第105話動物編・表その11
俺はとある公園に辿り着いた。辺りはもう暗く、駅周辺と異なって静けさがある。そんな静けさが逆に不気味だった。
公園の真ん中にあるブランコに、1人の女の子が座っている。女の子はうずくまっている。俺はなんて声をかけるべきかわからなかった。
「根井九。そんなところにいると風邪引くぞ」
それでも必死に話題を探し出そうと捻り出した。
「少し、話さないか?」
俺はそのまま隣のブランコに腰かけた。根井九から返事はない。ただそこでうずくまっているだけだ。
(おいおい無視かよ。こりゃあまずいんじゃねぇか?)
ベロスが不安を煽るが、別に反応が欲しいわけではない。それは反応があった方がわかりやすいとは思うが。
俺はただ、根井九の気持ちが知りたいのだ。そして、俺の気持ちも知って欲しい。
「最初に会った日のこと覚えてるか?」
俺は言葉と共に思い出していた。
「俺がたまたま屋上に行ったら根井九がいたんだ。あの時はほんとにびっくりしたよ。それからすぐに思った……龍牙さんに頼まれた子だって」
根井九から返事はない。
「俺は頼まれたんだ。相談に乗ってやってくれって。だから俺は相談に乗ってあげてるつもりだった。俺は……そのつもりだったんだ」
それは本当だ。俺はただ根井九の相談に乗っているつもりだった。本当にそれだけだった。
「なぁ、根井九。だけどさ、俺気づいたんだ」
俺は根井九を見ずに、暗い公園をぼんやりと眺めながらそのままあっさりと告げた。
「俺は根井九が好きになっていた。だけど踏み出せなかったんだ。言い訳だけどさ、俺はあくまで龍牙さんの頼みを引き受けてるつもりだったんだ。そう言い聞かせていた。好きになっちゃいけないって」
龍牙さんに頼まれた子のことを、好きになってはいけないと心のどこかで思っていた。
だけど今となってはそんなことはもう関係ない。俺は、俺の思うように行動するだけだ。
「でもそんなのはただの言い訳にすぎない。もう俺は言い訳はしない。俺は……根井九が好きだ」
俺の思う気持ちは全て伝え切った。根井九のことが好きだという事実。これに根井九が答えてくれるとは限らない。
しばらく沈黙が続いた。俺も根井九も、ベロスも。誰もが静まり返っていた。
そんな沈黙を破ったのは。
「
1つの声だった。その声は。
「随分とふざけたことを言うのね。まあそれでこの子が傷つくのはわたくしも楽しいからいいのだけれどね」
うずくまっていた根井九は、ブランコから離れて俺の前をウロウロしていた。表情がいつもの根井九とは違う。
まるで人間という存在を見下しているかのような冷たい目をしていた。
(わかってるな。こいつは……)
「動物霊……!」
根井九に取り憑いた動物霊はケタケタと笑う。
「そうよ。種族でいうとわたくしは蛇ね。そういうあなたも訳ありのようね。あなたに取り憑いているのはどこの動物なのかしら?」
蛇、ときたか。なんとなくそれっぽい動きをしているからよくわかる。
(まともに取り合うなよ。こいつは俺とは違うぜ?)
「ああ……」
ベロスの言う通りだ。こいつはまともではなさそうだ。
「お前が根井九に取り憑いた理由はなんだ? なんで根井九に取り憑いた!?」
「教えないわよ。でもそうねぇ……あえて言うのだとしたら、この子がわたくしとピッタリだったからかしらね」
「ふざけるな!! 何がピッタリだ!! お前が根井九に取り憑いたせいでどれだけ根井九が辛い思いをしたと思ってるんだ!?」
蛇は不敵な笑みを浮かべた。
「へぇ……辛い思い、ねぇ」
「何がおかしい!?」
蛇は柵に腰かけた。そしてこう放った。
「この子が辛い思いをしてるの、
「は……?」
何を、言っているんだ?
「あなたはわたくしがこの子に取り憑いたことで、この子が辛い思いをしているのだと思っているみたいだけど、とんだ勘違いね。全く別よ。むしろわたくしがこの子の不幸さに惹かれてきたんだもの」
根井九の不幸さだと?
(チッ……だから言ったんだ。根井九は動物霊関係なしにヤバいやつだってな)
ベロスが呆れた声を出す。つまりなんだ。根井九自身が不幸体質で、それに引き込まれて動物霊蛇は取り憑いたというのか?
「もうこの子の不幸さは絶品ね! こんなの成仏するのがもったいないぐらいよ!」
蛇は歓喜の声を上げる。なんだよそれ。そんなことって。
「でも……でも少なくともお前が取り憑いて根井九は迷惑してるはずだ! お前が取り憑いたことで根井九はもっと辛い目にあったはずだ!」
そんなこと、ただの願望だった。動物霊蛇は悪いと、決めつけたかった。だけど。
「そうかしらね? 本当にあの子がそう思ってると思う? そうね……本人に聞いてみる?」
そう言って柵に腰かけていた蛇は体制を崩した。そのまま倒れこみそうになるところをギリギリで堪え、そして。
「根井九……?」
「剛……今、私……どうなってた?」
いつもの根井九になっていた。しかし蛇の言葉が気になる。
「……幽霊が取り憑いてた。そしてその幽霊が言っていた……根井九は、幽霊に取り憑かれていることを悪く思っていないって」
根井九は表情を変えることなく、そのまま俯いた。そして口を開いた。
「そう、なんだ。やっぱり私には幽霊が取り憑いているんだ……ふふ、そうかもね。私、嫌じゃないかも」
根井九の口元は、笑っているように見えた。
「なんで……なんでだよ。どうしてだ? 幽霊に取り憑かれているんだぞ? 夜には自分の体を自由に好き勝手に使われてるんだぞ? このままだと悪霊になって命だって奪うかもしれないんだぞ? それでもいいって言えるのかよ!?」
そんなわけがない。そう信じたかった。
「別にいいよ。私なんてそんなんでいいんだよ」
根井九はあっさりとそう告げていた。
「どうせ私なんてそんなもんなんだよ。幽霊に取り憑かれてそのまま死ぬんだ。そしたら剛は悲しんでくれるの? そんなわけないよね。私たち、付き合ってるわけでもなんでもないんだもんね」
なんでそんなこと、簡単に言えるんだ。
「私はあの時、奇跡が起きたかと思った。好きだった剛が屋上に来てくれた時。話を聞いてくれると言ってくれた時。本当に嬉しかった。でも、それも私のただの妄想だったんだね。勝手に付き合ってると勘違いして。バカだよね」
根井九は物悲しそうに語るも、何故か口元には笑みが溢れている。
「私は自分に幽霊が取り憑いたってすぐにわかった。だけど私はそれでいいって思った。むしろ運がいいのかと思った。だから剛ともうまくいくと思っていた。だけど逆だったね。この幽霊は疫病神だった。でもそれでいいんだ。それならそれで私は受け入れるよ」
もう我慢が出来ない。
「私が酷い目にあっても、誰も悲しまないから」
俺は目の前が見えなくなっていた。そして。
「テメェさっきから黙って聞いてりゃなにふざけたこと言ってやがる」
俺の口から、
(え、ええ? おい、どうなってんだ!?)
俺の視点はあの日の夜と同じだ。これは、まさか。
「ああ? どうなってやがる。なんで俺が自由に動ける……? まあ細けえことはいい。それより……おい根井九!!」
「へ……? え? つ、剛?」
根井九は突然のベロスの叫びに驚いている。
「違えな。俺は剛じゃねぇ。動物霊のベロスだ! テメェとおんなじだ。そんなことはどうでもいい。それよりなんだ? さっきからうだうだとくっだらねぇこと言いやがってよ。ふざけてんじゃねぇぞ!!」
(お、おい!! 勝手に叫ぶな!)
「テメェは黙ってろ!」
そう言ってベロスは自分の胸を叩き、ドンっと音が響いた。当然痛みはあるわけで……
「(いってぇ!!)」
俺たちの声が重なった。
「つ、剛?」
根井九は呆然としている。目の前で起きている状況が理解できていないようだ。
「根井九、テメェ言ったよな? 自分が酷い目にあっても誰も悲しんでくれないってよ。ここにいるじゃねぇか。土津具剛って男がよ」
「……動物霊のベロス、だっけ? 私は信じるよ。だからはっきりと言わせてもらう。そんなわけがない。剛は私のことなんて好きじゃなかったんだ」
そんなことない。俺は根井九のことが好きだ。
「テメェさっきこいつが言ってたこと聞いてなかったのか? こいつはお前のことが好きだって言ったんだぞ?」
多分あの時は蛇の状態だったのだろう。だから俺の言葉は届いていなかったかもしれない。
「……覚えてない。きっと私に取り憑いている幽霊が表に出ていた時に言ったんでしょ。でもそれって仕方なく言ったんじゃないの? 本心じゃなくて。とりあえず好きって言っとけばいいかって思ってたんじゃないの……!?」
違う。違う違う違う!! そんなんじゃない。俺は、根井九のことが本気で好きなんだ。俺はずっと前から……
ずっと前……? いや、俺は。いつから根井九のことをーー
「テメェは知ってんのか? こいつがいつテメェのことを好きになったのか」
え……?
「こいつはな。初めて屋上で根井九と会った時にな、
「……」
そう、なのか? 俺は、もうあの時に……?
「わかるか? あの時からもうテメェに惚れてんだ。そんな奴のことを大事にしないわけがないだろ!!」
なんでだ。どうしてそんなことベロスがわかる。
「……じゃあどうして私が剛を求めた時に受け入れてくれなかったの? 確かに屋上でなんておかしいかもだけど……それに私が好かれる理由がない! そんなのあなたの妄想よ!」
それは……
「そんなの決まってる。付き合ってもない女とこいつはヤるようなやつじゃねぇからな」
俺の気持ちより先にベロスは答えていく。
「それにこいつは過去にトラウマがある。こいつの父親は昔女に乗せられて酷い目にあっている。それをこいつは目の前で目撃してんだよ。だからこいつは付き合ってない女には絶対手を出さない。そう心に誓ってんだよ」
ベロスの言う通りだ。俺には1つのトラウマがあった。そのことがあったから、根井九に屋上で迫られてもなんとか耐えることが出来たのだ。
「そんなの……」
「それから理由? そんなもん1つしかねぇよ」
ああ、それなら俺もわかる。そうか。俺はあの時既に根井九に惚れていたんだな。その理由はーー
「ただの、一目惚れだ!!」
「……!!」
ああ、そうだ。俺は根井九に一目惚れしていた。だけどそれを認めたくなかった。だから理由をつけてそう思わないようにしていたのだ。
でももう十分だ。隠すことは何も無い。
「根井九」
「剛」
俺は根井九を自身の意志で、ゆっくりと抱きしめた。
「今から思ってること、全部話すぞ」
「うん」
「俺は根井九天理が好きだ。初めて会った時からだ。鍋がしたいって言ってたよな? 絶対しよう。それからデートもしよう。それから……できれば昔の友達とも仲良くして欲しい。だから……」
俺は根井九の目をジッと見つめた。
「俺と付き合ってくれ」
根井九は憑き物が落ちたかのように、笑って答えた。
「もちろん! こちらこそよろしく!」
よかった。根井九の心は救った。後は……
「根井九。いや、天理。天理に取り憑いている動物霊を……」
「うん……わかった」
根井九は了承してくれた。が、次の瞬間。
「そんな簡単にやらせるわけないでしょ!! この子はわたくしのものよ!! 誰にも渡さない!!」
一瞬で主導権が蛇へと変わった。
(おいどうすんだ!? この蛇、霊力が増してんぞ!? 早くしないと……!)
「わかってるさ……そのための
俺はわざと大声で叫んだ。すると公園の茂みから1人の人物が姿を現わす。
「全く……先輩をこんな風に扱うなんて。言っとくけど、私君の助っ人じゃないから」
風香、という除霊師の弟子。あとは彼女にお願いするしかない。
「そんなこと言わずにお願いしますよ、風香さん」
「はぁ……今回だけだから」
俺の頼みは聞きたくはないのかもしれないが、これも仕事だ。風香さんは蛇に立ち向かっていった。それを俺は見守るしか出来ない。
だけど、それでいい。俺の役割は根井九の心を救うこと。それが出来れば十分だ。
(おい)
ベロスが再び精神の中から俺を呼んだ。
「なんだ?」
(言いたいこと、言えてよかったじゃねぇか)
そうだな。俺はようやく自分の言いたいことを言えた気がする。俺は心の中で何度も思った。
根井九天理を絶対に守る。何故なら俺はあいつが好きだからだ。
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