第114話付喪神編その6

 翌日の9月4日。俺は何食わぬ顔でいつも通りに登校した。

 昨日、剛と別れた後そのままカラオケに入り一晩を過ごした。着替えは持って来ていたので、その場で着替えて登校という流れだ。


「ふじみー達怒ってるだろうな〜」


 その可能性は高い。だけど鍵も置いていったし、朝飯も用意しておいた。心配することはないだろう。

 それよりも昨日、剛が言っていたことが気になっていた。剛の彼女と富士見が元々友達で、絶賛喧嘩中とのことだ。そして俺は、富士見からそのことについて聞き出すということを約束してしまった。

 果たして富士見はちゃんと説明してくれるだろうか? それ以前にそんな話をしてもよいのだろうか?


「なになに。昨日のこと気にしてんの?」


「ああ、富士見が喧嘩なんてな。それ以前にちゃんと友達がいたなんてな」


「ふぅん。まるでふじみーの友達は俺だけだ、みたいな言い方じゃないか」


「何言ってんだ。そんなんじゃないって」


「そうかね。昨日もあのチャラ男がふじみーの名前を出した途端の顔といったら……ふふふ」


 ヘッドホンはケラケラと笑う。何がそんなにおかしいのか。


「なんでお前の口からふじみーの名前が出るんだって顔してた。そんなにふじみーを独り占めしたい?」


「バカなこと言ってないで大人しくしてろ」


 俺は騒がしいヘッドホンをカバンにしまった。ヘッドホンの言葉に反応したんじゃない。学校に着いたからだ。


「……」


 何間に受けてるんだ。別に俺は富士見のことを独り占めしようだなんて思っていない。ただ、単純に意外だと思っただけだ。


「クソ……」


「何がクソなんだ?」


「おわっ!?」


 突然真横から声がして驚いてしまった。俺の隣には金髪の女子高生、シーナが立っていた。


「おはよう魁斗。言いたいことは山ほどあるが今は『クソ』というセリフについて詳しく聞かせてもらおうか」


「いや別に……」


「そうか? 何が『クソ』なんだ? そもそも『クソ』とは何を指している? 『クソッタレ』の『クソ』なのか、それとも排便を示す……」


「やめやめやめー!! あーお前なー……自分が何を言ってるのかわかってんのか?」


 俺の苛立ちを理解したのか、あからさまにシュンとなるシーナ。


「す、すまない。気に障ったなら謝る。許してくれ」


「あーいやまあ別に怒ってるわけじゃない。まあその、とりあえずなんだ。教室行こうぜ」


 なんとか話を終わらせつつ、俺は教室へと向かう。シーナはそれでも少し表情を暗くしたままだ。


「すまない。私はコミュニケーションをとるのが苦手でな。少し変なことをしてしまうことが多いんだ。だから……迷惑だったかな」


 シーナのコミュニケーション能力に関しては気づいていたが、それを気にしているとは思わなかった。それならば。


「気にすんなって。ちょっと変なぐらいがちょうどいいんだよ。そんなやつを俺は今まで見てきたからな」


 この言葉が正しいかなんてどうかはわからない。でも俺はそう思った。だからそれを伝えた。

 俺は教室に入る直前にシーナの様子を伺った。その表情は、少しだけ緩んでいるように見えた。


 午前の授業が終わり、昼休みとなった。俺はいつものように食堂へと向かおうとした。


「怪奇谷君。何か言うことがあるのではなくて?」


 目の前に、超絶美少女が現れた。


「あー、えっと。なんのことですか?」


「へぇ。とぼけるのね。ならハッキリと言うわ。あなた、昨日の夜は何処にいたのかしら?」


 富士見は腕を組んだままジッと俺を睨んでいる。やっぱり怒っているか。


「カラオケっす……」


「どうして?」


「どうしてって……その」


 昨日の富士見の姿が脳裏に浮かぶ。ぴっちりと俺の服を着こなしていて、一部がとても……強調されていて……


「なに?」


「う……そのー、あれだ。唐突にヒトカラをしたくて……」


「本当に? 神に誓っても?」


 あー……富士見には嘘はつけなさそうだ。


「はぁ……わかった。はい正直に言います。あなたの姿を凝視できなかったので過ちを犯す前に撤退した所存です」


「そう。それならそうとハッキリと言いなさい。服を着てもダメなんてどれだけ私のボディって凄いのかしら」


 こんなこと言えるのは富士見にだけだし、こんなセリフが返ってくるのも富士見だけだろう。


「全く。心配して損した」


「えっ」


 今、心配したって言ったのか……? あの富士見が? ドクンと胸の鼓動が高鳴るのを感じる。

 なんだ。なんで俺はこんなことで緊張している。


「俺のこと……心配してくれたのか?」


 俺は恐る恐る聞いていた。


「……ええ、した。あなたがいないと誰が戸締りするのかって思うでしょ」


「へ? ちょっと待て。家の鍵、閉めてないのか?」


「そんなわけないでしょ。あからさまに鍵が置いてあったからね。ほら」


 富士見は俺の鍵を制服のポケットから取り出した。なんだ心配した……じゃあ今のセリフはなんなんだ。


「わかってなさそうね。私が今言ったのはこの家を出る前のことよ。でもこの鍵を見つけて心配ごとは無くなったってことよ」


 なんだそう言うことか。つまり富士見は俺のことは全く気にしていなかったということか。

 当たり前だ。だけどなんだろうか。この少し残る後味の悪さは。


「鍵は返す」


「ああ、すまなかーー」


 と、言いかけた途中でバッと俺の手をかわした。


「??」


「ただし。今日は昼奢りね。そしたら返してあげる」


 ふふ、と不敵な笑みを浮かべる富士見。まさに小悪魔のようだ。


「それじゃあ食堂にレッツゴーよ」


「う、うむ……そうだな」


 そのまま俺も食堂へと向かおうとするが、何やら妙な視線を感じる。

 気になって振り返ってみると、遠くでさりげなく立っている剛がいた。


「……?」


 何故かチラチラとこちらを見ている。どうしてハッキリとこっちを見ないのだろう。


「ーー!」


 剛は口パクで何かを伝えようとしている。そしてジェスチャーまで始まった。何をしてるんだ。アイツは。


「どうしたの怪奇谷君? ……あの人はあなたの友達?」


 富士見は剛を見て怪訝そうな表情をした。剛は富士見の視線に気づいたのかまた知らんぷりをし始めた。

 あ、そうか。やっと理解した。剛が何を伝えたかったのかを。


「なあ富士見……えっと、富士見は友達っているのか?」


「どういう意図かしらね。それにその質問はまるで私には友達がいなさそうとも聞こえるわね」


 う、まずい。聞き方が悪かった。


「ち、違うんだ。そうじゃなくてだな。俺は富士見の友達のこと全然知らないなーって思ってさ。どんな人がいるんだ?」


 富士見は俺を見た後、目を細めて遠くにいる剛を見た。そういえば剛は昨日言っていたな。富士見と一度会ったことがあると。


「そうね。私に親しいと言える友達はいない。智奈は後輩だし」


 きっぱりと、躊躇うことなく富士見はそう答えた。


「それじゃあその……昔仲良かったとか……」


「いたわよ。だけどそれがどうかしたの? 怪奇谷君に関係あることなのかしら?」


「それは……」


 関係は、ない。俺には関係のないことだった。そんな俺が何も知らずに富士見たちの問題に踏み入ってしまっていいのか?


「だーっ!! もうじれったいな!!」


 と、突然走って近づいてきた剛が俺のそばで叫んだ。


「こんにちは。いつかの食堂以来ね」


「え? ああ! それよりあんた! 聞かせてくれないか!? 天理と何があった?」


 剛はあんだけ俺を頼っていたくせにあっさりと富士見に質問した。


「何、ね。何かしらあったんじゃないかしら」


「なんだよそれ。知らないわけじゃないだろ? どうして喧嘩なんてしてるんだ?」


「そんなこと言われてもね、私知らないもの」


 富士見と剛はお互い一歩も引かない。俺としては状況が状況なだけどっちにもつくことが出来ない。


「そんなわけないだろ! 現に天理はと喧嘩してるわけで……」


「……! 私にはね……」


 やばいな。富士見のことをよく知らない剛にこれ以上関わらせると面倒なことになりそうだ。

 俺は2人を止めるべく、声を出そうとした瞬間ーー


「やめて剛」


 空気が凍るようなシンとした声が聞こえた。声は大きくないものの、その声ははっきりと耳に入った。俺はその声がした方に振り返る。

 そこには髪型がツインテールで、ツリ目が特徴的な少女が剛のすぐ後ろに立っていた。

 おそらく、彼女が剛と付き合っているという少女だろう。ツインテールの少女は剛の肩をゆっくりと叩いた。


「もうやめて。剛は私だけ見てればいいの。他のことは何も考えなくていいから」


 剛はその言葉を聞いて少女に従った。富士見は誰の目線とも合わないように遠くを見ている。

 そしてツインテールの少女はーー


「あんただけは許さない」


 なぜか俺をジッと睨んでそう呟いた。いや、何故ここで俺に敵意を向けてくるんだ?

 そう思った瞬間だった。頭の中に電撃が走ったかのような感覚があった。

 ああ、そうか思い出した。この子は、あの時俺にラブレターを託した少女ではないか!


「なんだ。付き合えたんだな。よかったな」


 俺は発言してからしまったと思った。今のは完全に気が抜けていた。考えてみろ。少女からすれば俺は渡すはずだったラブレターを渡さなかったのだ。恨まれても仕方がないではないか。


「行こう。剛」


 ダメだ。これは完全に嫌われた。少女は剛の腕を掴んで去っていった。富士見の横を通り過ぎて。


「……富士見」


 富士見は何も言わない。ただ、ずっと遠くを見ているだけだった。

 そんな富士見を見て俺は何とも言えない気持ちになった。悪いことをした、そう思っているのか。いや違う。何か別のことだ。俺はーー


『私に親しいと言える友達はいない』


 この言葉を、気にしていたのだ。

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