第79話悪魔編その6
気がつくと俺は高層ビルの屋上にいた。手を引かれて夢中で逃げていたから、自分がどこにいるのか全く把握していなかった。
「さて、ここまでくれば大丈夫だね。あ、結構無理やり引っ張っちゃったけど大丈夫?」
ここまで連れてきてくれた人物は心配そうに俺を見る。改めて見るとほんとに美形な顔立ちをしている。と、いうよりこんなに走ったのに汗ひとつかかないというのはどういう原理なんだ。
「俺は大丈夫だ……助けてくれてありがとう。あんたは一体何もんだ?」
「僕は
ん? ずいぶん変わった名前だな。それともう1つ疑問が。
「え? 翔列……ヘル? それが名前か? えっと……除霊師??」
「そうだよー、ハーフなんだー。ってあれ? もしかして君は何も知らない一般人? じゃあなんで奴らに襲われてたんだい?」
俺は変わった名前の人物に、今まで起きたことを説明した。銀髪の女が襲われたこと。霊媒師と霊能力者という2人の人物に狙われていること。そして俺が発揮させた不思議な力のこと。
「……なるほどね。つまり君はただ巻き込まれただけなんだね。それは災難だったね」
「あんたはあいつらの仲間じゃない……よな?」
「やだなぁ。僕を奴らと一緒にしないで欲しいなぁ。さっきも言ったけど僕はフリーの除霊師だって」
フリー、ということはどこにも所属していないことを指す。奴らは仲間同士で、何かに所属しているのか。
「それより君。どうするつもりなの? ここまで逃げれば後は僕に任せてくれても問題ないけど?」
「いや、そういうわけにはいかない。あいつは俺の知り合いなんだ……それに、聞きたいことが山ほどあるんだ」
知ってしまったからには見過ごせない。せめて何が起きているのかは把握しておきたい。
「だから知ってることがあるなら聞かせてくれ! あいつらはなんなんだ!? どうしてあいつを狙う?」
そして、あいつは人間じゃないのか??
「……うーん。まあ関わっちゃったしね。教えてあげないこともないけど……」
翔列ヘルという名の人物は俺を指差して言った。
「とにかくさ、身につけてるものを全部脱いでくれないかな?」
「は?」
「いやだからさ。その香水が染み込んだ服をいつまでも着てるわけにはいかないでしょ? だから早く脱いで」
「ちょ、ちょっと待てよ! ここで脱ぐのか? ぜ、全部か?」
「当たり前だろう。あ、もちろん下着もね」
なんてことだ。いくら高層ビルの屋上とはいえ、なんでこんなところで全裸にならなければならないのか。
「あ、これ君のバッグだよね? 拾っといたから。変えの着替えとか持ってないよね?」
「ねーよ! さすがに全裸は……」
「ううん……仕方ない。こうなったら僕のとっておきを使うしかないね」
そう言って翔列は、何やら近くにあった紙袋から服を取り出した。
「なんだ。着替えがあるなら早く言ってくれ……」
しかし翔列が手に持っている服は、なぜかセーラー服だった。
「とっておきはこれしかないんだけど……仕方ない! 君に譲るよ!」
「って着れるかよ!! なんでセーラー服なんか着ないといけないんだよ!」
「そんなこと言われてもなぁ。今これしかないんだよぉ」
「そんな……女装なんか出来るわけ……いや、待てよ。あんただ! あんたが着ればいいじゃないか! 今あんたが着てるやつを俺が着るから!」
これは名案だ。さすがにセーラー服なんて着れない。
「まあ君も勘違いしてると思ったけど、僕は男だからね? でもその発想はなかったね。いいだろう! 僕がこのとっておきを着るよ!」
「……まじかよ」
こんなにかわ……美形な男だったなんて。
「よし、じゃあ着替えようか」
そう言って翔列は自分の服に手をかけた。
「ま、待て! さ、さすがに目の前で脱がれるのはなんか、こう……な? だから中で着替えてくれ」
「ははーん。まさかとは思うけど君は男の僕に興奮を……」
「やめろ!! いいから早くあっちに行ってくれ!!」
ニヤニヤしながら翔列は、下の階へと続く入り口に向かって行った。
「あいつ、わざとか?」
「ほーいよっと」
扉の奥から翔列が着ていた服が投げられる。俺もさっさと脱いで着替えてしまおう。
「はあ……おい。着替えたぞ」
さっきまで翔列が着ていたため、若干暖かい。これならそんなに寒くもない、などと考えているうちに扉が開いた。
「やあおまたせ」
そこにはセーラー服を着た美少女が立っていた。いや、訂正しよう。
そこにはセーラー服を着た美形の顔をした少年が立っていた。
スカートの丈は短く、サイズ感もぴったりのようだった。しかし……ほんとに、男か?
「目がヤラシイな。そして同時に君は僕のことをほんとに男か? って思ったでしょ?」
おっと、図星だ。なんとか話題をそらさないと。
「そ、それよりあんたなんでセーラー服なんて持ってんだよ」
「これ? これはコスプレ友達から借りたんだよ。制服マニアの友達がいてね。それも借り物なんだよ」
翔列は俺が着ている服を指差して言った。これも借り物かよ。てか制服マニアってやばいやつなんじゃ……
「コスプレが趣味なのか?」
「そうだよ。ほら、僕ってよく可愛いって言われるからさ。男の格好も女の格好も、どっちにもなれるんだよ」
「すげえこと言ってるなあんた」
よく自分のこと可愛いなんて言えるな。男だし。
「さて、後はこれを処分しないとね」
「は? 処分……?」
翔列はあろうことか、俺の身につけていたもの全てを燃やし始めた。
「お、おいおいおい!! も、燃やすなんて聞いてねーぞ!! てかバレたらやばいだろ!!」
「そこんところは僕に任せてくれよ。まあ燃やさないと香水の効果は切れないからね」
ああ……制服はともかく携帯も一緒に燃やされた。
「……ん? あ、ああーーーー!!!!」
「な、なんだよ急に?」
俺は思い出してしまった。制服の内ポケットに入っているあるものを。
「ら、ラブレター……入れっぱなしだった……」
ツインテールの女の子から貰った剛へのラブレター。それも一緒に燃えてしまった。
「ラブレターね。君案外モテるのかい?」
「クッソ……知ったことか! 俺のじゃねーし! 直接渡さないあの女が悪いんだよ!」
もう、そういうことにしておこう。
「さてと。とにかくあとは君に染み付いた香水だけど」
翔列は俺の体に触れた。なぞるように腕から肩までつたっていく。
「お、おい……」
「すぐ終わるから」
翔列は俺の体をなぞる。なんだか触り方がヤラシイ。正直やめてほしい。無駄に緊張する。こいつが男じゃなかったら本格的にまずかったかもしれない。
「ふう。とりあえずこれで体の方も大丈夫だね」
何をしたのか知らないが、とにかくこれで香水の効果は完全になくなったらしい。
「なんなんだほんと……」
「はは。もしかして、緊張した?」
「ば、バカいうな! 変な触り方するからだろ!」
「いやぁごめんねー。僕さ、小さい頃女の子として育てられてたらしいんだよね。だからだと思うんだけど、たまに仕草が女の子っぽくなっちゃうんだよねー」
そんなことあってたまるか……しかしそれなら納得はいく。わざとではないとなると、それはそれで厄介だな。
「まあ僕のことは置いといて。真面目な話をしようか」
翔列はスカートのしわを直しながら扉に寄りかかった。
「まず奴ら。あの服装からして奴らは間違いなく『
「神魔会……?」
「うん。一言で言うと、この世界に存在する怪奇現象を解明するための研究機関ってところかな。例えば幽霊。幽霊が存在できる理由を研究したり、そんなようなことをしている連中だよ。本拠地がどこにあるかも不明で謎が多い組織なんだ」
翔列ははっきりとこの世界に存在する怪奇現象と言った。そして幽霊。もう否定はしないが、幽霊は本当に存在するのだ。
「そして魁斗君の話によればその銀髪の人はおそらく人間じゃない。それに気づいた神魔会の連中が目をつけたんだろうね」
人間じゃないから神魔会の奴らに狙われているということか。
「じゃああいつはどうなる?」
「それはわからないけど……神魔会からはあんまりいい話は聞かないんだよね。目的のためなら目撃者を消したりするぐらい冷酷なことも平気でするとかね。だから魁斗君を狙ってるんだと思うけど」
それはなんだか違うような気もした。奴らは俺に向かってこう言った。
契約済み、契約者。この言葉の意味はわからないが、俺はただの目撃者だから消されるわけではないような気がした。
「あいつが狙われる理由はわかった。それじゃあ幽霊ってのがこの世界に存在するとしてだ。あんたやあいつらはその専門家ってことでいいのか?」
「そうだね。幽霊に対して存在する専門家は3つ。1つが除霊師。それから霊媒師に霊能力者だね」
除霊師。霊媒師。霊能力者。この3つが役職名ということか。
「まずは僕の除霊師から説明しようか。除霊師とは一言で言ってしまえば悪霊を退治する専門家だね。幽霊の種類に関しては今は説明しない。除霊師は呪文を唱えて祓うことが出来るんだ」
「えっと、その刀はなんなんだ?」
翔列が持つ大きな刀は、てっきり除霊師と関係があると思ったが違うのか?
「これは僕の武器だよ。除霊師とは関係ないかな。僕は除霊師である他に別にもやってることがあるんだ。まあそれは今は関係ないから省くけど」
となれば先ほどの煙玉も除霊師とは関係なさそうだ。
「次に霊媒師。霊媒師は幽霊を呼び出して取り憑ける、除霊することが出来る専門家だね。霊紙っていう紙があるんだけど、それに呼び出した幽霊を憑けさせておくことが出来るんだ」
果子義は幽霊を俺に取り憑ける時に、霊紙と呼ばれる紙を取り出していた。つまりあの紙にすでに幽霊が取り憑いていて、それをあの場で解き放ったということか。
「呼ぶ時も呪文が必要だね。除霊師とは言葉は違うけどね」
「その霊紙ってのが無くても取り憑けることは出来るのか?」
「出来ないことはないけど……例えばその場に幽霊はいなくて、だけどどうしても人に取り憑けさせたい。そんな時にあらかじめ幽霊を用意しておけば、そういった場面を解決できるわけだ」
そういうことか。ではあのトンネル周辺に幽霊がいなくて、果子義は霊紙を1枚も持っていなければ、俺にも勝算はあったということか。
「除霊師の存在はわかる。だけど霊媒師なんて何のために必要なんだ? むしろ悪用されたらおしまいじゃないか」
「そんなこともないんだな、これが。霊媒師は幽霊の声を聞くことが出来るんだ。と言っても物理的に声が聞こえるわけじゃないよ。要は幽霊の意思を読み取ることが出来るということだね。それが出来ると色々便利なんだよ。それで幽霊絡みの問題を解決したりと、悪いことばっかりじゃないよ。というかむしろ悪いことに使ってる人なんて基本いないよ」
そうなれば果子義は、その基本から外れた人物だったということか。
「そして霊能力者。この世界に存在するエネルギーの霊力を感じ取ることが出来る専門家だね。これだけだと他の2つより劣っているように見えるかもしれない。だけどそんなことはないんだ。何よりその強みは霊力を感じ取ることが出来ることだから」
「霊力ってのは?」
「霊力は誰でも持ってるエネルギーのことだよ。例えば霊力が高い人は幽霊を見ることが出来たりするんだ。普通の人間だったら霊力が低かろうが高かろうが特に問題はない。基本はね。だけど幽霊は別。幽霊の強さは霊力の大きさで変わるんだ。霊力が高い悪霊ほど祓うのが難しかったりね」
いわば漫画における戦闘力のようなものか。
「そして霊力は人間に感じ取ることは出来ない。だけどそれが霊能力者には出来る。そうするとどんなことが出来ると思う? どこに霊力の高い幽霊がいるかわかったり出来る。つまり標的を探し出すことが出来るんだよ」
だから真令は俺を見つけることが出来たのか。
「それじゃあ今も簡単に見つかっちゃうんじゃないのか?」
「それは大丈夫。サーチをかけられる距離に制限があるからね。結界内だったらまずかったけどね」
「結界ってのもあいつが作ったって言ってたな」
「やっぱりか。結界もはれるのか……あいつはなかなか出来るね」
真令の口ぶりから察すると、結界をはれば一般人は進入できないようだった。そんなことも出来るなんて。
「僕も結界に気づいて向かったんだよ。そしたら君が襲われてたから助けたってわけ」
除霊師である翔列は結界に気づくことが出来た。気づかれていなかったら、俺は今頃死んでいただろう。
「除霊師、霊媒師、霊能力者についてはわかってくれたかな?」
正直理解は追いつかない。だけど理解するしかなかった。それが今の俺に出来ることだからだ。
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