第104話動物編・裏その7

 時間はあっという間に過ぎていく。俺は風香から連絡を受け取るたびに移動を続けた。

 しかし移動するたびに辺りを散策するが、人が多くて何が何だかといった状態だった。こんな人が多い中から探し出すことなんて不可能だ。

 同じようなことを繰り返しているうちに、日は暮れていった。


「もうこんな時間か……」


 時刻は夜7時を過ぎていた。少し小腹が空いたので近くのコンビニに寄っておにぎりを購入した。味は昆布にし、コンビニのイートインコーナーで食すことにしよう。


「風香からの連絡は……無しか」


 風香から連絡が中々来ない。ということは取り憑かれている1人は俺と同じく、近くにいるということになる。

 風香からの連絡は来ないが、コンビニから出て少し歩くことにした。時間も時間だ。そろそろ幽霊が動き出してもおかしくはない。

 ここからは気を引き締めろ。そう自分自身に言い聞かせた。


「ん?」


 すると、すぐそばを1人の女の子が通り過ぎた。別にそれぐらいなんてことないとは思うのだが、何か違和感を感じた。

 女の子は花柄のカットソーを着ていて、髪の毛は綺麗に整っていた。しかしその表情はとても重苦しいものだった。それだけなら色々想像がつく。

 例えばデートをしていて彼氏に振られてしまったなど。それだけならまだマシだったかもしれない。

 俺はその時にあることに気づいていた。少女の両手。その拳は握られていた。

 その拳に、血が付いていたのだ。


「……」


 何かあったのだ。あまり良くないことが。そんな気がした。


「ちょっと君」


 俺は気がつけば声をかけていた。しかし少女は無視をしてそのまま歩き続ける。

 俺はとっさにその少女の肩を掴んだ。



 その瞬間。少女の口からドスの効いた冷たい声がした。しかしその声はまるで、少女とは別のものの様な気がした。


「まさかな……」


 ありえない話ではない。だけど俺は今まで移動していた中であの少女を見たことはない。正直かなり目立っている。あんな子であれば、すぐにでも気づくはずだ。

 そんな少女に意識を向けていたせいか、今になってやたらと奥の方が騒がしいことに気づいた。


「なんだ?」


 俺はその方へと向かい進んだ。何やら事件でもあったのか? 野次馬が大量にいる。


「おい警察来てるぞ!」


「まじで? 何があったんだ?」


「なんか暴力沙汰だってよ。やられた方は結構重症だって」


 周りでそんな会話が聞こえた。俺は現場へと向かった。確かに辺りには警察が数人ほどいた。その現場に到着するなり俺はあるものを目撃した。

 現場は血が溢れていて、壁やアスファルトが割れていた。


「なんだ、これ」


 普通じゃない。血が溢れているだけならまだわかる。だがこの破壊現象はなんだ? どうやったら壁やアスファルトが割れる?


「なんだったんだ……あれ」


「人間じゃないみたいだったな」


 ふとそんな会話が聞こえた。俺はその会話をしていた2人組の元に近づいた。


「ちょっと君たち。聞きたいことがあるんだけど」


「へ? なんですか?」


 2人は高校生ぐらいの男子だった。


「ここであったことを聞かせてくれないか?」


「え? ああ、さっきまでここで3人組のヤンキーが女の子に絡んでいたんですよ」


 それはまさかとは思うが、先ほどのヤンキーではないだろうな。


「そしたら突然別の女の人が現れて……その人が急にその3人をボッコボコにしたんすよ……それがもうすごくて……あんなの普通の人間じゃないっすよ」


「その女の人っていうのはどんな人だった?」


「えっと……なんだか見た目は綺麗そうな人でしたね……髪もすらっとしてましたし……」


「花柄の服を着ていたかい?」


「そういや着てたような……」


 そうか。やはりさっきの女の子は間違いなく、幽霊に取り憑かれている。

 それが動物霊かどうかはわからないが、取り憑かれていることは間違いないだろう。

 こんなことが出来るのは、幽霊に取り憑かれて霊障を引き起こすぐらいしか思い浮かばない。


「そうとわかれば……!」


 俺は2人組に礼を言って立ち去ろうとした。その時、風香からちょうど連絡が来た。


『あ、もしもし師匠。見つけましたよ。もちろん2匹ともね』


「本当か!?」


 風香も丁度動物霊を見つけたらしい。これはタイミングがいい。


『どうしましょうか。ここからだと師匠のすぐそばに1匹いますね。もう1匹は私がなんとかしますよー』


 どうやら俺の近くに1匹いるらしい。やはりあの少女だろうか。可能性は大分高くなった。


「わかった。1匹は俺がなんとかする。もう1匹は風香に任せる」


 方針は決まった。後はそれぞれが動物霊を除霊するのみだ。


『そーですねー。それじゃあ私が……ってちょっと!』


「ん?」


 風香の声が電話から遠ざかる。どうしたんだ? そう思っていると。

 電話越しから別の声がした。若々しい少年の声だ。この少年は誰だ? そんな疑問を抱いている間も無く、少年は言った。任せてほしい、と。


「……君は誰だい? そしてその言葉の意味を教えてほしい」


 少年は答える。しかし名乗ることはなかった。少年はある人物が好きだと。そしてその好きな人物を助けたいと。それだけ伝えてきた。

 おそらくこの少年が好きだという人物に、動物霊が取り憑いているのだろう。

 風香がやろうとしていることは、要は救いだ。そのことも理解しているはずだ。

 だというのにどうしてこんなことを伝えるのだろうか。


「俺や風香がやろうとしていることは君の好きな人を助けることだ。それは君にとってもいい話ではないのかい? それでも、君は自分の手でどうにかしたいと思っているのか? 君に、そんな力があるのか?」


 意地悪で言っているわけではない。これは現実だ。幽霊に取り憑かれた人間を救えるのは除霊師だ。普通の人間に出来ることではない。そのことをはっきりとさせるべき、そう思って伝えた。

 だけど、少年は折れなかった。少年はその人物と話したいと言った。つまり、対話だ。

 俺は全てを察した。少年は物理的に救うのだけではなく、相手の心も救おうとしているのだ。


「そうか……」


 少年にとっては当たり前の選択なんだろう。そりゃあそうだ。好きな人が相手なんだ。心も救わないわけにはいかないだろう。

 そして何より、俺も少年の立場なら同じことをする。


「わかったよ。よろしく頼む。風香にもそう伝えてやってくれ」


 俺は名前も顔も知らない少年にチャンスを与えた。電話越しの声が遠ざかるのがわかる。風香の元に戻ったようだ。


「ということだ。少年のことは任せたぞ」


『はぁ……師匠、あとで奢りですよ……師匠にはもう1匹を任せます。それじゃ』


 そう言って一方的に通話を切られた。こりゃああとで怒られるな。

 しかし仕事は仕事だ。すぐに風香からメールが届いた。方角的にはやはりさっきの少女が向かった先だ。


「さて、一仕事しますか!」


 俺は腕を1回回した。そして目的地へと向かう。1人の少女を救うために。

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