第78話悪魔編その5

 かつてないほどあり得ない光景を目の当たりにした。このままじゃ頭がおかしくなる。せめて状況ぐらいは把握するべきだ。

 まずあの不気味な声の男。あいつの正体は不明。しかし言動から察するに、幽霊を操る、あるいは呼び出すことが出来る人間だということ。

 そして実際に幽霊は存在するということ。現に俺は1度取り憑かれている。

 だが、それは俺自身が防いだ、ということになるのか。あの感覚。あれは襲いかかってきた幽霊を俺が吸収した、そうとしか思えなかった。

 どうしてそんなことが出来たのかはわからない。だけど現時点ではその答えにしかたどり着かなかった。


「そして……」


 俺はトンネルの奥を進み、彼女らの後を追っていた。そしてたどり着く1つの解答。

 銀髪の女はつい先程まで重傷を負っており、血まみれで倒れていた。しかしその傷は徐々に回復し、最終的には完全に回復していた。

 そしてもう1つ。俺を蹴り飛ばしたり、男に襲い掛かるスピード。あの人間離れした力、文字通り人間離れした存在としか考えられない。


「どう考えても……人間じゃない……」


 普通に生きてればそんな結論には至らないだろう。しかしたった今普通じゃないことが起きたのだ。そんな結論に至ってもおかしくはない。

 人間ではないとすれば一体なんなんだ? 幽霊にも実体があるのか? それともまた別の存在とか。例えば人間に化けている妖怪とか。


「ああもう!! わけわかんねぇよ!!」


 どうする? 警察に行くか? いや、信じてくれるわけがない。とはいえこのまま帰るわけにもいかない。

 あいつが人間かどうかはわからない。でも俺を助けてくれたんだ。少なくとも悪人ではないはずだ。放っておけるわけがない。それに……


「まだ、聞いてねぇもんな」


 結構のところなのだ。あいつが人間かどうかなんかどうでもいい。俺はあいつを助ける。それの何がおかしい? 間違ってないだろ? 俺は自分自身にそう言い聞かせた。


 瞬間、音が消えた。


 住宅街のど真ん中で、世界は無音になった。明らかにおかしかった。いくら夜とはいえ、ここまで音が消えるか? 風の音すらない、本当に無音の世界に閉じ込められたかの様だ。

 そして、そんな無音の世界から徐々に聴こえてくる音が2つ。

 俺の呼吸音。そしてもう1つは。


「君ですか。果子義かしぎが言っていた少年というのは」


 聞いたことのない男の声がした。今度は不気味ではなく、爽やかな透き通った声だった。


「安心してくださいね。これは再び結界を張っただけです。部外者に見られては困りますからね」


 住宅街の影から男はゆっくりと姿を現した。不気味な声の男と同じコートを着ていた。しかしコートの色は黒ではなく灰色だった。

 男の姿は爽やかな好青年の様に見えた。顔も整っており、不気味な声の男とは正反対の姿をしていた。


「さて。まずは自己紹介が必要ですかね」


 しかし何故だろう。俺はこの男に恐怖を抱いていた。その理由はすぐにわかった。男の爽やかな姿がこの場に似合わない、あまりに場違いな存在に見えたからだ。

 なおかつ、この男は俺の敵であると錯覚してしまった。


「私は真令昴しんれいすばると申します。職業は……この場合なんて言うんでしょうね……、で伝わりますかね?」


 真令昴と名乗った好青年は自らを霊能力者と言った。それがどういった職業なのかはわからない。

 それでもなんとなくわかる。その職業が幽霊に関するものだと。そして、この事件の関係者であるということも。


「霊能力者なんて知らねーよ。お前もさっきの男の仲間か?」


「さっきの男、とは果子義のことですかね。だとすればその言い方はやめた方がいいですよ? 彼はどうやら私のこと嫌っているようですから」


 不気味な声の男は果子義、と言うらしい。名前なんかどうでもいい。問題は奴の仲間が俺の前に現れたことだ。


「なんのようだ? 俺を消しに来たのか?」


 霊能力者っていうのがなんなのかはわからない。仮にさっきの果子義って奴も霊能力者だとしたら、こいつも同じく幽霊を操ってくるに違いない。


「そうですね。君は契約者と聞いていますのでね。申し訳ないが、ここで消えていただきたい」


 なんだよ! さっきから契約がどうとかなんなんだ! だがこのままだとまた幽霊を取り憑かれるかもしれない。


「ッ……!」


 やられる前にやるしかない! 俺はカバンを投げ捨てて敵の懐に飛びかかった。

 男はコートの懐に手を伸ばした。果子義と同じ手口だ!


「やらせるかよ!!」


 後一歩! 踏み出せば殴り飛ばせる。男は懐から例の紙を出すが、俺の方が早い。だから俺の勝ちだ!

 しかし、それは叶わなかった。大前提から違ったのだ。男が懐から取り出したのは、紙ではなく。


 だったのだ。


 俺はあまりに予想外なものが出てきたこと、そして拳銃という確実に人を殺せる凶器の出現に恐怖を抱いてしまった。

 男はそのまま拳銃を俺に向ける。まずい。この距離じゃ避けることなんて出来ない。

 そもそも、拳銃なんて映画のように簡単に避けれるわけない。避けたことなんてないのだから。確実に死……

 バン!! という音と共に俺は地面に倒れ……こまなかった。


「……え」


 俺はそのまま立ち尽くしていた。別に動きを止められたわけではない。撃たれたと思っていたが違った。体に痛みは全くない。

 何が起きたのか確認するべく、俺は自分の体を確かめた。どういうわけか、ずぶ濡れになっていた。俺はいつこんなにずぶ濡れになったんだ?


「撃たれたと思いましたか? いいリアクションをありがとうございます」


 真令はニッコリと笑顔を見せた。気にくわない。


「ふざけやがって!!」


 俺はずぶ濡れになったことを特に気にせず、再び動き出した。

 真令はニッコリとしたままだ。余裕、と言いたいのか。ふざけやがって。俺は再び一歩を踏み出した。しかし。

 身体が、痺れるように止まった。


「……ッ!! な、また、かよ……!」


 果子義の時と同じだ。何かに取り憑かれた。身体が言うことを聞かない。


「それ、ただの水だと思いますか? 匂いを嗅いでみてくださいよ」


 言われた通りにしたわけではないが、確かに体から匂いがしてきた。


「こう……すい?」


「正解です。知っていますか? 霊除けのアイテム専用の香水ってあるんですよ?」


 これはなんだ? 真令が言う霊除けではないだろう。霊除けだったなら、俺は取り憑かれるはずがないのだから。


「しかしそれは別です。と、言うより逆ですね。それはですね。


 そうか。だから俺は幽霊に取り憑かれているのか。


「拳銃に仕込んであったんですよ。私は霊能力者ですからね。どこに幽霊が多く彷徨ってるかなんてすぐにわかるんですよ。そんな場所でその香水を使えばどうなるかなんてわかりますよね?」


 身体が動かない。だけど。俺は動けるはずだ。さっきみたいに。もう一度!!


「動けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 瞬間、取り憑いていた幽霊が吸収された。間違いない。俺は幽霊を吸収できるんだ。


「ほう……報告にあった通りの力ですね。確かにこれではの果子義では敵わないのも納得できます」


 霊媒師という聞きなれない単語が耳に入った。果子義はそういう専門家らしい。霊能力者とは別の存在なのか。

 とにかく俺は自由になった身体を動かそうとした。しかし。

 


「な、なんで……」


 真令は再びニッコリと笑った。


「霊媒師が呼び出して取り憑けることが出来るのは1人につき1体。さらには呪文、霊紙れいしが必要。ですがその香水に呼ばれた幽霊は無理やり呼ばれた幽霊ではなく、この場に普通に彷徨っていた幽霊です。さて、1体が消えたところで結局その香水を浴びた時点で2体目が現れても不思議ではないでしょう?」


 つまり、俺がこの取り憑いている幽霊を吸収したところですぐにまた別の幽霊に取り憑かれるということか。


「果子義がそれをやっても時間もコストもかかる。しかしこの香水さえつけてしまえば、後は勝手に取り憑いてくれるだけですからね」


「く……そ」


 吸収の仕方が俺にはまだ理解できていない。なんとなく力を込めた時、その幽霊を感じた時にその力は発動している気がする。

 実際に2体目も吸収出来た。しかしその瞬間に3体目が俺に取り憑いてきたのだ。


「いやぁこれは効果絶大ですね。このままじわじわと弱らせるのもありですが」


 真令は再び拳銃を俺に向けた。


「この拳銃。オモチャとは一言も言ってないですよね?」


 あの拳銃は本物、と言いたいのか!? まずい。この状態じゃ身動きが全く取れない。このまま撃たれて、今度こそ確実に死ぬ。


「さようなら。君とは違う出会いがしてみたかったですよ」


 そして引き金が引かれ。銃声と共に。



 また別の声がした。銃声は、聞こえなかった。気がつけば俺の目の前には何者かが立っていた。

 その人物の手には2メートルほどの長い刀があった。その刀は真令が持つ拳銃を真っ二つに切り裂いていた。

 目の前人物は振り返り、俺を見た。綺麗な顔をしていて、いつの間にか吹いている風で短めの黒髪がなびいていた。

 服装はどこかの高校の制服、だろうか。男子のものだが、顔だけ見れば女の子にしか見えない。そんな美しい少年か少女かわからない人物は手を差し伸べて言った。


「大丈夫?」


 そのままその人物の手に捕まると、何やら煙玉のようなものを取り出し、実際にそれを使って煙を発生させた。

 そしてその煙に紛れて、俺たちはその場から離れた。

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