第100話動物編・表その8

 俺は来遊駅へと向かっていた。理由? 土曜なんだし遊びに出かけていると思うのが普通だろう。まぁ実際の目的は不明なのだが。

 結論から言うと、俺は龍牙さんに呼び出された。あのメールが来た後、何回かやりとりをした。

 そうして7月21日の12時に、駅ビル前で待ち合わせということになったのだ。


(おいお前。もしかして今日はデートなのか? 根井九という女がいるというのに?)


「うるせえな。そんなんじゃねーよ」


 そもそも根井九は彼女ではないし、龍牙さんもそんな目的なはずがなかろう。何か別の目的があるはずだ。


「龍牙さんが今まで何をしてたのか……わかるかもしれない」


 嫌な噂も聞いてしまった。信じたくはないがそういう噂が広まっていることも事実。違うということを証明するために、聞きづらいが本人に直接尋ねる必要もあるかもしれない。


(根井九はどうしたんだ?)


「どうもしない。何も連絡してないしな」


 根井九とは学校の屋上では会っている。しかし学校の外で会ったことは一度もない。それに龍牙さんと会うのになんでわざわざ根井九に報告しないといけないのか。

 ベロスとやりとりをしていたら、駅ビル前にたどり着いていた。駅ビル前は広場のようになっていて、度々ドラマの撮影などで使われたりもする。そこに、龍牙さんはいた。


「おう土津具。久しぶりだな」


 龍牙さんは特に何も変わっているようには見えなかった。ただなんだろう。少しだけいい匂いがしたような気がした。香水でもつけているのだろうか?


「お久しぶりです龍牙さん。元気でしたか?」


「はぁ? 誰に向かっていってんだ? あたしが元気じゃねぇ時があるか?」


「はは、おっと……これどうぞ!」


 俺はポケットから板チョコを取り出した。そしてそれを龍牙さんは受け取りさっそく食べた。


「うむ、合格だ」


「うっし!」


 俺はガッツポーズを取る。龍牙さんは思ってた以上に大丈夫そうだ。


「それで龍牙さん。今日はどうしたんですか? 急に呼び出したりなんかして」


 さっそく本題に入ろうとすると龍牙さんは少し表情を暗くした。


「そうだな……とりあえず歩かないか?」


 珍しい表情をしながら龍牙さんは歩き出した。俺もそれに続く。


「龍牙さんが最近学校来ないから俺としてはかなり退屈っすよー! 誰もいじってくれないからー!」


 俺は龍牙さんの機嫌を伺おうとしてみる。


「そうか? あたしの噂。広まってるんだろ?」


「……」


 噂のこと。それは龍牙さん本人にまで届いていたのか。


「俺は信じないっすよ」


 俺ははっきりとそう告げた。龍牙さんは俺を見ると、歩くのを止めた。


「やっぱりわかってるのはお前だけだな、土津具」


 龍牙さんは自信を持って答えた。よかった。やっぱり噂は嘘だったんだ。


「でもお前には天理がいるだろ? アイツがいるならお前も学校楽しめてるんじゃないのか?」


「龍牙さんまでそんなこと言うんですか。別に俺とあいつはそんな関係じゃないですよ?」


 やっぱり俺たちは付き合っているように見えるのだろうか。実際それも噂になっていたし。


「そう、なのか……?」


 龍牙さんは小さな声でそう聞いてきた。


「ええそうです。俺と根井九は付き合ってないですよ。仲はいいとは思いますけどね」


「……もしもだ。もしも天理がお前のことが好きだとして、お前は天理と付き合えるのか?」


「それは……」


 わからない。多分俺の中の根井九への気持ちは、好きか嫌いかで言えば好きだろう。

 しかし決定的な何かがわからない。俺ははっきりと根井九のことを好きと言えるのだろうか……?


「はぁ……しっかしまあ、お前ら付き合ってなかったのか」


 そこでなぜか大きくため息を吐く龍牙さん。


「な、なんですか?」


「いやまあそのあれだ……その」


 どうしたんだ。あの龍牙さんが急にもどかしくなったぞ。


「天理は……気をつけろよ」


「へ?」


「お前たちのことを思っていってるんだ。天理は少し性格に難があってな。そのせいで昔仲よかったダチとも縁が切れちまったらしい。だから気をつけろってこと」


 やはりあの女生徒と昔は仲がよかったんだ。しかしまさか根井九の性格に問題があって縁が切れたとは……


「そ、それでだな……その」


 何故だろう。本当に今日の龍牙さんはおかしい。


「……ほんとどうしちゃったんですか?」


「うるせぇ!! あー、わかった!! 言えばいいんだろ!!」


 急に怒鳴りだす龍牙さん。周りから変な目で見られ、俺は必死に龍牙さんの口を抑えた。


「はぁはぁはぁ……」


「と、とりあえず落ち着いてください……それで? なんです?」


「……」


 龍牙さんは目を合わせない。


「……がいる」


「え?」


「うっ……な人がいる!」


「え、ええ??」


「クッ……!!」


 声が小さくて何も聞こえない。


「好きな人がいるって言ってんだよ!!!!」


「!!!!」


 なんだと? 今のセリフは聞き間違いか??


「りゅ、龍牙さん? 今……す、好きな人って……」


 と、突然龍牙さんにグーで殴られる。


「次言ったら殺す!!」


「そ、そんなぁ! 理不尽だ!」


 と、再びグーで構えられたので口をふさぐ。そして俺はゆっくりと、まるで拳銃を突きつけられているかのように手をあげた。


「なんだ」


「えっと……それで俺にどうしろと?」


 聞いた瞬間に俺は思った。龍牙さんはさっきまで俺と根井九は付き合っていると思っていた。だから、もしかしたら何か俺からアドバイスを貰おうとしていたのではないか……?


「どうもしねぇよ……ただ話しておきたかったんだよ」


 きっとそうだ。だからわざわざ俺を呼び出したりなんかしたんだ。


「そ、その……俺でよければ相談に乗りますけど」


 龍牙さんは近づいて、俺の顔をがっしりと両手で掴んだ。


「ほんとうか?」


 顔が近い。目と鼻の先だ。俺は素早く首を縦に振る。


「そうか……こんなこと土津具にしか話せねぇからな。なんでもいい! あたしの直すべきところを教えろ!!」


「えぇ!!!?」


 突然の要望に少々困る。いやいや、かなり困る。


「な、直すべきところって……」


「どうすればあたしはいい女になれると思う?」


 そう言われるとかなり困る。正直挙げようと思えばいくらでも挙げられる。しかしさすがにそれは言いづらいというか……


「もしも遠慮してるんだったらその必要はねぇよ。あたしは覚悟は出来てる。どんなことを言われようが受け入れてみせるッッッッ!!!!」


「ッ!! 龍牙さん……!!」


 この気合い。龍牙さんは本気だ。ならば、俺はそれに答えるまでだ!


「龍牙さん」


「ああ」


「まずはその髪型をどうにかしてください!!」


「!!」


「女性にとって髪とは命みたいなもんだ! それなのに龍牙さんの髪はボサボサすぎる! しっかりと整えてください!」


「ああ……」


「そしてその服装をなんとかしてください!!」


「!!」


「なんですかそのジャージは! そんな格好で男がいいなーなんて思うとは思わないことです!! 少なくとも俺は全然惹かれないです!」


「あああ……」


「そしてその口調を直すべきです!!」


「!!!!」


「その男口調はみんなをビビらせてます! 全くお淑やかじゃないです! もっと女性らしい喋り方をするべきです!!」


「ああああああああああああああああああ!!!!」


 がくり、と龍牙さんは倒れ込んだ。さすがに攻めすぎたか。


「ま、まあまずは服装からなんとかしましょうよ。この辺なら店もたくさんありますし」


 そう言って俺は手を差し伸べた。


「さあ! 行きましょう!」


 龍牙さんは俺の手を取った。


「ああ……頼りにしてるぞ」


 そうして俺は、龍牙さんを未知の領域へと連れていった。

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