第93話動物編・表その5
俺はカラオケに来ていた。ストレス発散にはうってつけの場所だ。
(なるほど、これがカラオケか。いいじゃねーか! 俺にも歌わせろよ!)
と、頭の中に声が響く。俺に取り憑いた動物霊だ。
「バカ言うなよ! これは俺の身体だ! 好き勝手に使わせるわけねーだろ!」
しかし少し疲れた。だいぶ落ち着いてきたし休憩しよう。
(へいへい、そうですかい。あーあー、なんで俺はこんなことになっちまってんだかな)
と、幽霊は嘆く。俺も気になっていたことがある。そもそもこいつはなぜ俺に取り憑いたのか。そしてその目的はなんなのか。
「まずお前。名前とかあるのか? 動物霊が名前なわけないだろ?」
(名前ェ? ねーよそんなもん。幽霊の個体に名前なんてもんはねぇ。まあ生前はあったんだろうけどな。覚えてないからな)
生前。ということはやはりこいつも生きてて死んだ後、幽霊になったんだろう。
「生前の記憶はないのか?」
(ねぇな。覚えてるのは俺は犬だったこと。そして飼い主がいたことってだけだな)
普通に飼い主に飼われ、なんてことない日常を過ごしていたのかもしれない。なのにどうして幽霊なんかになってしまったのだろう。
「じゃあなんで幽霊になったのかもわからないってことか」
(ああ。まあでも動物霊ってのは基本目的なしで生まれるもんだからな。おそらく俺もそうだ。普通に死んでそのまま幽霊になったんだろうよ)
幽霊の仕組みはよくわからないが、理由がないというのはなんだかかわいそうにも思える。なりたくて幽霊になったわけではないのだろうし。
「じゃあお前の目的はなんなんだ? 本当に好き勝手やるだけだったのか?」
(さっきも言ったけどお前本当に知らねーんだな。まあそれが普通か)
幽霊は呆れながらも説明をした。
(動物霊の大抵の目的はな。
「は? つまり一緒に死にたいってことか?」
(ハッ、あながち間違いじゃねぇな。まあそんなところだ。だけど全部がそうだとは思うなよ。特にこの街だと尚更な)
この街、とはどこのことだろうか? 県? 市? どこまでの範囲だ?
(んで、俺もその例外の1つってやつよ)
「お前はただ一緒に死にたいわけじゃないってことか?」
(ああ。俺はな、
その言葉に何か引っかかった。死ぬ前って、もう死んでるのに。
(犬としてじゃねぇ。人間としてだ。ある程度その娯楽ってのを楽しませて貰えれば後は成仏できりゃいいかって思ってる)
「じゃああの時はまだ早かったってことだな」
あの時とは、除霊師と名乗った少女が現れた時のことだ。
(ああ、そうだ。当たり前だろ? 取り憑いてまだ数分しか経ってなかったんだぞ? あんなあっさり見つかるとはな……にしてもあの女。なんで俺を見逃したんだ?)
確かにそれは俺も思う。単純に嫌われているようにも思えたけど、そんな理由だけではないような気もした。むしろ嫌いならさっさと退治してしまうだろ。
「他に目的があったとか……少なくとも何か理由はあると思う……」
(へぇ……)
「なんだよ」
(いやぁ、別に)
なんだ? 妙に含みのある言い方だな。
(それよりだ。本来なら今頃俺はお前の身体を操ってバカ騒ぎする予定だったんだがな。結果こうだ。どうしてくれんだ)
そう思うと怖い。俺が特殊体質者、とかいうので助かった。
「残念だったな。それじゃあどうする? 祓ってもらうか?」
(バカ言うな。俺はまだ何もしてねぇ。そんなんであっさり終われるわけねぇだろ)
こいつは……本当にただ楽しみたいだけなんだ。幽霊ってのは人間に取り憑いて悪いことをするもんだと思っていた。
しかしこいつは違う。ただ自分が生前に出来なかったことをしたいだけ。それだけなんだ。
「なぁ。なんでお前は人間の娯楽を味わいたいんだ? 犬だったんだろ? 人間が羨ましかったのか?」
俺はふと、幽霊が抱く願望の理由を聞いていた。
(さあな。そこまでの記憶はねぇな。でも俺は幽霊になって幽霊の仕組みを理解してから思ったさ。
別に人間に憧れていたとかそういうわけではない。ただ人間の娯楽を味わえるチャンスがあった。だからそれを味わないでどうする。
というのがこいつの言い分だ。
「そうか……あんがいそんなもんなんだな。幽霊って」
(おいおい。さっきも言ったが普通はこんなんじゃねぇからな? 取り憑いたのが怨霊とかじゃなくてよかったな。最近そこらで彷徨ってやがるからな)
よくはわからないがこいつは俺に害をなすことはなさそうだ。それがわかってホッとする。
(で? お前はどうすんだ。俺をこのまま放っておくのか?)
幽霊の質問には正直戸惑った。先程までの俺なら真っ先に成仏してもらうことを望んだだろう。だけど。
「わかんねーよ。でもお前は俺に迷惑をかけるつもりはないんだろ? だったらとりあえずはこのままでいいんじゃねーか?」
わからない。それが俺の答えだった。このままで体に異常が出たり、全面的に悪いことがあるなら除霊した方がいいかもしれない。
だけど今までの説明を受けて、こいつを除霊する理由が思い浮かばない。
何より、俺はこいつの願いを叶えてあげたいと思ってしまっていた。
(俺がお前の身体を自由に使えるなら思いっきり迷惑かけるんだけどな! どういうわけか全然だ。もう俺はずっとこのままかよ)
「いいんじゃね? その分たっぷりと人間の娯楽を体験させてやるよ!」
俺が楽しんでこいつも楽しめるのかはわからないがな。
「っていうかさ、お前やっぱ名前ないと呼びづらいな。よし! 今つけてやる!」
(はぁ? いらねーよそんなの!)
「やっぱポチか?」
(ありきたりすぎるだろ!? 少しはマシなやつにしろ!)
「そうか、なら……」
なんとなくカラオケのテレビに映った歌手グループの名前を読み上げた。
「ケルベロス!! どうだ? カッコイイだろ?」
(ちょっと厨二くさくねぇか?)
注文の多いやつだ。仕方ない。ならば……
「ではオリジナリティのある名前にしよう……よし! 今日からお前はベロスだっ!!」
(ぜってぇケルベロスからとったよな)
バレたか。名前をつけるというのは難しいものだ。実際にペットがいたらこんな感じなのだろうか?
(まあいいよそれで。ったく、なんだよベロスって)
こうして動物霊の名前は本日からベロスとなった。
「さてと。そろそろ出るか」
落ち着いたところでカラオケから退出しよう。歩きながらも、ある感情が胸の中で渦巻く。
俺はこれからどうなるのだろう? 幽霊に取り憑かれたまま生活を続けるわけだ。あの少女のように除霊師という存在がベロスを退治しに現れたら俺はそのまま納得できるのだろうか? それにーー
魁斗に知られたらどうなるだろうか?
(なあお前)
そんな不安を抱えつつも俺は外へと飛び出す。
(なんでもかんでも受け入れるもんじゃねーぞ。お前がどうしたいのかは知らねーけどな。結局決めるのはお前だ)
ベロスはなんでそんなことを言ったのかわからない。でも不思議と俺はこの時思った。
心が見透かされてる。俺が思ってる以上に、ベロスは俺のことを知ってしまったのかもしれない、と。
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