第113話付喪神編その5
時刻は深夜1時。俺はとある場所へと向かって歩いていた。
「しっかしまあ、まさかあの2人がウチに泊まることになるなんてねぇ〜。いいのかな〜? 飛び出して来ちゃって」
ヘッドホンは呑気そうに言う。ついさっきまで不機嫌そうだったくせに。
俺は3人が眠ってからこっそりと家を飛び出して来たのだ。多分バレていないはずだ。
結局2人には俺の服を貸すこととなった。姉ちゃんと恵子のストックは残念ながら置いてなかったのだ。
そして問題なのは俺の服を着た2人だ。2人には仕方なくワイシャツを貸した。富士見はどういうわけかピッタリだった……一部を除いて。そして智奈はサイズが合わなく、ダボダボだった。
ここで考えて欲しい。俺は年頃の男子だ。そんな俺の服を同学年、後輩の女子が着ているというのだ。色々とくるものがあるではないか。
「なんだ? 顔が赤いぞ? もしやアンタ」
「う、うるさい! 仕方ねぇだろ……さすがにあの破壊力には勝てる気がしない」
ということもあり結局俺は家を出る選択肢に決めた。ちなみにシーナだが、彼女は持参した寝間着を着ていた。それもそれでグッとくるものがありなかなか困った。
「はぁ……ある意味楽園だったのかもなぁ」
そんなことを呟きながらも夜の街を歩く。こんな時間になっても駅周辺はまだまだ明るい。来遊市の中心部である駅周辺は賑わいが収まることを知らないのだろうか? と思えるぐらいに賑やかだ。
そんな街の中を高校生が出歩いていていいものなのか。職質されないか心配だ。
「なあアンタ。ちょっといいか?」
と、そんな心配とは無縁なヘッドホンが声をかけてきた。
「どうした? くだらない質問なら却下だ」
「そんなんじゃねえって」
ヘッドホンはいつもに比べて声の質量がないというか、覇気がないというか……
「あの付喪神。アンタがウォッチって名付けた付喪神。アタシはあいつのことをよく知りたい。そうすればアタシのこともわかるんじゃないかって。もしかしたら何か思い出せるかも」
「……」
ヘッドホンの正体。本当の姿。それを知っているのは現状では3人だけだ。
ヘッドホンは付喪神じゃない。だけどそれを本人は知る由もない。
「なんかさ……頭にくるものがあるんだよ。今日ずっとだ。何か引っかかっているんだ。それがなんなのかはわからないけど。特定のキーワードに反応しているような……そんな感じがするんだ」
やっぱりだ。そのキーワードとは神魔会のことだろう。やはりこれ以上あの時の出来事を思い出させるようなワードは使わないようにしなければならない。
「ああ、そうだな」
俺は感情を押し殺して、出来るだけ何も悟られないように答える。
今のヘッドホンは記憶を取り戻したいと思っている。しかしそれを拒んだのは以前の彼女だ。だから思い出させるわけにはいかない。
願いを叶えてあげられない状況に、俺は何とも言えない気持ちになる。
「ま、そのうちわかるよな! そんなことよりアンタ! 通り過ぎてるぞ!」
「へ?」
俺は気づけば目的地を通り越していた。俺は振り返って目的地へと向かった。
気が抜けていた。確かにヘッドホンについては、いずれ考えなければならないかもしれない。少なくとも今はその時ではない。そう言い聞かせて俺は入り口のドアを開けようとした。すると。
「あれ? 魁斗じゃん!」
「え? ああ、剛か」
目の前には金髪チャラ男の剛が立っていた。全く気づかなかった。
「なんだ珍しいな。魁斗がこんな遅くにカラオケなんて」
「ああ……まあな。ちょっと気分転換に」
さすがに女の子が3人も家に来ているから出て来た、とは言えない。
「剛こそどうしたんだ? お前もカラオケか?」
「まあな! それよりお前ここに来る途中女の子を見なかったか?」
女の子? 見たかと言われればそれはもちろん見た。ここは来遊駅の周辺だ。夜な夜な遊んでいる女子だったり仕事終わりに酔いつぶれてフラフラして帰っている人だったり。
ただ剛がそういうことを言ってるんじゃないことぐらいわかる。
「どういう子だ?」
「えっと……髪型がツインテールだ! あとだな……ちょっと目つきが悪くて……おっぱいはそこそこぐらいでそれなりにスタイルがよくて細身で俺のことが好きで俺も好きで俺好みの女の子だ!」
「見てない。それじゃ」
「おいおい!! 冷たいじゃねーか!!」
いやいや。どこに突っ込めばいいのかわからない。そもそも情報が多い割にはわかりにくい。
と、言いたいところだが俺自身さっきまでヘッドホンのことを考えていた。正直言えばあまり周りを気にしていなかった。
だから仮にその女の子とすれ違っていたとしても、俺は気づけてないだろう。
「って言われてもな。俺はそんな子見てないしな。大体なんなんだ? その子と何かあったのか?」
「う……まあそのあれだ。ちょっと喧嘩しちまってな。なんつーかやっぱりほっとけないんだよな」
独り言のようにボソボソと呟く剛。
「喧嘩ねぇ。よくあることじゃないか。それともなんだ。お前はその子のことを狙ってて、話を聞いてあげて『わー剛君やさしー! 付き合ってー!』みたいな展開を期待してたのか?」
剛ならやりかねない戦法だ。
「そんなんじゃねーよ。もう付き合ってる」
「!?」
おっと、これは予想外の回答だった。まさかすでに付き合っていたとは。
あれ……このタイミングで急に思い出すのもなんだが、以前剛にラブレターを渡してくれと言ってきたあの子はどうなったんだろう。
「それでその……彼女があるやつと喧嘩しててよ。仲直りさせてあげようかと思っててさ。その話前にもしたんだけどその時も大丈夫だって言われてさ。でもあいつは気にしてるように見えたんだ。だからそのことを言ったら怒っちゃってさ……」
と、剛は真剣に悩んでいるようだ。剛がこんな真剣に物事を考えるなんて珍しいこともあるもんだ。
「まあ本人がいいって言ってるならいいんじゃないのか?」
少なくとも俺は剛の彼女を知らない。だから勝手なことは言えない。俺が言えることなんてこれぐらいだ。
「違うんだよ! 口ではそう言ってるけどさ! なんていうかさ……」
剛も剛でなかなか引かない。そこまで剛を悩ませるなんて……内容が逆に気になってくる。
「その相手に会って聞いてみるのはどうだ? 知ってるならだけど」
「それは1回会ってるけどさ……ん? ……あれ。そういえば」
剛の動きが急に止まった。なんだ?
「は、はは。そうか。そうじゃねーか! ここにいるじゃないか!」
剛はやたらと俺を見て笑顔になる。なんだろう。すごく嫌な予感がする。
「剛。まさかと思うが俺を使うつもりなんじゃ」
「そのまさかだ! 魁斗! 一生の頼みだ! 協力してくれ!」
「一生の頼み何回目だろうな」
こうなると思った。
「まあそう言うなって。お前が会って話を聞いて欲しいのはお前も知ってる奴だからな」
「どういうことだ?」
「富士見姫蓮、だったか? お前はその子に会って話を聞いてくれ!」
富士見だって? どうして富士見の名前が出てくる。そもそもなんで剛が富士見のことを知っているんだ?
「ちょっと待ってくれ。なんで富士見なんだ? あいつ別に相談に乗ってくれるようなスペシャリストじゃないぞ?」
ここまで俺は壮大な勘違いをしていた。剛が富士見を指名した理由はすぐにわかった。
「違うって。俺の彼女が喧嘩してる相手。それがその富士見って子なんだよ。だから話を聞いて欲しいんだ」
意外だった。何が意外だって、それは。富士見に女の子の友達がいたことに意外性を感じていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます