第110話付喪神編その2

 今日は午前授業だった。そしてその午前中に話し合った内容、それは文化祭についてだ。

 夏休みが明けてやってくる最大のイベントだ。みんなが何をやるかで盛り上がっていた。

 しかし、俺はそれどころじゃなかった。


「おい。なぜ目をそらす?」


 ふと俺のそばに現れた少女。金髪で赤い瞳が特徴的な少女。それだけなら良かったのに。


「なぜも何もあるか。なんでよりによって俺のクラスなんだ」


 俺の予感は的中した。シーナ・ミステリと名乗るこの少女は交換留学生としてうちのクラスに転校してきたのだ。


「なに。私にかかればこの程度のこと朝飯前だぞ?」


「いや、あの。平気な顔してとんでもないこと言ってるぞあんた」


 要は俺と同じクラスになるために何か裏で仕込んだということだ。わざわざそこまでして何が目的だ?

 普通に考えればヘッドホンが狙いだろう。だがまだ確信は持てない。だけどヘッドホンの前では下手なことが言えない。だからろくに確認もできないでいた。


「それより怪奇谷魁斗。お前は何がやりたいんだ?」


「何がだ?」


「何って……文化祭というのをやるんだろう? お前は何がやりたいんだ?」


 シーナは真面目に文化祭のことを考えていたのか……


「おい魁斗! さっそくシーナちゃんとイチャイチャすんじゃねぇ! お前も案をどんどん出せって!」


 何故か仕切っている剛に怒鳴られる。確かに剛の言い分はわかるが、シーナが気になって集中が出来ない。


「……私がいると集中出来ないか? なら一旦離れよう」


「へ?」


 俺のそばから離れるだけでなく、シーナはわざわざ教室の外へと出て行ってしまった。


「魁斗……」


 剛含めて数人が冷たい目で見てくる。今の現場を見ただけだと、俺がシーナを無理やり外に追い出したようにも見える。


「いや、あの……ああ、わかったよ。ちゃんと決めるから……」


「いや違うだろ!! シーナちゃんを追いかけろよ!!」


「えぇ……」


「えぇ、じゃねー!! シーナちゃんはお前に懐いてんだろ? だったらお前が馴染ませてやらないとダメだろォ!!」


 無駄にテンションの高い剛は俺の手を取り、無理やり外へと放り出してしまった。


「なんでこうなるんだ……」


 仕方なく俺はシーナの元に向かう。と言ってもシーナはどこに向かったのだろう。

 すると、目の前の教室から1人の人物が姿を現した。姿を現した人物は女の子だった。その女の子はツインテールで、ツリ目をしていた。その子がこちらを見た。


「あれ……?」


 俺はつい呟いていた。そういえばこの子、どこかで見たことあるような……


「……」


 女の子は俺を見るなり何故かじっと睨んできた。そしてそのまま階段の方へと向かって行ってしまった。


「はぁ……? 俺なんかやばい目つきでもしてたかな?」


 など考えて俺も階段に向かった。すると階段の上からシーナが姿を現した。


「ん? なんでお前がここにいる? 文化祭の出し物を決めなくていいのか?」


「いや、あんたを連れてこいって言われたんだよ」


「なんだそういうことか。また迷惑をかけたな」


 シーナはそのまま俺の隣まで降りてきた。そこで俺はなんとなく気づいた。今、俺の元にはヘッドホンはいない。話すなら今しかない。


「待てよ。あんたの目的を教えろ。どうしてヘッドホンを狙う?」


 俺の質問に答えようとシーナは口を開く。それと同時に。


「ひゃひゃひゃひゃ!! 面白いこと言うガキだなこいつは!」


「??」


 なんだ? 今、何処からか声がした。


「なんで話を聞くだけでアイツを狙うことになってんだ? 早とちりしすぎなんだよオメェは!」


 無駄に響く声。声は男の声だ。しかしどこから? ここには俺と金髪の少女しかいないというのに。


「ここは学校だ。喋るなと言っただろう?」


「いやわりいわりい。ここにはシーナとこいつしかいなかったもんでな!」


 シーナは自身が付けている腕時計に向かって話し始めた。なんだ? あの腕時計は通話でも出来るのか? そう考えていたが、途中で違うと気づいた。


「怪奇谷魁斗はそのあたりのルールはしっかりと守っているようだった。だからとしてお前も同じルールに従え」


「は? 付喪神、だって?」


 シーナは腕時計に向かって付喪神だと言った。あの腕時計が、付喪神?


「おう。俺様は付喪神だ。で、怪奇谷魁斗、だっけか? シーナは付喪神について何にも知らねーから教えてやってくれ!」


「……なんだって?」


「……恥ずかしい話なのはわかってる。まずは私の話を聞いてほしい」


 なんだか俺は、とんでもない勘違いをしていたのかもしれない。



「さて……」


 授業は終わり、用のない生徒は次から次へと帰っていった。しかし俺は将棋部の部室にいた。


「まずは……」


「初めまして。わたくし、超絶美少女の富士見姫蓮と申します。よろしくお願いします」


「あ、初めまして。私は生田智奈と申します。その……よろしくお願いします」


「よろしく。私はシーナ・ミステリと言う。今日この学校に転向してきた。わからないことだらけだからぜひこの学校のことを教えてほしい」


「ええもちろん。私たちに任せて。なんたって私は超絶美少女の富士見姫蓮だからね」


「そうですね……と、とにかく私たちに任せてください!」


 ああ、また勝手に話を進めて……


「まあいいじゃんか。それがこの2人、だろ?」


「ちょ、ヘッドホンさん! 私も姫蓮先輩と同じ扱いなんですか!?」


「へぇ……智奈? その発言はどういうことかしら?」


 富士見と智奈がわちゃわちゃとしている。その隙を見てシーナは小声で話しかけてきた。


「いいのか? 彼女らには付喪神の存在が知られても」


「ああ、この2人は大丈夫だ。だからあんたも安心して話してくれて問題ない。俺1人より心強いだろ?」


 俺はチラリと2人の姿を捉える。富士見はあの話をしてからもごく普通に接してくれている。俺に対しても、ヘッドホンに対しても。

 それが逆にどう思っているのかわからなくて不安になる時もあるのは事実だが、それでも富士見なりに気を使ってくれているのがわかる。

 そして智奈。最初は正直、あの事件の後だったから気まずかった。俺も、あの富士見でさえ。

 それでも智奈は明るく振る舞うようになった。前に比べて積極的に話すことも増えたし、明るくなった。

 でも心の中ではまだ思いを秘めているのだと思うと、心が苦しくなる。それでもこれは俺と智奈が選んだ道だ。苦しいのは智奈も同じはずだ。


「……? どうしたんですか? 魁斗先輩。さっきからそんなに見つめて」


「へ? い、いやーなんでもないよっ」


「ははーん。さては怪奇谷君。私と智奈がイチャイチャしてていやらしい想像でもしたのね?」


「なにバカなこと言ってんだ!! そ、そんなわけなかろう」


「そうか。怪奇谷魁斗は百合が好きなのか」


「待て。どこでそんな言葉覚えた!? それよりあれだな。いちいちフルネームで呼ぶのやめてくれ。どっちかで読んでくれ」


「……それもそうだな。では魁斗、と。うん。これがしっくりくる」


 う……まさか下の名前とは。ちょっとそれはそれでドキッとするではないか。


「魁斗。ならばお前も私のことを名前で呼べ。さっきからあんたあんたと名前も呼ばずに失礼だろう?」


「そ、それは面目無い。じゃ、じゃあシーナで……」


 さすがにミステリ、と呼ぶのも気が引ける。だけどいざ意識すると名前呼びってのもなかなか……


「ふーん……」


 何故かジト目で俺を見る富士見。智奈も智奈で意図的に俺と目を合わせないようにしている。


「な、なんだよ」


「別に? それよりシーナさん。あなたは幽霊相談所の相談者ね?」


 さらっと流されてしまった。シーナは富士見の言葉の意味を理解できているのだろうか?


「幽霊、相談所? ああ相談を聞いてくれるんだな。だとすればそういうことになるな」


 それでいいのか。シーナよ。


「それで? あなたはどう困っているの?」


 シーナは腕時計を富士見に見せた。よく見ると所々錆びつきが見える。古い時計なんだろう。


「率直に言うとこれに困っている」


「オイオイオイ!! 俺様のこと困ってるとか言っちゃう感じ!?」


「これは……」


「もしかしてヘッドホンさんと同じ……なんでしたっけ……つく、つく……」


 智奈が必死に思い出そうとしているが思い出せないようだ。


「付喪神だ。俺のヘッドホンと同じくな」


「マジかよ……アタシ初めて見たよ。アタシ以外の付喪神」


 シーナは改めて俺の顔を見て言った。


「私は付喪神とどう接すればいいかわからない。だから同じ付喪神が憑いてるお前からアドバイスを貰おうと思ったんだ」


 そういうことだったのか。だからわざわざ俺の元に。しかしそう考えると不安堂の奴、わざと俺の元にシーナを送ったのか。性格の悪い男だ。


「そう。しかしわざわざ海外から来るなんてね。どこで怪奇谷君のことを知ったのかしら?」


「ああ、私は神魔会のメンバーでな。不安堂さんという人がいるんだが……」


「…………」


 その言葉を聞いて富士見は表情を変えることはなかったが、確実に何か思うことがあったのだろうと俺は思った。


「わかったわ。それで怪奇谷君。あなたからアドバイスは? 付喪神のヘッドホンさんと常に一緒にいるんだもの。先輩としてしっかりと教えてあげなさい」


 富士見がやたらと強気な口調で言ってきたように感じた。


「え、ええっとだな……あ、そうだ。名前。その付喪神、名前はあるのか?」


「名前、か。どうだ? お前は名前があるのか?」


 シーナは腕時計に向かって話しかける。


「へへ、ねぇよ。幽霊に個人名はない。それぐらいお前ならよくわかってるだろ?」


「……だそうだ」


「ならまずは名前をつけるところからだ。何かつけたい名前はあるか?」


「いや、ない」


 即答かよ。あんまりそういう事に興味がないんだろうか。


「オイ。俺様はペットじゃねぇんだぞ?」


「それでもいちいち付喪神、とか呼ぶのはダルイだろ? 無難に『ウォッチ』とかどうだ?」


「なるほど。それなら私も呼びやすい。これからお前の名はウォッチだ。いいな? ウォッチ」


「ゲェ……まじでそんな感じで決めるのか。あんたはどうだったよ、同類」


「ん? アタシか? アタシもおんなじ感じだったぞ」


 そんな流れでシーナの腕時計に取り憑いた付喪神の名前は、ウォッチとなった。

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