第90話動物編・裏その1

 我が家には子供が3人いる。しかし俺が養っている子は1人だ。それについては色々事情があるので、今回は省くことにしよう。

 7月6日。真夏とまではいかないが、だんだんと暑さが増していく。

 俺はいつものようにスーツを着こなし、今日も我が家を後にする。息子には俺の本来の仕事というものをちゃんと説明したことはない。『何でも屋』なんて伝えてなんとかごまかしている。とはいえ、世間でもそれが通用するわけがない。

 なので、こうして立派なサラリーマンとして働いている。

しかしこれは仮の姿。俺には本当の姿がある。やりたくてやっているわけではない、忌々しい姿が。


「怪奇谷さん」


 と、昼休憩の時間。近くの牛丼屋で後輩と飯を食っていた。


「ん? なんだ?」


「この前子供と喧嘩してしまいましてね……」


「なんだ。どんなことで喧嘩したんだ?」


 後輩は若いのにもう結婚もして子供もいる。確か子供の年齢は5歳ぐらいだったかな?


「遊んだものをなかなか片付けないから叱ったんですよ。そしたらちょっと喧嘩になっちゃって」


「お前の子供確か5歳ぐらいだったよな? そんなことで喧嘩するなよ。大人と子供の差ってやつを見せてやれよ」


「わかっているっちゃいるんですけどね……怪奇谷さんは子供を叱る時どうしてるんですか?」


「俺か? って言ってもなー。最近は叱ることも無くなったしな、昔もそんなに叱らなかったかな」


 なんとなく昔のことを思い出してみる。確かに俺は魁斗を叱ったことはあまりない。


「え? 今はともかくなんで昔も?」


 後輩の問いは普通だ。親とは子供を叱って育てるもんだ。少なくとも俺はそう思う。ダメだということはしっかりと怒って伝えるべきだと。

 それぐらい親として当然だと思う。だが俺はそれをしなかった。


「なんでだろうな……俺にはそんな資格がなかったのかもしれないな」


 そんな時、俺の携帯に着信が入る。表示された名前を確認すると、急いで牛丼を平らげた。

 の電話だ。俺は席を立ち牛丼屋の外に出る。


「どうした?」


『あ、やっと出ましたね師匠。何やってたんですかー』


 電話の声は少女のものだ。まだ若く、活気のある元気な声だ。


「昼飯食ってた。それよりなんだ? 仕事中は緊急時以外電話するなって言ってたろ?」


『はぁ、だからその緊急なんですけどー』


「なんだって?」


 少女の声があまりにも緊張感のない声だから、緊急時だとは思わなかった。


『この前のアレですけど。ほっとくと悪霊になりますよ。霊力の上昇が普通より高いんですよー。私がやってもいいんですけどー、まだ見習いですし〜』


「お前こういう時だけ見習い使うのやめろよな。まあいい。そっちは俺がなんとかする」


 俺は通話を終え、そのまま走った。会社には向かわずに、別の方向へと。



 走ってから数分。とある路地裏へとたどり着いた。薄暗く、嫌な空気が張り詰めている。

 その中心に、1人の少女がいた。


「で? なんだこれは?」


 俺は目の前に広がる現状を問い詰めていた。具体的には、少女の周りに数名の男が倒れ込んでいた。


「何って、除霊したんですよ」


 少女は傷ひとつなくピンピンしていた。この状況を他の人が見たらどう思うだろうか。


「いやな。風香、お前はまだ見習いなんだぞ? 仮にも相手は怨霊だ。軽々しく手を出すなって」


 安堂風香は俺の弟子だ。と言っても弟子入りしたのはつい最近のことだ。突然弟子になりたいと言って現れたのだ。


「ええー。師匠さっきと言ってること違くないですかー?」


「あれはそういう冗談だって……で? 本命はどうしたんだ?」


「この人達の相手してたら逃げられちゃいましたっ」


 テヘッ、といい自らの手で頭を叩く風香。こうやって純粋無垢な少年達は騙されていくんだろう。


「はぁ……お前と魁斗だけは会わせたくないな」


「え!? なんでですかぁ!! 今度紹介してくれるって言ってたじゃないですかぁ!!」


 倒れた男達を隅に置いて移動する。目的は本命。つまり怨霊だ。


「ちょっとー。聞いてますー?」


「聞いてる聞いてる。今度な今度」


 最近になって怨霊の動きが活発化している。今回もこの前取り逃がした怨霊がまた霊力を増しているとのことだ。

 一体、この街で何が起ころうとしているのだ。


「風香。本命はどんなやつに取り憑いていた?」


「うーん。なんか綺麗な女の人でしたよ。まあ私よりはブサイクでしたけどね」


「この前の人か……これ以上取り憑いてるとまずいな」


 怨霊は長く取り憑いているほど人間の命を奪いやすい。そうなればその女の人も助からない。


「風香。追跡出来てるか?」


 真横を軽い足取りで歩く風香に、確認を取った。


「もちろんですよー。まだにいますね」


 結界とは霊能力者が作り出すことができる力のことだ。なぜそんなことが風香に出来るかって? 簡単な話だ。

 風香は、

 いわゆる天才だ。基本的に3つの力を持つものはいない。しかし稀にこういった存在が生まれるという。

 そして風香はすでに霊媒師、霊能力者としての力を有している。しかし除霊師としての力はまだまだ未熟であり、それで俺の元に弟子入りしたという。


「なら一旦体制を整えよう」


 1度情報を整理しよう。現在1体の怨霊が街を彷徨っており、除霊するために前回動いたが逃げられてしまった。

 その怨霊が霊力を増して再び現れた。このままだと取り憑かれた女の人の命も危ない。だから一刻も早く助ける必要がある。

 しかし闇雲に動くわけにはいかない。救うことも大切だが、それと同時に確認すべきこともある。

 今狙っている怨霊とは別に、他にも複数の怨霊が動いている。そしてそれら怨霊は、全て1体の幽霊から発生しているということがわかった。つまりその怨霊を祓えば、目的は大幅に解決へと向かう。


「つまり今私たちが狙っている本命の行動パターンを確認したいと」


「そういうことだ。風香が怨霊をキャッチしてくれたおかげだ。前回は風香がいなかったからな。逃げられて完全に見失っちまった」


 これは風香の霊能力者としての力のおかげだ。霊能力者は霊力を観測することが出来る。

 しかしその霊の正体が何かまではわからない。それを補うのが結界だ。1度確認した幽霊なら結界外に出ない限り、追跡することができる。


「現状は?」


「そうですねぇ……あまり目立った動きはないみたいですね。やっぱり動くのは夜ですかね」


 本来なら幽霊は夜に動く。しかしこの街の怨霊はその常識を破ってきた。だから一概にも確定出来ない。


「とにかく俺は一旦家に戻るよ。風香は観測を続けてくれ。結界外に出そうになったらすぐに連絡をくれ」


「なにか忘れ物ですかー?」


 風香が純粋に質問する。


「着替える」


「はい?」


「スーツは動きにくいからな」


「あー、怨霊が結界外にー」


「嘘は良くないな。大丈夫だって。夜には決着つけるさ」


 軽くあしらって俺は帰宅した。時間も時間だし魁斗と鉢合わせになってしまうかもしれないがまあいいだろう。


 空も暗くなり、風香に示された地点に向かって俺は走り出した。やはりスーツよりも普段着の方が走りやすくていいな。

 おかげか、予定より早く目的地へと辿り着いた。しかし先に到着していた風香は、細い目つきで俺を睨んでくる。


「むう、遅いですよー師匠。何してたんですか?」


「……魁斗がうちに女の子を連れてきた」


「なっ……!?」


 あたり一面は森だ。住宅街から少し離れた地点にある。この森の奥に怨霊は向かったらしい。


「風香。周りに怨霊以外に何かいるか?」


 いてもなんら不思議ではない。幽霊が集まりやすい場所だってある。このような森も例外ではない。


「ところどころに霊力を感じますねー……あれ?」


 と、風香はある方向をじっと見つめている。


「なんだ? どうした?」


 風香が見ているのは住宅街の方だ。森の奥ではなく……


「何か、いますね。あっちの方にそこそこの霊力を持ったのが……怨霊に紛れてやがりましたねー」


 住宅街の方に何かがいる。怨霊ではない別の何かが。風香はそう断言した。


「師匠、ここは私に任せてください。師匠は本命の方を」


「大丈夫なのか? 何度も言うがお前は見習いなんだぞ?」


 いくら霊媒師、霊能力者としての力があったとしてもだ。


「私を誰だと思ってるんですかー? こんな可愛い弟子がそんな簡単にやられると思いますー?」


 そう言ってパタパタと走っていく風香。


「お、おい! あー! 何かあったらすぐに連絡しろよー!!」


 風香は振り返ることなく手を大きく降った。本当に大丈夫だろうか……


「……仕方ない。俺は俺の仕事をするか」


 俺は薄暗い森の中へと足を進めた。これが俺の裏の仕事。いや、本来の仕事であり、本当の姿。なりたくてなったわけではない忌々しい姿。

 除霊師。これが俺の、怪奇谷東吾の本当の姿だ。

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