第106話動物編・裏その8

 駅から離れれば辺り一面は真っ暗だ。そして人通りも少なく、賑やかな雰囲気は無くなり、静けさだけが残る。

 そんな路地裏の奥に、はいた。ミシミシと音がする。真っ暗な狭い路地裏から響く謎の音。不気味で仕方がない。


「なんだよ……なんだよクソが……結局ダメじゃないか」


 ミシミシと鳴り響く音と共に声がした。少女の声だ。その声に覇気はない。


「結局は失敗だ。なんでなんかなぁ……私という存在事態がダメなのか?」


 少女は語りかける。誰に向かってかは知る由もない。


「何のために無理やり同族をおびき寄せたと思ってるんだ。全然ダメじゃないか……こんなんでどうすりゃいいんだ……」


 少女は独り言をぶつぶつと言っている。そして同時に、壁を殴り続けていた。


「やめろよ。その身体の持ち主が可哀想だろ?」


 少女は俺の声に気づいたのかこちらを見た。壁にはヒビが入っていて、少女の手の甲は血だらけだ。


「やぁ。あんたは除霊師だな。だったら聞いてただろ? 私の話。もうこいつは失敗した。私の計画は全て台無しだ。どうしてくれる?」


 少女に取り憑いた動物霊は言う。少女は失敗したと。


「失敗……ね。何をどう失敗したのかは知らないが、それは取り憑いたお前のせいではないのか?」


「はは、言ってくれる。違うな。私が取り憑いたことでこいつは行動に移した。こいつにはな、好きな奴がいたんだ。そいつを手に入れるためにこいつは行動した。私はこいつの幸せというものを味わえればそれで良かったのさ。そうすれば力を得られるからな」


 動物霊とは基本は成仏が目的だ。しかしこの街の幽霊となれば例外もある。

 この動物霊は言動から察するに、人の幸せというものを味わいたかったらしい。そして力を得ると。


「力、だと? なぜ力を得る必要がある?」


 動物霊はニヤリと笑って答えた。


「お前ももうわかっているだろ? この街に彷徨っている悪霊の存在を」


「……!」


 初代怨霊。おそらくこの動物霊は初代怨霊に対抗しようとしていたのだ。


「私は奴を好き勝手に野放しにするつもりはなかった。だから私が力を得て奴を潰す算段だった。そのために同族を2匹もおびき出して取り憑けたというのに……使えない奴らだった」


 同族を2匹、と言った。風香がキャッチした動物霊は2匹だけのはずだった。しかし目の前にいる動物霊も合わせると3匹になるが……


「せめて私だけでも力を増したかった。そのためにこいつの願いを叶えようとしたというのに……! 最後の最後で失敗しやがって! そんなんだからあの女に取られるんだ!」


 動物霊は再び壁を殴る。俺には霊力を図る能力はないが、なんとなく霊力が増しているというのがわかる。


「もう後戻りは出来ないよな……こいつの肉体を完全に奪いでもしないと……あの悪霊には勝てないってな!!」


 少女の身体から動物霊は姿を現わした。風香も言っていたが、1匹は怨霊なみに力を増していると言っていた。動物霊のその姿を見て、深く納得した。


「動物霊……龍、か」


 動物霊の龍。動物霊の中でもトップクラスに強力な存在である。いくら低級霊である動物霊とはいえ、龍だ。他の動物霊とは桁違いだ。


「ここでお前も倒す! 霊媒師も! 霊能力者も! 忌々しい怨霊もだ!!」


 少女から浮き出るように現れた動物霊龍。確かにこれは一筋縄ではいかないかもしれない。


「悪いけど俺は遠慮はしない。俺にも守るべきものがあるからな」


 俺は素早く構えて行動に出た。


「じょう・じょう・おん・じょう・じょう」


 除霊する時に使う呪文を唱え、普通であれば取り憑かれた幽霊は消滅する。

 普通ならば、だ。龍は未だにその姿を保っている。力を増している証拠だ。


「だったら……!」


 俺は狭い路地裏を駆け抜けて少女の元へと向かった。それを阻もうと龍は黒い闇の塊のようなものを口から放つ。おそらく一種の呪いのようなものだろう。

 しかし、それは俺には当たることはなかった。


「……ッ!!」


 呪いは身体に触れることなく避けるように散り、俺は少女の身体に触れた。そして至近距離から除霊を行う!


「じょう・じょう・おん・じょう・じょう!」


 バッと一瞬で少女の身体から龍は引き剥がされた。今まで力の源であった少女を失ったことで龍は間もなく消滅するだろう。


「……ッ……お守り……だと」


「悪いな。呪いには若干抵抗があってな。対策はバッチリなんだよ」


 俺は携帯にぶら下がっているお守りを見せつけた。これのおかげで呪いが身体に触れることはなかったのだ。


「チッ……とことん運がないな……龍に取り憑かれた人間は運がよくなるはずなんだがな……」


「知らなかったか? 運はよくなるが、最終的には失敗するんだぞ?」


 龍は小さく笑った。その身体は徐々に消えてゆく。


「そうか……やっぱり私のせいでこいつは失敗したんだな……除霊師。最後に忠告だ」


 消える直前。龍は最後に一言告げた。


「怨霊から別れし存在は3匹だ……よく覚えておくんだな……」


 龍は完全に消滅した。そこには1人の少女が残されていただけだった。


「3匹、か。覚えておく」


 すると、意識を失っていた少女がかすかに動きを見せた。


「……あ」


 少女はゆっくりと目を開けた。


「大丈夫かい?」


 俺は手を差し出したが、少女はその手を取らない。


「あたしは……ああ、そうか。結局ダメだったんだな」


 先ほど言っていた龍の言葉が正しいなら、この少女は好きな相手に振り向いてもらえなかったということになる。


「髪型も、服装も、口調も……何もかもダメだったんだ。別に、なりたくてこうなったわけじゃないのに……なんで、あたしはこんな忌々しい姿をしているんだろう」


 少女は自分の姿を見た。手の甲からは生々しく血が溢れている。

 そんな少女に向かって、俺が告げるべき言葉は。


「なりたくてなったわけじゃない、か。だけどそれは君だけしかなれないものなんじゃないのか? その髪型も、服装も、口調も。君だけのものだろう? 他の誰でもない君のものだ。それは誇るべきことなんじゃないのか?」


 それは、少女に向かって放った言葉だ。しかしそれと同時に、自分自身にも言い聞かせていた。


「実は俺もさ、なりたくてなったわけじゃないものがあるんだ。君とはちょっと違うけどね。そんなものを今でも続けている。どうしてだと思う?」


 少女は疑問を抱いてる。それでも俺の言葉に耳を傾けていた。


「出来るのが俺しかいなかったからだ。だからやってるんだ。だから君も、続けてみたらどうだい? 今の自分を。そしたらきっと今の君を好きになってくれる人が現れるかもよ?」


 何をこんな偉そうなことを言っているんだと思う。だけど、俺だからこそ言えることもある。

 いつかきっと、今の自分を認められる時が来ると信じて。


「もちろん待つだけじゃなくていいさ! もう一度チャレンジしてみてもいい。それを決めるのは君自身だから」


 少女は小さく笑った。そしてそのまま壁に頭を付けて空を見上げた。


「はは。おっさん面白いな。そうだな……あたしは今のあたしが好きになれるように頑張るよ」


 そうして少女は自ら手を差し出した。


「ああ! きっと好きになれるさ」


 俺はその言葉を自分自身にも投げかけた。この少女も頑張るというのなら、俺も頑張らないとな。そう決心し、少女の手をしっかりと握った。

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