第102話動物編・表その9

 俺は龍牙さんを洋服屋へと連れて行った。まずは服装をどうにかするべきだと考えたのだ。


「あ、あたしこれいいな」


 と言って手に取ったのは、背中に虎が描かれたアウターだった。


「いやいやいやいや!!」


「な、なんだよ」


「そーゆーいかにもヤンキーが好きそうなものを着るのが良くないんですよ!!」


「じゃ、じゃあ何を着ればいいんだよっ!」


 何か龍牙さんに似合う服はないのか、辺りを見回した。パッと目に入ったものを手に取る。

 俺が手に取ったのは花柄の薄いカットソーだった。


「これとか?」


 それを見た龍牙さんは。


「なっ……! お、お前!! あ、あたしがこ、こんなもの着れるわけないだろっ!!」


 デカイ声で叫ぶので店員や他の客に見られる。変な客に見られると面倒だし、龍牙さんをなんとかなだめる。


「ま、まあまあ……でもなぁ……似合うと思うんだけどなー」


 それでも龍牙さんは俺が手に持つ服から目をそらす。


「服装。直さないとなぁ〜」


「ぐ……ぐぐぐぐぐ……」


 変な唸り声をあげる龍牙さん。そして。


「あー!! わかったよ!! 着ればいいんだろ!!」


 バッと服を奪い取られた。


「おおーやったぜ! あー待ってください! それだけじゃなくてパンツも買わないと……」


「ああ? お前……なんで下着なんて買わなくちゃならねーんだ」


 ズボンのことだと説明した後、思いっきりぶん殴られた。


 それからも龍牙さんを色々連れ回した。美容院にも連れて行き、ボサボサの髪はスッキリとして綺麗な髪となった。

 その後はアクセサリーを買いに行き、色々な店を回ったりした。

 そんなこんなで時間はあっという間に過ぎていった。


「もう、こんな時間か」


 ふと、龍牙さんはそう呟いた。時刻は午後6時丁度。人の数は未だに多い。


「どうしますか? 時間も時間ですしメシでも食います?」


 龍牙さんは何やらボーッとしている。反応がない。


「龍牙さん?」


「え? あ、ああ……そうだな。なんか食うか」


「どうかしました?」


「いや、なんでもない。少し……な」


 龍牙さんはそのままゆっくりと前に進み始めた。俺もそれにつられて前に進む。


「なあ土津具」


 ふと、歩きながら龍牙さんは言った。


「あたしに好きな奴がいるって……正直どう思った?」


 その質問の意図はわからなかったが、俺は感じたことを正直に伝えようと思った。


「正直、意外だなって思いましたね。龍牙さんが人を好きになるなんて思いもしなかったですよー。でもそういうのいいなって思いますよ。俺は……そういうことよくわからないですから」


 俺は言いたいことも言えずに、自分の気持ちも理解出来ていない。そういう意味ではなんでも思った通りに言える龍牙さんが羨ましかった。

 そしてそんな龍牙さんにも好きな人が出来た。それはつまり自分の気持ちを理解しているということだ。


「何言ってんだ?」


「何って、俺は言いたいことも言えずにいることが多いからいいなって」


「言いたいこと? それなら今言ってたじゃないか」


 龍牙さんは、そんな俺の考えを一転させた。


「今お前は正直に感想を言ったじゃないか。それともなんだ。今の感想は嘘だっていうのか?」


「それは……」


 確かにそうだ。俺は今正直に感想を述べた。だけどそうじゃない。俺は本当に言うべきことが言えないのだ。


「龍牙さんは……その、好きな人のこと……どうして好きになったんですか?」


 俺はそんなことを聞いていた。理由が知りたかった。そして、龍牙さんがどう思っているのか知りたかった。


「……さあな。気がつけばそうなってたんだよ。別に理由なんかいらねぇんじゃないのか?」


 龍牙さんはあっさりとそう告げた。理由なんていらない。その言葉を聞いた時、1人の人物が思い浮かぶ。


「お前は言いたいことが言えないって言ったな。それはあたしも同じだ。だけどそれじゃあダメなんだよ。だからあたしは言うんだ。そう……決めたんだよ」


 龍牙さんは決意したのだ。ちゃんと自分の気持ちを理解して。

 俺はどうしたい? 俺は、誰が好きだ?


「土津具。あたしはお前がーー」


「龍牙さん。わかりましたよ」


 俺はやっと理解出来た。俺の気持ちが。そして、俺の好きな人は1人しかいない。


「俺は、あいつがーー」


 その言葉告げようとした、その時だった。


「剛?」


 一瞬で場が凍ったのが理解出来た。声がした。全く気持ちのこもっていない今にも死にそうなぐらいひどい声がした。

 俺は、その声がした方に意識を向けた。そこには1人の人物が立っていた。ツインテールの少し目つきの悪い少女、根井九天理はそこにいた。


「ね……天理?」


「なんで天理がここにいるんだ?」


 俺と龍牙さんは同時に驚きを隠せなかった。実際龍牙さんがどう思っていたのかはわからないが、俺にはその時驚き以上に恐怖を感じていた。

 その時の根井九は、なんというか。


 目が、死んでいた。


「なんでだろうね。それよりさ。どうして、剛はメイさんといるのかな?」


 メイさん、とは龍牙さんのことだ。龍牙さんが名前呼びを許しているなんて、根井九に対して余程気を許しているのだろう。


「2人はどういう関係なのかな?」


 しかしなんだろう。この違和感は。


「関係って……俺と龍牙さんは元々知り合いだ。大体なんで今更そんなことを?」


「今更?? 私はそんなこと一切知らないんだけど? どういうことなのかな? どうして剛とメイさんが知り合いなの?」


 待て。やはりおかしい。龍牙さんも龍牙さんで不思議そうな表情をしている。


「待ってくれ。逆になんでお前は知らないんだ? 俺は龍牙さんに頼まれてお前に会ったんだぞ?」


 俺は龍牙さんに根井九の相談に乗ってやれと言われたのだ。それを根井九が知らないはずがない。

 そう、思っていた。


「なに、それ」


 根井九はみるみる表情を変える。まるで、聞いてはいけないことを聞いてしまったかのように。


「どういうことなの……剛、は……手紙を、読んでくれたんじゃ、ないの?」


「手紙? なんのことだ?」


「手紙だよ!!!! 私ちゃんと渡したよ!!!! あの怪奇谷ってやつにしっかりと渡したんだって!!!!」


 根井九は喉が枯れそうなぐらい大きな声で怒鳴り散らかした。こんな声、今まで聞いたことがない。


「魁斗に……? おい、何の話をしてるんだ? 俺はそんなもの受け取ってないぞ?」


 それは紛れも無い事実だ。俺は魁斗から手紙なんて受け取っていない。全く何の話かわからない。

 それを聞いた根井九は。振り絞るように声を上げる。


「剛……私達、付き合ってるよね……?」


 根井九はゆっくりと俺の表情を伺う。俺の答えを聞く前に察したのか、すぐに俯いた。


「う、うう……」


 根井九は震えている。俺はその時、何かを感じた。根井九の身体から何か暗く冷たい、オーラのようなものを感じ取れたような気が……


「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」


 根井九は突然、叫び声を上げて走り去って行ってしまった。その叫びは、まるで人間ではない何か別のもののようだった。


「なんだよ……なんだよそれ」


 だがそれ以上に、根井九は何か大きな勘違いをしていた。俺とすでに付き合っていると思っていたなんて。どうしてそんなことに。


(おいお前)


 と、今まで黙っていたベロスが唐突に声をかけてきた。


(根井九を助けたいなら早くしねーとまずいぞ)


 どういう、意味だ。問いを投げかける前に、ベロスは間髪入れずに答えた。


(根井九は幽霊に憑かれてる。それも、俺と同じ動物霊だ)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る