付喪神編

第109話付喪神編その1

 9月3日。2学期が始まった。俺は久しぶりの学校へと向かうために準備をしていた。


「やっぱり感覚が狂うな。まあ病院生活だったのもあるけどな」


 今日はいつもより少し遅めの起床だった。夏休みの最終日、8月31日にみんなでパーティをした。

 そしてその日、俺は富士見に俺とヘッドホンの秘密を話した。富士見はあの時、何を思っていたのだろうか。

 そんな疑問を抱きつつも、後にやってきた相談者の悩みを解決し、さらに時間が経った。

 9月に入り、1日2日は土日のため休みだった。だから実際のところ、2日までが夏休みともいえる。

 そうして時間は過ぎ、9月3日を迎えたのだ。


「アンタ。急がないと遅刻じゃないか? これ」


 首元でヘッドホンは俺に忠告した。富士見にあの話をしてから、最近ヘッドホンのことをよく考えていた。改めてこいつに、この世界の素晴らしさを伝えないといけないな、と。


「ああそうだな。今日はGエナジーも飲んでる暇ねーな」


 いつものルーティーンが崩れるのは嫌だったが、俺は小走りで学校へと向かった。

 いつもなら余裕を持って30分前には家を出ている。しかし今日は10分前という失態を犯した。多分間に合うのだろうが、いつもと違う時間に少々不安を感じてしまっていた。それで無意識に急いでしまっている。


「いいねぇ〜! 風がビュンビュン吹いて気持ちいい〜!」


「呑気だなお前はッ! こっちは必死なんだぞ!」


「おう! 頑張れ頑張れ〜」


 ヘッドホンめ……自分は何もしないからって楽しみやがって……今度何かお仕置きをすべきか?

 など考えていると交差点に差し掛かった。ちょうど信号が赤に変わり、立ち止まざるを得なかった。


「クッソ! なんていうタイミングだッ!」


「ハハッ。日頃の行いだよ。アタシの言うことをちゃんと聞かないからだぞ?」


「なんでお前の言うことを聞かないだけでこうなるんだよ!」


「アタシを誰だと思ってる? 付喪神だぞ? 仮にも神だ。神様は敵に回さない方がいいと思うな〜」


「なっに〜? いいか? 付喪神ってのは神じゃねーんだよ! ただ道具に宿る……」


 って何をバカ正直に間に受けてるんだ。こいつにそんなことを伝えても仕方がないだろ。

 だってこいつは、本当は付喪神なんかじゃなくて……



 突然、真横から声がした。なんだ? 急すぎて心臓が止まるかと思った。ビックリして俺はつい距離を置いてしまう。


「……?」


 俺は声のした方に視線を向けた。少し離れたところにその人物は立っていた。

 相手は俺と同じか下ぐらいかと思われる歳をした少女だった。髪は輝く金髪だった。後頭部で髪をまとめており、ほどいたら背中ぐらいまでは長さがありそうだ。そして、赤い瞳が特徴的だった。

 外国人、だろうか? 見た目からしてそうだろう。その割には先ほどの言葉。日本語も上手に感じたし、1つだけ違和感があった。

 それは俺と同じ、場芳賀高校の制服を着ていたからだ。しかし俺はあんな生徒見たことがない。というよりこんな子がいたら目立つし気づかないわけがない。

 となればこの子はもしかして……


「おい、聞こえてなかったのか? 今の話を詳しく聞かせろと言ったんだ。怪奇谷魁斗」


 少女は再び声を上げる。透き通った声だが、それでいて芯には力強いものを感じる。その声を聞いて、まるで同い年には思えなくなった。

 と、気がつけば少女の顔が目と鼻の先まで近づいていた。


「ッ! ちょ、ちょっと待て。いいか、待て……で? なんだ?」


 とにかく離れろ。大体今までの経験上、こういう人はちょっと変わってるんだ。うん、きっとそうだ。


「だーかーらー。今さっきお前が話していたことを詳しく聞かせろというんだ」


「今さっきってなんの話だ?」


「とぼけるな。付喪神についてだ。お前がゴーストドレインを持っていることも知ってるし、付喪神を宿したヘッドホンを付けているのも知っている。それを分かった上で聞いているんだ」


「ああ、そういう……」


 ほらな、やっぱりおかしい奴だった…………いや、待て。待て待て待て待て待て!

 今、なんて言った? ゴーストドレイン? 付喪神? ヘッドホン?

 この少女は、どうして俺のことを知っている?


「あんた、誰だ?」


 少女は俺が警戒心を抱いたことに気づいたのか、そっと距離を取る。


「いや、すまなかった。確かに初対面でいきなりこんなこと言うのはおかしいよな。つい癖でな」


 少女は軽く頭を下げた。そうされると少し調子が狂う。


「私の名前はシーナ・ミステリ。のメンバーだ」


「は?」


 今のとんでもない一言につい情けない声を出してしまった。

 神魔会。シーナと名乗る少女はそう答えた。それはつまり、不安堂らが所属するあの組織だ。なぜその神魔会のメンバーが俺の前に現れる?


「私がお前のことを知っていたのは不安堂さんから話を聞いていたからだ。それでお前から話を聞きたくてな」


 シーナは不安堂の名前を口にした。やはりシーナと不安堂は繋がっている。だとすればなぜ? なぜ俺に? 俺と不安堂の共通の話題と言えば……


「ッ……!」


 1つしかない。悪魔リリスについてだ。そしてその結末、結論を知っているのは俺と不安堂だけ。

 シーナは不安堂から俺のことを聞いたと言った。そして先ほどシーナはヘッドホンに興味を示していた。そうなれば話は繋がる。

 あくまで可能性の話だが、シーナはヘッドホンを狙っている人物なのかもしれない。


「……今、話すことはない」


 俺は信号が青になったのを確認して全力で走った。後ろを振り返ってみるも、シーナは追ってこなかった。


「お、おいアンタ! 急にどうしたんだよ! っていうかあの女なんなんだ? しんまかい、とか言ってたけど……」


 ヘッドホンはあの時の出来事を忘れている。神魔会のことも不安堂のことも覚えていない。

 しかしだ。あの時のことを話せば記憶を取り戻してしまう可能性がある。だから出来るだけこの話に関わらせるわけにはいかない。


「し、知らねえよ……とにかく、しまうぞ」


 俺は学校に着いたと同時にヘッドホンをカバンにしまい、ゆっくりと教室へと向かった。

 だがなんだろう。嫌な予感しかしない。俺は先ほど、シーナを見てどう思った? おかしな奴と思ったと同時に何を感じた?

 あの少女が場芳賀高校の制服を着ている理由。それは……


「よ! 魁斗!」


 教室に入って席に着くなり、剛が寄ってきた。


「おい魁斗! 俺さっき聞いたんだけどよ……」


 そして剛は俺が想像したくないこと、そして予想を的中させる言葉を告げた。


「このクラスに、転校生が来るってよ!!」

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