第91話動物編・表その3

 結局、あれから何度も屋上に行き俺は根井九と過ごした。根井九から迫ってくることも徐々に減ってきた。諦めてくれたのだろうか?

 それでも積極的な態度は変わらない。この前も俺の手を取ったら突然自分の胸に押し付けたのだ。あの時の感覚はとても柔らかくて……


「おい。聞いてんのか?」


 と、いかんいかん。そんなこと考えてはいけない。今の声は本当に助かった。


「ふぅ……それで、なんでしたっけ?」


 現在放課後、俺は今ファミレスにいた。1人ではない。目の前には。

 茶髪のロングヘアで、ボサボサのちょっと見た目が怖い女の人、龍牙さんがいた。


「天理だよ。あいつとは仲良くしてんのかって」


「ええまあなんとか。ちょっと困ってることもありますけど……」


「?」


 さすがに言えない。隙あれば胸を押し付けてきたり、顔を近づけてきたり、スカートの中を見せつけてきたりなんてしてくるとは言えない……


「相談には乗ってやったのか?」


「うーん。まあ相談と言っていいのかわからないですけど、多分乗れたっぽいです」


 実際にはどうなんだろうか? あれは相談だったのか?


「そうか。それはよかった」


 龍牙さんは上下共に黒いジャージを着ている。そんな格好で学校には来ない。つまり龍牙さんは今日も学校を休んでいた。


「龍牙さん。最近、学校来ませんね。やっぱりなんかあったんですか?」


 俺は出来るだけ龍牙さんを困らせたくない。答えたくないなら俺はそれでいいと思う。


「……金が、ないんだ」


「え?」


「いや、なんでもない」


 今金がないと言った。龍牙さんはお金に困っているのだろうか?


「龍牙さん」


「おい土津具」


「え、は、はい」


「メロンソーダ」


 カラのコップを差し出してきた。俺はそれを手に取りドリンクバーへと向かう。

 龍牙さんの様子は普段とは変わりはない……ように見える。しかし何かを抱えている。そうも見えた。

 そんな考えを張り巡らせている時だった。俺の視界にとある人物が映った。


「ん? あれは……魁斗」


 窓から魁斗の姿が見えた。と、隣に女を連れているではないか!


「あいつぅ〜デートとは生意気な……!」


 そんな嫉妬心を沸かせながらも、魁斗がいた場所を見てあることを思い出す。

 あの喉元に、ナイフが刺さった女の姿を。以前根井九から聞いた不死身の女の話。もちろん信じていなかったが、俺はそれらしき人物を目撃してしまった。

 その話を今日魁斗に伝えた。そして魁斗が歩いていた道はその場所に沿っていた。

 と、なると。まさかあの隣にいた女は……


「な、は、はははははは!! そ、そんなわけないかー」


 考えを取り払おうと俺は急いで席に戻った。


「あれ?」


 しかし、そこには龍牙さんの姿は無かった。


 結局、なんだったんだろう。龍牙さんは何も言わずに姿を消してしまった。(しかも会計も払わずに)

 それに魁斗と共にいたあの女のことも気になる。まさか本当に不死身の女じゃないだろうな?


「あー……なんだかモヤモヤすんな」


 眠れない。もう日付が変わろうとしていた。寝ようと思うがなかなか眠れない。


「なんか動画でも見るか」


 こんな時は気を紛らわすしかない。そう思って俺は携帯を手に取った。と、その時。


「うおっと! なんだこんな時間に」


 突然携帯から音が鳴り響く。こんな時間に電話してくるなんて誰だ? 俺は名前を確認した。


「根井九……?」


 画面には根井九天理と表示されていた。電話がかかってくることは何度かあったが、こんな夜遅くにきたのは初めてだ。


「もしもし?」


 俺は何となく不安になり、おそるおそる電話に出る。


『ーーあ、つよし』


 覇気のない小さな声がした。根井九の声だ。


『お願い。助けてーー』


 たった一言。それだけで電話が切れた。


「……は?」


 俺は何にも考えずに外へと飛び出していた。何だ今の電話は? 助けてってどういうことだ。根井九が誰かに襲われているのか?


「ちくしょう! ほんとになんなんだよ!!」


 俺はとにかく走っていた。しかし目的地がない。根井九の居場所がわかるのか? わかるわけないだろう。俺は根井九とは学校の屋上でしか会ったことはないのだ。あいつが行きそうな場所なんて全く見当が……


「あっ、あいつ確かバイク屋の……!」


 そうだ。根井九は龍牙さんが通うバイク屋の店主の娘だった。そしてあのバイク屋はバイク屋であると同時に、店主の家でもあった。

 つまりバイク屋が根井九の家だ。俺も何度か行ったことがあるから場所ならわかる。そちらに向かって行こうとした時だった。


「待ちたまえ少年よ」


 暗闇から声がした。そこに人はいない、ように見えた。しかしよく見れば暗くてわかりづらいだけで、そこには確実に人がいた。


「なんだ? 俺は急いでんだよ!」


「ちょいとわしの話を聞いてみろ」


 そう言って声の主は影から姿を現した。俺はその姿に驚愕した。

 背は低く、まるで魔法使いかのような不自然な格好をしていた。その服は網のようなもので透けており、ところどころ肌が露出している。

 格好もおかしいのだが、特に驚いたのはその人物だ。若い女だった。てっきり話し方からしてばあさんを予想していたのだが……


「お主は、幽霊を信じているか?」


 何を言ってるんだ? 付き合い切れん。胡散臭すぎるぞ。そう思って俺は再び走り出そうとした。


「そっちにはお主の探している人物はいないぞ。ふむ……根井九天理、というのか」


 しかし、その足は走り出すことはなかった。


「どういうことだ。なんだお前は! なんで根井九のことを知ってる!?」


 俺は謎の女に問いかける。


「わしは未来を占うことが出来るんだよ。お主の未来を占ってみた。そしたらお主はそちらの道に進むと根井九天理という人物には出会えないと出た。向かうのであればこの道を行け」


 俺が進もうとした道とは逆の方角を指差す女。わけがわからない。全くもって信用性がない。


「そんな馬鹿げたこと信じろっていうのかよ。なんだ未来を占うって」


「わしは占い師だ。わしの占いは当たるぞ?」


 怪しすぎる。格好といい何もかもが怪しい。


「……じゃあ根井九が今どういう状況か占ってみろよ」


「いいだろう」


 ほくそ笑むと、占い師の女は目をつぶった。そして。


「根井九天理は生きている、と出た」


「あったりまえだろ!! やっぱり信用ならねーよ!」


 生きてなくちゃ困るだろ。だが待てよ。仮に根井九が何者かに襲われていたとして、万一そういう目にあっていたらと考えると……可能性はゼロではなかったのか。


「……少しは信じる気になったか? まあ別に信じなくてもいいんだがな」


 どっちだよ。占いが仮に当たっていたとしても、こんなところで油を売ってる暇はない。はずれの可能性だってあるのだから。


「最後にもう1つ、忠告しておこう」


「なんだ?」


 俺は先程向かおうとした道ではなく、占い師が示した方角に向かって走り出そうとしていた。


「蛇には気をつけるんだな」


「?」


 蛇? そんなものが出てくるわけないだろ。やっぱり信用できないな。

 信用できないが、占い師の示した方角へと進んでいった。占い師はそんな俺をただ黙って見送っていた。


 しばらく走り続け、疲れがどっと襲いかかってきた。一旦冷静になろう。よくよく考えればもう一度電話してみればいいのではないか?


「はぁ、はぁ……そうだよな。まずそれが手っ取り早い……」


 俺は携帯を取り出し、根井九に電話をかけようとした。その瞬間。

 背後から、何か物音がした。


「ッ!!」


 俺はとっさに振り返っていた。さっきまでは誰もいなかったはずだ。そもそもこんな夜遅くに外を出歩いてる奴なんてそうそういない。

 特にこの辺りは住宅街で、物静かな地域だ。それゆえに物騒な事はあまり起きない。起きないはずなのだ。


「何も、いない……」


 振り返った先には何もいなかった。ただ1本の道が続いているだけだ。


「ビビらせんなよな」


 安堵したのもつかの間、再び背後から音がした。


「ッ!! なんだよ! 誰かいんのか!?」


 再び振り返るが何もいない。音は先ほどよりも大きかった。人の足音などではなく、何か風のような冷たい感覚だった。

 まさか幽霊? など考えるが馬鹿馬鹿しい。そんなものがいるわけない。あんなのはただの冗談だ。


「冗談だよな魁斗。お前はふざけてるだけなんだろ?」


 なぜか俺は魁斗の名を出していた。幽霊といえば魁斗、というイメージがついていたからだ。あいつは本気で幽霊の話をしている。冗談にも見えなかった。


「幽霊なんて……いない、よな?」


 信じたくなかった。だけど。俺の目の前には、1匹の犬がいた。

 


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 次の瞬間、その浮いた犬が俺に向かってきた。気づけば犬の姿はなく、俺はただ1人ポツンとしていた。


「は、はあ? なんだよ……」


 はっきりとこの目で見た。あれは幽霊だ。間違いない。しかし俺の想像する幽霊とは違っていた。なにせ犬だったのだ。犬の幽霊なんて存在するのか?


「……」


 わからないのであれば詳しい奴に聞くしかない。俺はある番号に電話をかけた。


「よ! 魁斗!」


 そう、魁斗だ。あいつは本気で幽霊について調べていた。あいつならわかるかもしれない。


『剛。今何時だと思ってんだよ』


「悪りぃな! ちょっと聞きたいことがあってよ」


 出来るだけ恐怖を悟られないようにあえてテンション高めで話そう。


『なんだよ』


「動物の幽霊っているのか!? なんか俺見たかもしれないんだよ!」


 はっきりと犬とは言わなかった。あまり正確すぎるのもどうかと思ったのだ。


『え? ああ、そうだな。いるっちゃいるけど、動物霊は見るっていうより……!』


 何かに驚く魁斗。まずい、何か察されたか?


『でも、いつ……? まさか、さっきのキスの時か?』


「は? キス? お前なに言ってんの??」


『え? あ、ああーあれだ。動物の幽霊はいるけど、動物霊ってのは人に取り憑くから気をつけろよ! じゃあな』


「え、ちょ、まっ」


 切られた。一体あいつは何を慌ててたんだ? キスだとかなんとか……

 しかしわかったことはある。動物の幽霊。それは動物霊という種類らしい。つまり、俺が見た犬の幽霊は動物霊ということになるのだろうか?


「待てよ。あの幽霊、もしかして……」


 俺は魁斗が最後に放った言葉を思い出す。動物霊は、人に取り憑く、と。まさかあの犬の動物霊はこの俺に……


「って、そんなわけないか」


 俺は自分の体に異常がないと確認してホッとした。



 今の言葉。それは俺の口から放たれた言葉だった。しかしその言葉を発したのは俺の意思ではない。

 気づけば、俺の意識は体の奥へと追いやられていた。取り憑かれた? 犬の幽霊に?

 俺は、そんな有り得ない体験に驚愕した。

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