第112話付喪神編その4
俺の父、怪奇谷東吾は俺を見てため息をついた。
「魁斗。こういうことになるならもっと早く言って欲しかったものだな」
いや、ため息をつきたいのはこちらだ。
「早く言うも何もあるか。大体父さんこそ話を飲み込むのが早すぎんだよ!」
今俺たちは夕飯を食べている。そう、俺たちは。
「そうですよ。こんなあっさりと女の子を家に連れてくるような子に育てた覚えはないですよね?」
「ああ全くだ。君の言う通りだ、姫蓮ちゃん」
「いや、富士見? そういうあなたも女の子じゃないのか?」
「そうよ。私は正真正銘超絶美少女の女の子よ。そんな私をあっさりもウチにあげるだなんて」
「前にも来ただろ!!」
「あ、私も一度だけ来ましたね……ふふ、今日で2回目です♪」
「智奈。東吾さんは良い方よ。だけど怪奇谷魁斗君には気をつけるのよ。いつ襲われるか」
「襲わねーよ! ってか人の親の前でそんなこというな!」
「お? なんだ、魁斗は姫蓮ちゃんと智奈ちゃん2人が欲しいのか。全く。父さんはそんな欲張りな子に育てた覚えはないぞ?」
「……あんた。なめてるのか?」
「おい魁斗。腕が止まってるぞ。そのトンカツ、いらないなら私が貰っとくぞ」
素早い箸捌きでシーナは、俺のトンカツを許可も取らずに取って食べてしまった。
……なんだ。この状況。あの後、結局シーナはついてきてしまった。そしてそれを追うように富士見と智奈もやってきたのだ。
家に着くなり父さんは少し驚いたがあっさりと受け入れ、夕飯まで人数分作ったのだ。
「美味しいな。魁斗のご両親が作る料理はなんでこんなにも美味しいのだ」
「はは。俺が親としてできることなんてこれぐらいだったからな。さあ遠慮なく食べてくれ!」
いつになく気合を入れているのか、トンカツのおかわりを持ってきてシーナに渡す。父さんも父さんだが、シーナもシーナでよく食べる。
「シーナさん。あなた、もしかして遠慮というものを知らないのかしら?」
富士見がシーナを見て呟いた。
「何を言う。与えられたものは全部食す。残す方こそ失礼だとは思わないか?」
と、再び箸を構えシーナは富士見の前に置かれているトンカツに目をつけた。
「……ええその通りね。私が間違えていたわ。このトンカツ。全部食べさせてもらうわ」
目をカッと広げると、富士見もどんどんトンカツを食べていく。そして……
「あ、あわ……わ、私も!」
当然智奈も急いでトンカツを食べ始めた。
「うぐっ!?」
案の定、智奈は普段出さないような低い声を出した。
「ははー。食欲旺盛なのはいいことだが、食事はゆっくりと味わうものだぞ?」
父さんは心底楽しそうにしながら、智奈に水を与えた。智奈は礼を言うと水を一気に飲み干した。
あえてもう1度言おう。なんだ。この状況。今まで色んなことはあったがこれは別世界だ。俺の家で3人の女の子が俺の父親の飯を食べている。
どういう展開があったらこうなるというんだ?
「さて、と。それじゃあ俺はそろそろ仕事に出掛ける。君たち、魁斗をよろしくな」
「いや待て! 父さん今日仕事はないだろ!? ってかよくは知らねーけどよ。そんなことよりこの状況から逃げるつもりか!?」
「何を言うんだ。むしろこれからがお楽しみじゃないのか?」
「ぶっ……!? あ、あんたなぁ!!!!」
「文化祭の出し物を決めるんだろう? いいじゃないかー。学生にしか味わえない一大イベントだ。しっかりと考えるんだぞ?」
「へ? な、なんだよ……紛らわしいことを」
俺はてっきり……
「怪奇谷君。今あなたもしかして私たちとあんなことやこんなことを……」
「よぉーーーーし!!!! 文化祭の出し物を決めるぞ!!!! 付いて来い!! 富士見! 智奈! シーナ!」
「そのいきだ。じゃ、行ってくる」
俺たちを見守りつつも、父さんは家から出て行った。
「ごちそうさまでした。魁斗先輩。私、お皿洗っておきますね」
智奈は食器を纏めると、台所へと向かった。
「いや、さすがにそれは悪い。俺がやるよ」
「魁斗先輩は文化祭の出し物を考えないとですよ? ふふ。だからここは私に任せてくださいね」
親指をグッと立てると、智奈は皿洗いを始めてしまった。その視線は手元に集中している。もう話しかけても答えてはくれないだろう。
「……わかった。頼んだ」
仕方ない、ここは智奈に任せるとしよう。俺はリビングへと戻ろうとすると、今度は首元から声がする。
「おいアンタ。随分と楽しそうじゃないか」
あまり機嫌がよくなさそうな声だ。きっと嫉妬しているんだろう。大体想像がつく。
「そうか? そう見えたんならすまんな。あとでたっぷりかまってやるからさ」
「なんだと〜! ふ、ふん! 別にアタシはかまってほしくなんか……!」
どこのツンデレだこれは。そしてリビングに着いてみると。
「別に無理に付き合わなくてもいいんだぞ? むしろいないほうが都合が良かったりもするんだ」
「ふーん。いないほうが都合が良いというのはどういうことかしらね。私たちは邪魔ってことかしら?」
「あーいや。そういうわけじゃなくてだな……魁斗にしか話したくないこととかあったりだな……」
「へぇ。怪奇谷君と2人っきりで……一体ナニを話すつもりなのかしらね」
おっと。何やらシーナと富士見のバトルが繰り広げられているようだ。
「ったく。ハッキリと言ってやれシーナ。あなたたち2人は邪魔だってな!」
「何を言うんだ。私はそんなこと一切思ってないぞ。ただ場合によっては席を外してほしいってことを伝えたいだけだ」
「そう。でもあなたはまだ怪奇谷君と出会ってそんなにたってないでしょ? そんなあなたがいきなり2人きりになりたいだなんて不審がられてもおかしくはないでしょう?」
「それは……」
いや。いきなり出会って俺の家に来た富士見が言えたことじゃないような。と、心の中でツッコミを入れてみる。
「怪奇谷君のことはどうでもいいけど、私としてはあなたが神魔会の一員ってことが気になってる。また何か企んでるんじゃないかって」
「待ってくれ。確かに神魔会は非道なことを平気でするような連中ばかりだ。だけど全員がそうというわけではない。それにその口ぶり……姫蓮も神魔会のメンバーと何か関わりが?」
まずいな。これ以上はヘッドホンには聞かせられない。何より富士見は神魔会とは直接関わっていない。彼女は俺の体験談しか知らないのだ。それで神魔会に対していいイメージを持っていないのだと思う。それは俺も同じなのだが。
「はいストップストップ。ここらでガールズトークは打ち止め。俺も混ぜてくれ」
無理やり2人の間に入った。シーナは表情を変えず、富士見は露骨に嫌そうな顔をする。
「あなたには私たちが楽しそうにキャッキャウフフとガールズトークをしているように見えたのかしら?」
「さ、さあな。とにかくなんの話をしていたんだ?」
「何って……私はここに泊まるつもりなんだが姫蓮も泊まるというからな。無理して付き合わなくていいと言っていたところだ」
「いやだから待ってくれ。どうしてシーナは泊まる前提なんだ?」
なるほど。それで富士見も……って、それもそれでおかしいぞ。富士見も泊まるなんてことになれば絶対次は……
「姫蓮先輩も泊まるんですか……? えと……わ、私も……」
皿洗いを終えた智奈が小さな声でボソッと呟く。いやいやダメだろ。
富士見とシーナはともかくだ。智奈はその……俺に好意を抱いている。そしてそれはお互い理解している。それで同じ屋根の下で寝てどうにかなるなんて考えられない。
「姫蓮。智奈。2人とも考え直した方がいい。私はともかく2人は泊まるのは難しい」
シーナ、それはお前もだけどな。とはいえまずはこの2人を説得しなければ。
「いいか? 年ごろの女子が男子の家に泊まるなんて普通じゃない。何より……」
「うんうん」
「2人は着替えを持ってきていないじゃないか」
「うんうん着替えがないから……ってそうじゃねぇだろ!!」
シーナの思考は少しズレているのか? いや少しどころじゃないな。
「そうね。だけどそれなら安心してほしいものね」
何故かドヤ顔をすると、富士見はカバンの中からとあるものを取り出した。
「……!?」
「ちょ……!?」
俺と智奈は同時に驚愕する。富士見が取り出したものは。2着の下着だった。
「さっきコンビニで買ったものよ。上下セットのものね。どうせ智奈も泊まるって言い出すと思ってたから智奈の分も買っておいたわ。サイズは私よりも一回り、いやふた回りぐらい小さいものを……」
「わー! わーー!! わーーーー!!!! き、姫蓮先輩! ちょっと黙ってくださーーい!!」
顔を真っ赤にして富士見をポカポカと殴る智奈。というか。なぜ下着なんぞ購入している。
「ふっ。どう? 準備は万端ということよ」
「なるほど。そこまでとは……私の負け、と言いたいところだがまだまだだ。姫蓮。君は下着姿で寝るというのか? そう。2人には寝間着がないッ!!」
「あっ……姫蓮先輩……ダメです。やっぱり私たち……ここに泊まる権利なんて無かったんです……」
なんだこの茶番は? コントか? 俺は一体今何を見ている?
「諦めるのはまだよ智奈。確かに私は寝間着を持ってきていない。制服で寝るわけにもいかない。だけど考えてみなさい。もしこのままだと私たちは下着姿で寝なければいけないことになる。そんな状況で怪奇谷君が我慢できると思うかしら?」
え? ここにきて俺か?
「え……わ、私はともかく確かに姫蓮先輩のボディを見てしまったら魁斗先輩は……!」
「ええ。1匹の獣と化すでしょうね」
「獣……」
「それはもちろん怪奇谷君も望んでいないことよ。つまり、怪奇谷君は自分を保つために私たちに寝間着を用意してくれるはずなのよ」
「……!! そ、そうです……! その通りですよ!!」
心底嬉しそうにしている智奈。ああ、もうこの流れはどうにもできないな。
「く……魁斗。お前は2人に寝間着を与えるのか?」
「え? ああ……まあそうだろうな」
俺はもう、諦めた。俺が今考えていたのはもう別のことだ。
「さすがね。私の下着姿を見て興奮する姿なんて晒したくないものね」
下着どころかほぼ裸まで見てるんだけどな……と、あの姿を一瞬思い出してしまい気が動転してしまいそうになる。
富士見の言う通り、もし2人が下着姿で眠っていたら俺は気が持つだろうか……?
一瞬だが2人の姿を想像してしまい、再び気が動転しそうになる。
「え、えと……でも魁斗先輩が女物の服なんて持ってるはずが……」
「そこは大丈夫よ。仮にメンズだとしても少しダボダボになるぐらいでしょ。そして運が良ければお姉様や恵子さんの服があるかもしれない」
あー……言われてみれば何着か姉ちゃんと恵子のがあった気もする。
「魁斗」
シーナが俺を見る。すまないシーナ。俺にはもうどうすることも出来ないんだ。
「それにしてもふじみーの下着……あのサイズは何という……」
ボソボソ言ってるヘッドホンは無視しよう。俺の考えていることはただ1つ。3人を泊めないことではない。それは諦めた。だとすれば何か。
そうだ。俺に残された最後の選択肢はーー
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