッドホン。シーナとウォッチは言葉を発しない。

 ただ電話越しに聞こえる呼吸音だけが響く。


『どうして怪奇谷君が謝るの? 私は彼女と喧嘩しているんでしょ? それをやめさせようとするあなたの行動は間違ってはないと思うけど?』


「そうだと思う。俺もそう思う。だけどそれはあまりに勝手すぎる。根井九や富士見の気持ちも知らないで勝手にやっていいことじゃない。どっちかが謝りたいっていうなら話は別だけどな。少なくとも今俺がすべきことはそれじゃない。そう思う」


 いや、俺が言いたいのはそういうことじゃない。


「そうじゃない。違う。本当はただ、俺が富士見と仲直りしたかっただけなんだ。だって、少なくとも俺は。富士見と友達だと思っているからな」


 結局はそうだ。俺が富士見と仲直りしたかった。だから謝っている。それだけだ。

 俺は答えを待つ。彼女の呼吸音、自身の中から心臓の鼓動が響く。

 そして、富士見が出した答えは。


『バカね。この超絶美少女の私がそんなことであなたと絶交するとでも思っていたの?』


 富士見の返答に俺は思わず息を吐いた。


「富士見……」


『何を情けない声を出しているの。それでも私の友達なの?』


「え……? 今友達って」


『それより怪奇谷君。早速で悪いんだけど付き合ってくれない?』


 言ったよな。今、富士見は俺のことを友達だって。


『……ちょっと。聞いてるの?』


「へ? ああ、聞いてるよ。で? なんだって?」


『全く。実はあの人……あなたの友達の土津具君だっけ? 彼から呼び出しを受けているのよ。あなたも同行しなさい』


 剛……! 余計なことを。また根井九のことを追求するつもりなのか。


『明日13日の夜9時に外湖神社裏の墓地に集合だそうよ。それじゃあよろしく』


 外湖神社裏の墓地……? なんでそんなところに。


「魁斗。それは私も行ってもいいのか?」


 話を聞いていたシーナが同行を求めてきた。


「だそうだ。富士見。シーナも連れて行って大丈夫か?」


『大丈夫でしょう。誰も連れてきちゃダメとは言われてないからね』


「だそうだ。来ていいってよ」


 シーナは明らかに嬉しそうにする。


「そうか。私も何か役に立てるかもしれない。魁斗と姫蓮の友達として」


「ああ、頼りにしてる」


 シーナも何か役に立ちたいと思っている。それはありがたいことだ。そもそも何をするのか全く不明なのが不安だが。


『それじゃあ切るわね』


 富士見も、俺のことを友達と思ってくれている。多分。聞き間違いじゃなければ。きっと。


「ああ、それじゃ」


『……』


 通話が終わらない。大体いつも富士見から電話を切ってくる。だからそれを待っているのだが……


「……?」


『待って』


「ど、どうした?」


 意外な言葉に思わず動転してしまう。彼女の小さな呼吸音と、再び心臓音が響く。


『この前のこと訂正する。私には友達はいなかった。だけど出来た。つい最近ね』


「……それはどんな人だ?」


『そんなの決まってるでしょ。今電話越しにいるあなたよ』


 いつもより低い声、それでいて素早い言葉で紡ぎ、富士見は一瞬で通話を終えていた。

 俺はしばらく、ボーッと自分の携帯を眺めていた。そこには、俺の友達である人物の名前が表示されていた。

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