第81話悪魔編その8

 俺は1人、住宅街を彷徨っていた。その目的は敵をおびき出すこと。ただ歩いていればいいと翔列は言っていたが本当にこれで大丈夫なのだろうか?

 今頃霊能力者である真令に気づかれ、果子義の元に連絡がいっているはずだ。そうして俺を襲いにやってくる、はずなのだ。


「……なんでこんなことしてんだろうな」


 時計もなければ携帯もなく、現在時刻もわからない。着ている服も自分の物ではない。持っている荷物はバッグだけだ。


「俺に、出来るのか?」


 こんな俺にあいつを助けることなんて出来るのか? あれは俺の知らない世界だ。そんな場所に俺は踏み入ろうとしている。

 後で後悔するかもしれない。また絶望するかもしれない。それでも、決めたのだ。

 俺は、彼女を助けると。


「……」


 俺は右手を開いた。俺の体に宿った、あるいは目覚めた不思議な力。この力があれば霊媒師である果子義は乗り越えられる。

 そう考えていた時だった。再び、時が止まった。


「ッ!!」


 来た。奴が来た。俺は身を構えた。辺りは住宅街でどこから敵が現れるかわからない。全方向に意識を集中させる。

 次の瞬間、俺の身体に何かが取り憑いた感覚があった。


「クッ……!」


 この体が冷たくなる感覚。間違いない。幽霊に取り憑かれた。

 俺は意識を集中させ、あの時のようにこの幽霊を。吸収する!


「あ、あああああああああ!!!!」


 その瞬間、思った通りに幽霊は消滅した。いや、俺の中に吸収されたのだ。徐々に感覚がわかってきた。


「貴様ァ……なんだ……そのふざけた力は……」


 不気味な声がした。声のする方向に視線を向けると、そこには先ほどよりも若干服がボロボロになった果子義の姿があった。


「舐めやがって……貴様さえ、貴様さえ消せば終わるんだよォォォォォォォ!!!!」


 果子義は懐から霊紙を取り出した。数は3枚。だけど1度に使えるのは1回だけだ。


「ばい・ばい・よう・ばい・ばい!!」


 霊紙から幽霊が飛び出す。この目でハッキリと視認出来た。俺はその霊を掴むように手を伸ばした。


「き、貴様ァァァァァァァ!!」


 果子義は次から次へと幽霊を放つ。しかし俺は作業のように次から次へと幽霊を吸収してゆく。


「……楽勝だな。果子義」


「ッ!!!!」


 果子義は動きを止めた。表情に余裕がなくなくなり、焦っているのがわかる。このペースでいけば奴のストックは無くなり、勝利は俺のものとなる。


「舐めるなよ……人類の敵め……貴様、わかってるのか? 貴様がやっていることがどれほど罪なことなのか」


「しらねぇよ。俺は何も知らない。ただあいつを助けたいから助けるだけだ。むしろお前らこそなんなんだ? なぜあいつを狙う?」


 果子義は俺の言葉を聞いて、あり得ない言葉を耳にしたかのような表情を見せた。


「貴様、それはギャグのつもりか? それとも、いやまさか……だとすればアレは……バカな……」


 果子義は勝手に自問自答し始めた。やはりこいつは何か勘違いしている。


「お前、さっき俺のこと契約者だなんて言ったよな? 契約者ってなんだ? そもそも俺はそんなことすら知らないんだ」


「契約者じゃ……ない……だとすればアレは何が目的で地上に……」


 すると、どこからか携帯音が鳴り始めた。俺は携帯は持っていない。では一体誰の?


「ッ!」


 果子義は携帯を取り出して、慌てて電話に出た。


「は、はい!! 果子義です! ど、どうかいたしましたか? え? 真令が……?」


 果子義は誰かと電話している。真令の名が出た。翔列が真令を倒したのだろうか。

 待て。だとすれば、


「そ、それよりも大変なことがわかりました! 例のしょ、少年は契約者ではない可能性が……!」


 今のうちに不意打ちをかけるか? だがもし誤解が解かれれば、戦わなくても済むかもしれない。


「だとすればあれは……何が目的で地上に……」


 そもそも俺はどうして契約者なんてものに勘違いされたのだろうか? 

 それは銀髪の女を助けようとしたからだ。それ以外に勘違いされる理由はない。

 だとすれば、銀髪の女と俺が契約を結んだと勘違いしたのか?


「し、しかし! そ、そんなこと有り得るんですか……?」


 それ以前に、契約とはなんだ?


「そんな……契約しないーー」


 契約、その言葉から連想される1つの解答。


「●●●がいるはず……」


 不気味な声の男が放った言葉。風音に遮られて聞き取りづらかったが、俺にはその言葉を理解することができた。彼女の種族の名を。

 その次の瞬間、果子義よりも後方から暴風が吹き荒れた。その暴風に混ざって1人の人物が、果子義を通り越して俺の元まで接近してきた。

 長い髪。そして銀色の綺麗な髪だった。見間違えるはずもない。あいつだ。名前も知らない銀髪の女だ。

 銀髪の女はそのまま暴風に混ざって俺にタックルを仕掛けた。その場で倒れこむかと思いきや、勢いよく後ろに並行して移動していた。ほんの一瞬で果子義から距離を離された。

 気づけば人通りの少ない路地裏にたどり着いており、壁に思いっきり押し付けられた。


「アンタ!! なんで戻ってきた!! バカか!? アホなのか!? こんな面倒ごとに巻き込まれるギリなんかアンタには無いんだよ!! さっさとウチに帰っておネンネしてろよ!!」


 と、立ち止まってそうそうこれだ。随分と元気じゃないか。


「は、はは。そんなの、俺の勝手だろ。お前から来てくれて手間が省けたぜ」


「はぁ? バカじゃないの? なんだってアタシなんかのために……アタシはな……」


「わかってる」


「え……?」


「わかってる。お前が人間じゃないことも」


 確かに聞いたのだ。果子義は電話の相手に向かって言っていたのだ。銀髪の女の、種族を。


「お前が」


 契約。その意味がやっとわかった気がする。



 銀髪の女は答えない。彼女の種族、悪魔。幽霊がいるのならいてもおかしくはない。悪魔だって人に取り憑くのだから。そして、悪魔といえば誰でも思い浮かべる行為があるじゃないか。

 人間と契約して、願いを叶えると。


「……わかってるなら、なんで助けた? アタシは悪魔なんだぞ? それを助けるってことがどういうことを意味するかわかってるのか?」


 果子義は言っていた。契約者だと思っていた俺に対して、人類の敵だと。悪魔と契約を交わした人間は普通ではない。なにせ悪魔だ。悪魔と聞いて誰がいい存在だと思い浮かべるだろうか?

 銀髪の女は言う。そんな悪魔を助けるということが何を意味するのか。


「俺だってお前が悪魔だって知ったのはたった今だ。お前がちょうど俺を助けたあの瞬間にな」


「そうかよ。じゃあもうわかっただろ? アンタは人類の敵である悪魔を助けちゃってたんだよ。もうやめとけ。そんなことしてもなんの意味もない。アンタはアンタの人生がある。それをこんなつまらないことで終わらせるな」


 なんだ、それ。気にくわない。俺は今の言葉が、特に気にくわなかった。


「なんだよそれ。お前、悪魔なんだろ?」


 なんで、そんな奴が。



 銀髪の女は答えない。自覚がないのか? それとも。


「俺にはお前が嫌々助けてるようには見えなかったけどな。助けたいから助けたんだろ? 違うか?」


「ち、違う!! そ、それはアタシの気分的な問題で……!」


「そう思う時点でお前はまともだ。悪魔だとか関係なしにな。だから俺はお前を助ける」


 正直、現状を理解していない。悪魔と言われて勝手に判断するわけにもいかないし、想像している悪魔とは違うかもしれない。

 もしかしたら悪魔にもいい奴がいるのかもしれない……そんな希望すら抱いてしまうほどに、彼女が悪には見えなかったのだ。


「……なら教えてやるよ」


 銀髪の女は口を開いた。


「アタシの目的は魔界に帰ることだ。魔界に帰ることが出来ればアタシは救われたってことになるんだろうな」


 魔界……? つまり悪魔が住んでいる世界ということだろうか。一気にファンタジーの世界に入り込んだ気分だ。


「だったら帰る方法は……!」


「ある」


「俺も手伝う! だからその方法を教えてくれ!」


 銀髪の女は、絶対に叶わないとわかっていてまっすぐに見据えて言った。


「契約だ。人間と契約しないとアタシは帰れないんだよ」


「え……」


 うそ、だろ? 契約って、ついさっきまで俺が勘違いされていた、あの契約か?

 悪魔との契約。それが達成されなければ彼女は魔界に帰ることができないというのか。そんなことって……


「ッ!!」


 突然、銀髪の女は俺を庇うように立った。視線の先。そこに。


「やはり契約が目的か。


 1人の男が立っていた。果子義でなければ真令でもない。しかし彼らが着ていたコートと似た真っ白な服を着ていたことから、彼らの仲間だと想像がつく。

 年齢は50代ぐらいだろうか。背がかなり高く、見上げるほどだ。髪色は茶色で、長く伸びた前髪によって目元まで隠されている。その前髪の奥から覗く瞳からは、見たものを震え上がらせる力を持っているのではないかと錯覚するほどの力を感じた。

 果子義や真令とは確実に違う何かを感じた。一言で言えばオーラ。その圧倒的佇まい、視線によって身動きが取れない。

 まずい。この男は危険だと脳が強く訴えかける。


「果子義の報告が気になって来てみたが、所詮悪魔とは契約するために存在するのだな」


 果子義が電話していた相手とはこの男だったのか。


「真令もフリーの除霊師に倒されるとはな。少年よ。彼は少年の仲間か? 悪魔だとわかって協力しているのか?」


 翔列は真令を倒していた。それは想定内なのだが、翔列は銀髪の女の正体を知ったらどうするだろう。あいつは……それでも協力してくれるのだろうか?


「アンタは逃げろ。こいつの相手はアタシがする」


 銀髪の女は俺を守るように男を睨んだ。俺は、何も答えられなかった。


「この私に勝てるとでも? 契約も交わしていない悪魔である貴様がか?」


 銀髪の女と男はお互いをじっとみたまま動かない。が、先に動いたのは銀髪の女だった。なぜわかったか、理由は1つだ。

 銀髪の女は俺の目の前から姿を消していたからだ。正確には違う。

 そのまま男に向かってミサイルのように急降下していった。あんな攻撃、普通の人間では受け切ることは出来ない。しかし。


 バギ!! っと何かが砕ける音がした。


「は……?」


 急降下していた銀髪の女の姿がない。本来であれば、女は男に攻撃を浴びせ、目の前に存在しているはずだ。

 しかし彼女の姿はなく、目の前には男の姿しかなかった。どこだ? 探そうと思った時だった。後ろからガサガサと音がするのに気がついた。

 なんだ、何が起きた? 俺はゆっくりと後ろに振り返った。

 そこには、腕がありえない方向に曲がった状態の銀髪の女が倒れ込んでいた。


「いくらとはいえ未契約の悪魔ごときがである私に勝てるとでも?」


 なんで、なんで倒れている? いや、それよりも腕が。腕が普通じゃない。おかしな方向に曲がってる。あんなの、あんなの普通じゃない。


「少年よ。この世界にはどんな種族が存在すると思う?」


 男は語る。


「人間、動物、植物、それだけではない。この世界には幽霊、妖怪、さらには神だっている。そして、悪魔だ」


 足が震えて動かない。


「人間がそんな厄介な存在をただ放っておくと思うか? 少年も知っているだろう? 幽霊を処理する除霊師の存在を。だとすれば、


 男は語る。悪魔を処理する存在。それが先ほど語ったーー


「私は神魔会の1人、不安堂総司ふあんどうそうじ。世界に3人しかいないエクソシストの1人でもある。目的はただ1つ。オリジナルの悪魔、リリスをこの世から消すことだ」


 それがこの男、不安堂総司の正体。全ては。


 銀髪の女ーーリリスを消すために。

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