第98話動物編・表その7
昼休みが終わろうとしていた。俺は根井九と先ほどの女生徒の関係が気になっていた。
(なにを気にしてる? あの女と根井九ってやつの関係か?)
ベロスは察しがいいのか、俺の考えを読み取った。もしかして俺の考えはダダ漏れなのか?
「そうだよ。あの子は根井九のことを考えてるように見えた。昔は仲がよかったのかも」
その可能性は高い。だけど、それは過去の話だ。現在の関係性は全く別のものだと思う。
(まあ今はちげぇだろうな。もし根井九があの女と友達だって言うなら、あんな顔して逃げるわけねーだろ)
その通りだ。何故か根井九はあの女生徒を見て逃げたのだ。そしてそれを女生徒は受け入れた。それだけで2人の関係性がわかってしまう気がする。
「だぁー!! なんで俺がこんなこと考えなくちゃならないんだ!!」
と叫んでみたものの、解決するわけではない。とにかく考えていても仕方がない。さっさと教室に戻ってしまおう。そう考えていた時だった。
「ん? 電話か」
俺は携帯に表示された名前が根井九であることを確認する。
(お、根井九からか! これは期待だなぁ!)
ベロスは勝手に喜んでいるが、無視して電話に出る。
「どうした? 天理」
『あ、剛……その、今から屋上来れる?』
根井九の声は覇気が無かった。やっぱり何か気にしているのだろうか。
「……わかった。すぐ行く」
そうして俺はすぐに屋上に向かった。
(おいおい。授業始まるけどいいのか? ま、俺としてはそっちの方が楽しそうだからいいけどな!)
授業をサボるのなんて抵抗はない。それに根井九もサボっていることになるしな。
そうして俺は屋上へとたどり着いた。鍵はいつものように開いている。俺はそのドアをゆっくりと開けた。
そこには、先ほどと同じ姿をした根井九が立っていた。風が強く、髪がなびいている。その姿を見て決して綺麗な姿ではないはずなのに、不覚にも見とれてしまった。
「今日は風が強いね」
根井九はポツリとそんなことを呟いた。しかしこちらを一切見ない。ずっと空を眺めている。
「どうして……あの子といたの?」
根井九はこちらを一切見ずにそう言った。やはりあの子と何かあったんだ。俺は確信した。
「俺はたまたまあの席に座ったんだ。そしたら目の前にあの子がいた。俺は全然知らない人だったよ。さっき初めて会話したばっかりだ」
それは紛れもない事実だ。俺は適当に席を選んだ。そしてたまたま、あの女生徒が目の前にいただけなのだから。
「あの子、お前のことを気にしてたぞ。友達、じゃないのか?」
根井九は答えない。風だけが強く吹いている。
「よくわからないけどさ、何かあったなら教えてくれないか? 力になれるかもしれないし……」
何をしようにも俺は根井九のことをほとんど知らない。そして何があったかも。知らない限りは助けになることも出来ないはずだ。
「剛……」
根井九はやっと、こちらを振り返った。しかしその表情に、いつもの明るい笑顔はなかった。
「それは、私のため? それとも姫蓮のため?」
その問いの意味がすぐにはわからなかった。しかし彼女の表情を見て理解した。
俺が助けようとしているのは、一体どちらのためなのかと。
「私がもし昔のように仲良くなりたいと思っているなら助けてくれるって言葉は嬉しいと思うよ。だけどさ、私は
根井九は俺を真っ直ぐ見据えて言う。
「だったら誰のため? 少なくとも私のためじゃないよね?」
そんなことはない。根井九のためを思ってのことだ。そう言ってやりたかった。
だけど考えてみればおかしなことだった。あの女生徒も、根井九も俺には何も言っていない。仲直りがしたい、元に戻りたい。そのようなことは何も。
じゃあ、俺はなんでこんなことをしようとした?
(そりゃあお前、自己満足だろ。お前がわからねぇなら俺が答えてやる)
俺の考えがまとまる前に、ベロスが1つの結論を出してしまった。
(誰のため、だって? それはあの女でもなく根井九でもねぇ。お前は自分のためにやったんだよ)
ああ。そういうことか。俺は、助けてほしいと勝手に決めつけてしまっていたんだ。
「根井九……俺は……」
「わかってくれればいいんだよ。だからもう心配しないで」
根井九は小さな声で呟くと、俺に近寄った。そのまま通り過ぎて行く。その去り際、一言残して。
「だけどもうあの子には近づかないで。もうこれ以上私の幸せを奪わせはしないから」
(女ってのはおっかねぇなぁ!)
授業が終わり、俺は帰ろうとしていた。ベロスが人間に対する感想を言った。
(ありゃあ怒らせたらやべぇな。気をつけろよ!)
根井九の発言には納得できるところがある。確かに俺は深入りしないべきだったかもしれない。だけど。
「会うなって……なんでそこまで強制されなくちゃならないんだ?」
あの発言からして根井九はあの女生徒に何かされた、ということだろうか?
だとしてもなんで俺があの女生徒と会うことを強制されなければならないのか。別に付き合っているわけでもないのに。
(怖いねぇ……っと、おい。噂をすればいるじゃねーか!)
え? 根井九か? 俺は辺りを見回す。すると、とある部室が目に入った。
部室には3人の人物がいる。1人は首にヘッドホンをつけている。間違いなく魁斗だ。
そしてもう1人は小学生……ぐらいの女の子に見えた。だけど服装が見覚えのない制服を着ている。私立小学校の子だろうか?
そして3人目。その人物には見覚えがあった。
「あの子は……さっきの」
そうだ。食堂で会ったカレーに砂糖をふりかける女生徒だ。そして、根井九と何かあったと思われる人物でもある。
「っていうかあそこ将棋部の部室だよな? なんだって魁斗がいるんだ? それに小学生とはいえ女の子を2人も連れて……」
まさか魁斗のやつ、本当に幽霊相談所みたいなことを始めたのか? などと考えていると。
「おい! 土津具!」
後ろから声がした。俺は振り返ると、そこには2人の男がいた。
1人は赤髪の背の高い男。もう1人は茶髪のボウズ頭の男。どちらも龍牙さんのグループの男だ。
「なんだお前ら。どうしたんだ?」
「いやお前さ、最近彼女でも出来たのか? なんか噂になってるぞ?」
「は??」
何を言ってるんだこいつは。
「しかもすっげえ可愛いらしいじゃんか! いいよなー、お前ばっかりよ!」
続けてボウズ頭が言う。本当にこいつらは何を言っているんだ?
「何言ってんだお前たち? 俺に彼女なんかいねーぞ?」
2人はキョトンとしている。
「ん?? 違うのか? 隠してるだけじゃねーのか?」
「だよなぁ。自分だけいい思いしようってのかよ! なあなあ俺にもやらせろよ!」
「ふざけてんじゃねぇよ!!」
俺はつい、怒鳴っていた。2人は一瞬で黙り込んでしまった。
「そ、そんなにキレることないだろ。冗談だって」
「そ、そうだぜ……あ、それよりさ! お前に耳寄りな情報を教えてやるよ!」
耳寄りな情報?? またふざけたことを言ったら次はぶん殴ってやろう。
「最近、龍牙さん学校来てないだろ。その理由。知りたくないか?」
龍牙さんが学校に来ていない理由。そんな情報どこで得たというのだ。
「噂なんだがな。どうやら男、らしいぜ?」
つまり、彼氏が出来たと。なんだ、そんなことか。
「だからどうしたってんだ。それにそんな話どこで聞いたんだよ」
「さあな。俺も噂で聞いただけだからな。なんでも3年の間では結構広まってるらしいぞ……なんならもっと酷い噂もある」
赤髪は特に何にも思ってないのか、あっさりと口にする。
「援助交際してるって噂もな」
と、それを聞いた俺は赤髪の胸ぐらを掴んでいた。なんでこんなにイライラしているのだろう。俺は自分でも不思議で仕方なかった。
「お、おい! 落ち着けって!!」
「……ッ!」
俺は赤髪を雑に振りはなす。ダメだ。頭が冷えない。
「あ、あくまで噂だって……一応伝えておこうと思ってよ……」
「そんな話信じるのか? 俺は信じないね」
「何をそんなにカリカリしてんだよ。そんなに龍牙さんのことが気になるのか?」
ボウズ頭は居心地が良くないのか俺に突っかかってくる。
「正直よ、龍牙さん最近学校にも来ないだけじゃなく連絡もよこさないだろ? なんていうかさ……俺としてはもう別にあの人にこだわる必要はねーかなって思うんだけどよ」
それはうすうす感じていた。おそらくボウズ頭だけじゃない。数人はそんな風に思い始めているはずだ。
でも、俺はそう思わない。龍牙さんには世話になっている。たとえそれが真っ当な人間じゃなくても。
「なら勝手にしろ」
俺は2人を雑に振り払うと、そのまま学校を出た。
(いやぁ、傑作だな。しっかしここまでなるとはな)
ベロスはケラケラと笑っている。気楽なもんだな。
(お前の学校にはヤバイのしかいないんか!?)
かもしれないな、そう思ってなんとなく携帯を取り出した。
(メールか……ほう、根井九にするのか)
なんで根井九なんだろう。別に誰でも良かったのだが、誰かと話したかった。それがたまたま根井九だったのだ。
「あれ?」
根井九にメールを送信したと同時に一件のメールが届く。差出人は……
『話したいことがある。今度会えないか?』
差出人は、龍牙さんだった。
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