第82話悪魔編その9

 不安堂総司。自らの役職をエクソシストと名乗った男は語る。


「少年よ。少年は幽霊を吸収する力を持っているらしいな」


 その通りだ。俺は突然そんな力を得た。


「その力の名は。それが少年が持つ力の名称だ」


 ゴーストドレイン。それが俺の持つ力の正体。


「対象である幽霊に触れれば吸収することが可能だ。もちろん取り憑いている幽霊に対してもだ。ただしその場合は取り憑いている幽霊が表に出ている場合のみだ。間違えないよう気をつけた方がいい」


「なんで……そんなことがわかる?」


 不安堂は俺と初対面だ。だというのになぜそこまで詳細なことがわかるんだ?


「なに。少年と同じ力を持つ人間に会ったことがあるからだ。それに、私も


 不安堂は拳を握り、軽く壁を叩いた。ポンと叩きつけられたその壁は。

 


「私が持つ力、ゴーストアップ。取り憑いている幽霊の主導権を握り、その力を使えるというものだ。現在私に取り憑いている幽霊は生霊だ。どこぞの誰かが私に取り憑けたようだが、逆に利用させてもらっているのだよ」


 普通の人間だったら壁を叩いたところで破壊することは出来ない。それをこの男は実行したのだ。

 この破壊力であれば、銀髪の女の体を破壊することなど容易いだろう。

 ゴーストアップという力、幽霊を利用するだけでこんな力を発揮できるというのか。


「さて少年。それでもまだ私にたてつくか? そうまでしてそこの悪魔を庇う必要があるのか?」


「ッ……!」


 勝てない。果子義のように本体を叩けば済むような問題ではない。仮に力でねじ伏せようとしても、反撃されるオチだろう。


「逃げ……ろ……」


 銀髪の女は掠れた声を吐き出した。


「アンタは……逃げろ……アタシなんか……守る必要はないんだ……」


「ッ……! ふざけんなよ!! そんな状態でどうしようもないだろ!!」


「いいから逃げろって言ってんだ!! いいか!! アタシは悪魔なんだ!! 人間の敵なんだよ!! だからここで大人しく倒させてくれ!!」


 銀髪の女は今にも倒れそうな体を支えて立ち上がった。曲がってしまった腕も少しずつだが治っている。


「ふざけんな……」


「……」


「ふざけんなよ!! お前が人間の敵? 悪魔? だからどうした!! お前は俺を助けた!! だから次は俺がお前を助けるんだ!! それが俺のやりたいことなんだよ!! お前は大人しく救われてればいいんだよ!!」


 震えていた足が収まる。こいつが悪魔だとか人間の敵だとか、そんなことは俺にとってはどうでもいいことだ。

 俺は、ただこいつを助けたいだけなんだ。


「リリスよ。貴様まさかとは思うが本気でその少年を庇っているのか?」


 不安堂が興味深そうに質問する。


「ああ……アタシはな……自分のことはアタシ自身でケリをつけるって決めてんだよ」


 次の瞬間銀髪の女は俺を通り抜けて、一瞬で不安堂の元に向かって間合いを詰めた。


「遅いな」


 しかし、不安堂は余裕の表情を浮かべている。それもそのはずだ。なぜなら不安堂の元に向かった銀髪の女は。

 


「やめろ!!」


 俺はとっさに叫んでいた。男に視線を向けると、不安堂は拳を前に出していた。突撃してきた銀髪の女を正面から殴って吹き飛ばしたのだ。


「なんでだよ」


「うん?」


「なんでこんなことするんだよ。あんたにはあいつが本当に人間の敵に見えたのか!? わかるだろ? あいつは俺を助けたんだ。本当に人間の敵だったらとっくに見捨ててるだろ?」


 不安堂はゆっくりと腕を下ろす。


「なあ頼むよ! もっとよくあいつを見てくれ! 俺には悪魔なんてものはよくわからないけど……あいつはいい悪魔だと思うんだ! だから……始末なんてしないでもっと他にいい考えを考えてくれよ!!」


「アンタ……」


 銀髪の女はボロボロの体を支えながら、再び立ち上がろうとしていた。

 なんでだよ。どうしてそこまでして立ちあがろうとするんだ。


「……」


 不安堂は俺の訴えには答えない。奴が何を考えているかわからないが、このままではジリ貧だ。どうにか現状を打破できないか。

 そこでふと思い出した。ポケットにある、1つの武器を。


「アンタの気持ちはわかった。だけど巻き込みたくないんだ。だから頼むから……」



 銀髪の女は口をポカンとさせている。俺は返事を待たずにすぐに煙玉を放った。辺り一面に煙が充満していく中、俺は銀髪の女の手を掴み死ぬ気で走った。


「なっ……! アンタ何やって……!」


「いいから黙って走れ!!」


 手を引いてひたすらに走る。後ろには絶対に振り返らない。振り返ってしまえば、絶望感を味わうような気がしたからだ。


 煙玉の起点を活かし、どういうわけかあっさりと逃げることができた。

 しかしどれぐらい走っただろうか。特に目的地は無かったが、偶然だろうか。家の近所を走っていることに気づいた。

 俺の家に行こう。今日は父親も仕事でいないはずだから安心して家に連れて行くことができる。


「ッ……! 止まれ!!」


 と、突撃銀髪の女が急停止した。その勢いに釣られ、コケそうになったがなんとか堪える。


「な、なんだよ! 急に止まるなよ!」


 銀髪の女は視線を俺には向けない。その視線の先には1人の人影があった。


「魁斗君。無事に逃げれたんだね。よかったよ」


「翔列!」


 目の前にはセーラー服を着て刀を持った女の子……ではなく美少年が立っていた。


「お前も無事だったか」


「うん。霊能力者は大したことなかったね」


 翔列が真令を倒したというのは事実のようだ。


「そこの人が……」


 翔列は銀髪の女をじっと見つめた。俺は翔列になんて説明すべきだ? バカ正直に悪魔と伝えればどうなるかなんてわかる。

 翔列には悪いが、ここは嘘をつくしかない。


「ああ。こいつのことはまだよくわからないみたいなんだけどさ。とにかく奴らから逃げなきゃならないんだ。翔列も協力してくれないか?」


「もちろん。構わないよ」


「そうか、よかった」


 人を騙すのは気がひける。だけど今だけは翔列が素直に納得してくれて助かった。


「ああでもさ」


 これで無事に逃げ切れる。



 ゾワっと背筋が凍った。なんだ。今、翔列の口から悪魔という言葉が出てこなかったか?


「翔列……?」


 俺は翔列に恐る恐る声をかけた。


「ごめんね。実は知ってたんだ。そこの銀髪の人が悪魔だってことは」


 翔列は本当に申し訳なさそうに答えた。


「前に言ったよね。僕は除霊師である他に別のことをしているって。それが妖怪殺しだよ。僕はそれで生計を立てているんだ」


 妖怪殺し。不安堂も言っていたが、この世界には妖怪という種族まで存在しているというのか。


「僕はこの街に悪魔がいるって情報を得た。だからこの街に来たんだ。悪魔を倒すためにね。だけど神魔会に先を越されるわけにはいかなかった。だから悪魔と接触していた魁斗君に接触したんだ」


 俺が銀髪の女と繋がりがあると思ったから俺に接触したのか。


「それじゃあ……翔列……やっぱりお前も……」


 何かの間違いだと思いたかった。唯一の協力者である翔列までもが。


「そうだよ。僕も悪魔を倒すのが目的。目的は神魔会の奴らと一致してるね」


 絶望だった。こんなことってあるのか? 俺はこいつを信じていたのに。


「ッ……! アンタ!! 奴が来る!!」


 黙っていた銀髪の女が叫ぶ。奴。それは間違いなく不安堂のことだ。


「そうか。もう来たんだ」


 翔列はふうとため息を吐くと、刀を構えた。


「ま、待ってくれ翔列!! こいつは……!」


「ねえ悪魔。君は本当に魁斗君に迷惑かけたくないって思ってる?」


 翔列は俺の言葉を遮って銀髪の女を見た。


「……ああ。アタシは誰にも迷惑をかけない。だから誰にも迷惑をかけずに消えるつもりだったんだ」


 そうか、と呟くと俺たちを通り過ぎて前に進んでいく翔列。そしてそのまま真っ直ぐと先を見据え、刀を構えている。このままだと奥からは不安堂がやって来る。


「翔列……?」


「言ったでしょ。協力するって。さっき答えたじゃん」


「でも、なんで……? お前はこいつを狙ってるんじゃ……」


「そう。僕の狙いは悪魔。悪魔を倒してお金を貰う……つもりだったんだけどねー。あー、なんだかやっぱりやめようかなって思ったんだよ」


 翔列はニッコリと笑って答えた。


「実はさ、さっきのやりとり見てたんだ。その時に見てて思ったんだよね。この世にはこんな悪魔もいるんだって。ま、いわゆる感情移入だよね。君たちにね」


「翔列」


「さ、早く行った行った。ま、正直あのエクソシストには勝てないね。出来ても時間稼ぎぐらい。その間にどうにかして君たちの結論を見つけ出してくれ」


 翔列は振り返らない。これから現れるであろう敵に対して意識を向けている。

 その後ろ姿は、セーラー服を着ていようが俺たちを守るために立ち向かう戦士そのものだった。


「……ありがとう。俺、お前みたいな奴は好きだぞ」


「告白かな? 残念だけど僕は男だぜい?」


 俺は再び彼女の手を掴んで走った。結論を見つけ出すんだ。

 必ずあるはずだ。絶対に、助け出す方法が。

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