第103話動物編・表その10

 ベロスはある事実を告げた。根井九は幽霊に取り憑かれている。

 そして、その幽霊はベロスと同じ動物霊だということを。


「なんだよそれ……なんであいつがそんなことになってんだよ!!!!」


 つい怒鳴り声を上げてしまう。


(なんでだろうなぁ。それは俺もわかんねぇな。だけどあのままほっとくとまずいってのはわかる。今ので根井九の精神はボロボロになっちまったからな)


「……!? どういう意味だよ……まさか……」


 根井九は俺と付き合っていると勘違いしていた。それが勘違いとわかって精神がおかしくなってしまったっていうのか?


(このままだと根井九はやらかす。間違いなくな)


 ベロスはあっさりとそう告げる。


「どういうことだ……」


(忘れたか? 動物霊の本来の目的を)


 そう言われて俺は思い出す。動物霊の目的は成仏。つまり死ぬことだ。このまま根井九の精神がボロボロになって完全に乗っ取られてしまったら、動物霊はどうするだろうか。

 例えば、自殺などするかもしれない。


「そんなことって……」


(確実とは言えねぇな。俺みたいな例外もいる。それでも俺はあえて絶対と言ってやるよ)


「なんでだ。なんでそう思う」


(根井九の状態をみりゃあわかる。あれはやばい奴だからな)


 動物霊に取り憑かれていようがいまいが、根井九は何かをしでかす可能性がある。そうベロスは言いたいのだ。


「……だったら」


(ん?)


 やることは1つだ。これは俺の責任でもある。俺が勘違いさせるようなことをしてしまったこと。

 もしもあの時、屋上で根井九が迫ってきた時。はっきりと俺たちは付き合ってないだろ? と確認していればよかったのだ。

 だから、これは俺の責任だ。


「助けるだけだ。俺は……あいつが好きなんだからな」


 龍牙さんに言われて初めて気づいた。俺は根井九が好きなんだ。

 相談に乗るとか、そういうのはもう関係ない。力になりたい、助けたいと思った。そんなの、理由は1つしかない。

 俺が根井九のことが好きだからだ。


「……土津具」


 小さな声で龍牙さんは呟く。


「どうして、天理が好きなんだ?」


 龍牙さんの問いに俺は迷うことなく答えた。


「理由なんて、ありませんよ。好きになったから好きなんです」


 俺はそのまま走り出す。根井九を追うために。最後に龍牙さんの方を見た。何かを呟いていた。はっきりとは聞こえなかったが、おそらくこう言っていた。


 やっぱり、お前のそういうところがーー


 根井九を追ってみたものの、全く見つけられない。人も多いというのもあるが、そもそも根井九がどこに向かったのかなんて検討がつかない。


(これだけいるとさすがにわからねぇな。それに何かが邪魔してる……ははぁ……こりゃあれだな。結界だな)


「はぁ結界? なんだそりゃ?」


(霊能力者が幽霊をサーチするときに使う結界だ。そのせいで俺のもうまく働かねぇな)


 霊能力者? それはあの除霊師とは別の存在なのだろうか……


「って待て。なんだ嗅覚ってのは」


(ああ? そのまんまの意味だ。俺は犬だぞ? 同族の匂いぐらいすぐわかるに決まってんだろ。といっても動物霊だけだけどな)


「おい。それじゃあ根井九に取り憑いたのも知ってたのか?」


(ああ。この前学校に久々に来た時あっただろ? あん時はもうすでに取り憑かれてたぞ)


 なんだそれ。あの時もう既に。そして何より。なんで、ベロスはそれを告げなかった。


「どうしてそれを早く言わないんだ!!」


(言ってどうする? それにあの時はこんなことになるとは思わなかったからな。言っただろ? 動物霊の目的は成仏だ。だからと言って自殺とかじゃない。寿命で死ぬってことだ。だから基本的に俺たちはそこまで人間に害を与えることはねぇんだよ)


 自殺じゃない? では根井九は乗っ取られても自殺をするわけではないのか。

 しかしそれはあくまで乗っ取られた時の話だ。取り憑かれているとは関係無しに根井九が自殺を図ってしまえば関係ないことだ。


(今回厄介なのはそこだ。動物霊が取り憑いたのがよりにもよって精神が不安定な根井九だったというわけだ。だから危ねぇって言ってるんだ。動物霊自体はそんなに問題じゃねぇよ)


 ベロスはそう言うが、それは同じ動物霊の意見だ。俺たち人間からすれば幽霊に取り憑かれている状態が普通とは思えない。どのみち助けなければならない。


(で? どうやって助ける?)


「それは……」


 こうしている間にも時間は過ぎていく。


(お前はただ動物霊に取り憑かれただけの普通の人間だ。除霊師でもなんでもない。それでどうするつもりだ?)


 確かにその通りだ。俺には特別な力なんてない。根井九を見つけたところでどうしようもないかもしれない。


「……俺はわからないな。でも、お前なら知ってるんじゃないのか? 助ける方法を」


(へぇ……)


 ベロスは知ってるんだろう。だからわざわざ遠回しに尋ねてきたのかもしれない。


(やっぱり頭冴えてんな。さすが俺!  ……っとまあ確かにあるぜ。方法)


 やっぱりだ。ならばその方法を聞き出すしかない。


(さっきも言った通り動物霊自体は大した脅威じゃない。問題は根井九自身だ。つまりだ。あいつの精神をよくすることが重要となる)


 根井九の精神状態が関係している。ベロスはそう告げる。


(それに1番有効な対処法を知ってるか? 対話だ。あいつと話して和解しろ。そうすりゃ乗っ取られることは避けられるだろう)


 俺にできることは幽霊を除霊することではない。対話して和解すること。そうして根井九の精神状態を良くする。

 それが今の俺に出来る最善策ということだ。


「やることはわかった! でもどうやって探す?」


「みーつけた」


 方法を模索していると唐突に声がした。すぐそばには1人の少女が立っていた。


「あんた……この前の!」


 少女は冷たい視線でこちらを見ていた。彼女は除霊師と名乗った、おそらく俺と同じ学校の先輩だ。


「って言っても本命じゃないね。あなた、さっきまで一緒にいたよね? 動物霊に取り憑かれている人と」


 彼女は根井九のことに気づいている。


「どうするつもりだ」


「どうって、除霊するんだけど? このまま放っておくと悪霊になりかねないからね」


「悪霊……? どういうことだ?」


 そんなこと、ベロスは言ってなかったぞ?


「君に教える義理はないね。さて、と」


 除霊師の少女は携帯を取り出し、そのまま誰かと会話を始めた。


「あ、もしもし師匠。見つけましたよ。もちろん2ともね」


「!?」


 まずい。このままだとベロスも除霊されてしまう。


「どうしましょうか。ここからだと師匠のすぐそばに1匹いますね。もう1匹は私がなんとかしますよー」


 これでいいのか? 根井九に取り憑いている動物霊を除霊することには賛成だ。だけど。

 それで、根井九の心は救われるのか?


「そーですねー。それじゃあ私が……ってちょっと!」


 俺は女から携帯を奪い取った。


「待ってくれ! 根井九は俺に任せてほしい!」


 電話越しに聞こえる声は優しい男性のものだった。きっと誰かの父親なのだろう、そう思えるほどに優しい声をしていた。


「俺は……根井九が好きなんだ……好きなやつを助けたいと思って悪いことはないだろ!!」


 俺は必死に訴えた。俺が、根井九を助けたいと。


「わかってる。これは俺のわがままだ。俺にできなかったらあんたたちの好きにしていい。だから1度だけでいい。俺に……根井九と話すチャンスをくれ!! 頼む!!」


 俺は名前も顔も知らない人物に向かってチャンスを願った。

 そしてーー


「……ありがとう。あんたの弟子にもそう伝えとくよ」


 俺は携帯を少女へと返した。少女はゴミを見るかのような目で俺を睨んだ。


「ちょっと、ふざけてるの?」


「あんたの師匠が言ってた。『よろしく頼む』ってな」


 話がわかる人でよかった。少女は深くため息をついた。


「はぁ……師匠、あとで奢りですよ……師匠にはもう1匹を任せます。それじゃ」


 少女はイラついてるのか、通話を勢いよく切った。


「もう1匹って……誰のことだ?」


 もう1匹とは根井九でもなければ、俺でもない。では一体誰のことを指しているんだ?


「教えない。で? あなたどうするつもりなの?」


「あんた、場所知ってるんだろ。根井九の居場所。だから教えてくれ」


「……」


 少女は冷たい目で俺を見る。そして。


「土下座、してくれたらいいよ」


(ヒュー)


 ベロスが何故か喜ぶ。俺はそのまま。


「根井九の居場所を教えてください!!」


 あっさりと土下座をした。


「え? ええ、えーー!! ちょ、ちょっとやめてよね! は、早く立ちなさい!」


 俺の行動に驚いたのかあたふたしている。


(やるじゃねぇか)


 ベロスから称賛の声も貰ったところで行動に移そう。


「よろしく頼みますよ。


 目的は定まった。後は、根井九を助けるだけだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る