第92話動物編・表その4

 俺は大きく万歳をし、勢いよく口を開いた。


「はぁー!! ひっさびさの空気はうんめぇなぁ!!」


 俺は何を言ってるんだ? いや違う。これは俺じゃない。土津具剛に取り憑いた何かが勝手に喋っているんだ。


「イイネェ。若いガキの身体は動かしやすい。ほらよっと」


 俺は自分の意思とは関係なく、腕を意味もなく振り回す。なんだこれ。俺はどうすればいい? っていうか幽霊に取り憑かれた状態ってこんなんなのか? 俺のこの意識はなんなんだ?


「……さて、と」


 首を鳴らして壁に寄りかかる。


 


 俺に取り憑いた幽霊は誰かに向かってそう言った。


(もしかして、俺か?)


 俺は心の中で返答してみた。


「もしかしなくてもそうだ。なんで意識があんだ? 普通そうはならないだろ?」


 と、幽霊から答えが返ってきた。もしかして会話が出来るのかもしれない。


(そんなの知らねーよ!! ってか俺の身体で勝手なことするな!)


「おおう怖い怖い。しっかしまあ……お前がそういうタイプだとはなぁ……」


 壁に寄りかかったままため息をつく俺。いや、幽霊。


(まさか本当に幽霊なのか?)


「ああ? そーだ。本来なら取り憑いて勝手するつもりだったんだけどな」


 マジか。マジで幽霊なのか。


(勝手って……何するつもりだったんだよ!?)


「そりゃあもう、あれだ。あれするんだよ」


 心底気色悪い表情をしてるんだろうなー、と思う。こんな曖昧な表現なのは理由がある。

 現在の俺は、おそらく意識だけ身体の中にある感じなのだろう。なので意識は内側にしか無いが、目線はちゃんと俺の目から見ている。

 なので乗っ取られているとはいえ、俺の表情を見ることはできない。といっても想像はつくのだが。


「クソ。運がいいのか悪いのかわかんねぇなこれじゃ。とりあえず、飯でも食うか」


 根井九がいる方向とは逆の道へと歩き出す幽霊。完全に動きを奪われている。


(ちょ、ちょっと待てよ!! 根井九がっ……!)


 すると、突然動きを止める幽霊。何故かは俺にもわかった。

 目の前に1人の人物が現れたのだ。


「あー、悪いけどご飯は食べさせてあげられないかなー」


 そこに現れたのは1人の少女だった。腰まである長い髪。それを1本に束ねている。ベレー帽を被っており、グレーのTシャツを着ている。下半身はホットパンツに、黒のタイツを履いている。そして胸がある。


「チッ……もうつけられたか。やっぱ運悪りぃな」


「1匹だけじゃないね。悪いけどちゃちゃっと済ませちゃおうかな」


(なんだ? おい! あの女なにしようとしてんだ!?)


 目の前の少女は手を広げて俺に向けた。何かしようとしている。それだけはわかった。


「何って、俺を祓おうとしてんだよ。ま、お前からすればありがてぇ話なんじゃねぇか?」


(は、祓う?? なんだそれ!? つ、つまりお前を退治してくれるってことか!?)


「まあそんなところだ。しっかしお前も遠慮ねーな。あっさりと退治してくれるとか言うとかさ。傷ついちゃうだろー?」


(知るかよ!! 勝手に取り憑いておいて勝手に傷ついちゃうとか抜かしがって!!)


「ねぇ」


 と、気がつけば少女は腕を下ろして普通に立っていた。不思議そうな表情でこちらを見ており、先ほどのような何かを仕掛けてくるような感覚はない。


「あなた。さっきから誰とお話ししてるのかな?」


 少女は幽霊に問いかける。


だ。ったくありえねぇ話だよなぁ! なんだって取り憑いた人間と話さなきゃならねぇんだか!」


 思いっきり俺の胸を叩く幽霊。痛え……痛みは伝わるのか。


「ふーん。か。なるほどなるほど」


 少女は何を納得したのかわからないが、態度が先ほどより大人しく見える。


「しっかし姉ちゃんよ。どうせ祓うんならよ……最後にいい思い出ぐらい作らせてくれよ?」


 舐め回すように少女を見つめながらどんどん接近していく幽霊。少女は汚物を見るかのような目で見てくる。うわ、辛い。


(やめろって!! お前ほんと調子に……!)


 これ以上好き勝手やらせるわけにはいかないな。とにかく止めなければ。


「乗るんじゃねぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 あれ? 今、声が。


「……」


「あ、あれ……ぶごぉ!?」


 疑問を抱いている中、少女に股間を思いっきり蹴られた。めちゃくちゃ痛い。


「そーゆー目で見ないで欲しいな。私、君みたいな犬大っ嫌いだから」


「ちょ……お、俺は……俺だって……ゆ、幽霊じゃなくて」


「……? え? もしかして引っ込んだの? いや、違う……もしかして君。


 少女の疑問はわからないが、俺は確かに身体の主導権を取り戻している。なんでだろうか?


(おい!! お前どういうつもりだ!? ってゆーかこんなの聞いてねぇぞ!?)


 と、頭に声が響いてくる。この喋り方はさっきの幽霊か?


「ハハッ。さっきと真逆だな。幽霊君よ」


(!? っテメェ……どういうことだ!?)


「いや知らねーよ。俺も気づいたらこうなってた。もしかして俺の力が強かったとか? はははは」


「特殊体質者」


 少女が意味不明なことを言った。


「?? なにそれ?」


「幽霊に取り憑かれても平静を保つことが出来る人間のこと。君はそれだね」


 なるほど……よくわからんがそういうことらしい。


(そんな気はしてたがやっぱりそうかよ……)


 幽霊はあからさまに落ち込んでいる。


「な、なあ。あんたはなんなんだ? 俺に取り憑いてる幽霊をなんとか出来るのか?」


 先ほどの少女の言動などから察するに、幽霊を祓うことが出来るらしい。だったら一刻も早く退治してもらいたい。


「除霊師。まだ見習いだけど。あー、悪いけど君はほっとく」


 除霊師、と名乗った少女は俺を無視して先に歩いていく。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ! なんでだよ!? 俺幽霊に取り憑かれたままなんてやだぜ?」


 俺は少女の腕を掴んでいた。少女は動きを止めて振り向いた。


「君よりも厄介なのがいるの。君のような駄犬に構ってるほど暇じゃないの。あとそれから先輩に頼み事するときはもっと其れ相応の態度ってものがあるんじゃないかな?」


 またあの目だ。まるでゴミを見るかのような……


「あっ、ちょっとー」


 俺の問いかけを無視して少女は去っていく。


「はぁ……幽霊だとか占い師だとか除霊師だとかなんなんだ今日は」


 しかし今の少女……以外と可愛かったな。


「ってかなんで先輩なんだ? そんなに俺ガキに見えんのか?」


(いや違えだろ。お前の服。それは学校の制服だろ。ってことはあの女はお前の学校の先輩なんだろ)


「あ、そうか……」


 幽霊に言われて納得してしまった。俺は帰宅してから着替えずに寝ようとしていた。今思えばなぜ着替えなかったんだろう。


「はぁ……どうすりゃいいんだ」


(チッ……そりゃこっちのセリフだ。全くどうすりゃいいんだか)


「幽霊に取り憑かれたとかありえないだろ!? なに? 俺。もしかしてもう死ぬのか!?」


(いやお前バカだなぁ。俺みてぇな低級霊にそんな力あると思うか?)


 低級霊? っていうかそもそも専門用語が多すぎる。


「とにかくお前は一体なんなんだ? 動物の幽霊……確か魁斗が言うには動物霊、だっけ? それでいいのか?」


 魁斗から聞いた話を思い出す。


(ああ。そこまでわかってんならわかるだろ?)


「……? 何がだ? 動物霊だと何がわかるんだ?」


(お前……そこまでわかっててなんで知らねーんだよ)


「そんなこと言われても知らねーよ! 俺だってさっき聞いたばっかなんだよ!」


 大体なんなんだ。幽霊のことなんて詳しいわけないだろ。知ってるはずがないんだ。


「おいさっきからうるせぇぞ!! 何時だと思ってんだ!!」


 と、突然に近くから怒鳴り声が聞こえた。おそらく近所の住民だろう。確かに無意識に叫びすぎた。俺はとにかくここから離れようとした。

 待て。根井九はどうなった? 俺は急いで携帯を取り出す。チクショウ! 何やってたんだ俺は!


「……」


 携帯のコール音が虚しく響く。しばらくして、それは止んだ。


『剛……?』


「根井九ッ!!」


 と、ついまた叫んでしまった。俺は電話しながら移動する。


『どうしたの……? こんな時間に』


「どうしたじゃねーだろ!? お前が助けてって電話してきたんだろ!? 大丈夫なのか!? 今どこにいる!?」


『あ……うん。ごめんね。もう、大丈夫みたい……だから大丈夫だよ、剛』


「はぁ!? 大丈夫って何がだよ! っていうか何があったんだよ!?」


 根井九は本当にどうしたんだ? 大丈夫って言っているが……確かに声だけ聞くと普通に平気そうだった。


『大丈夫。私は大丈夫だよ。だからおやすみ。また屋上で会おうね』


 そう言って根井九は切ってしまった。


「なんだよ、それ」


 なぜだかわからないが、とてもイライラしている。色んなことがあったからだろうか。頭が全く追いつかない。


「ふざけんな!!」


 俺は近くにあった電信柱を思いっきり殴っていた。痛かった。当たり前だ。何をバカなことやっているんだろう。


(まあ落ち着けよ。お前の気持ちはよーくわかるぜぇ)


 と、頭の中に嫌な声が響く。


「うっせえな……幽霊ごときが」


(おー怖えなー。やっぱり出るもんなんだな。いい気はしねぇけどな)


 ダメだ。今日はもうストレスが半端ない。


(お? どこ行くんだ?)


 幽霊は俺に問いかける。そんなものは、決まってる。


「ストレス発散にうってつけの場所があるだろ?」


 深夜。俺は1匹の動物霊と出会った。最悪の出会いだと思った。

 だけど、こいつに感謝する日が来るとは思いもしなかった。

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