第68話怨霊編・裏その3
8月5日。夜10時。私は風香さんに指定された工業地帯へと来ていた。
両親には友達の家に泊まりに行ってくると伝えておいた。あまり心配はかけたくない。出来るだけ早く案件を済ませておきたい。
「やあ姫蓮ちゃん。待たせちゃったかな?」
そこに昨日知り合ったばかりの風香さんがふらっと現れた。
「風香さん……こんな時も制服なんですか」
「むしろ制服こそ私のアイデンティティとも言えるッ!」
腰に手をあて胸を張る風香さん。無意識なのだろうけど、そうすると胸が目立っていますよ。
「ん? 何か視線を感じるなぁ」
「そんなことより怪奇谷君にはうまく課題を与えられたんですか?」
「ばっちし! 魁斗君は明日智奈ちゃんとデートだからね」
「は、はぁ!?」
何を言ってるんだこの人は!?
「怪奇谷君と智奈がデートぉ!?」
「そんなに驚かなくてもー。そういう程だよ。実際は調査ってところ」
「な、なんだ……驚かさないでくださいよ」
「ふーん……あの2人がデートしちゃいけない理由でもあるのかな?」
風香さんはまたニヤニヤして言う。
「ち、違いますよ。怪奇谷君は別にどうでもいいんですけど、智奈がデートなんてビックリしただけです」
「智奈ちゃんも積極的だからねぇ。取られちゃうかもよ?」
「……これ以上言うと帰りますよ?」
「ふふ。帰れるもんなら帰ってみなよ」
ここまできて帰るわけないじゃない。
「……それで? これからどうするんです?」
「それは歩きながら話すよ」
そう言って風香さんは歩き出した。
「まずこの工業地帯。ここに怨霊αに取り憑かれた万邦がいる……はず。だからまずは万邦を探すことが目的だね」
「はずって……確定ではないんですか?」
「前にも言ったけど、この街には怨霊は複数いるんだ。初代怨霊を抜きにしても確認されているのは3体。しかもその3体からも分離した怨霊が複数いる。そんなにたくさんいて、ここにいる怨霊が目標だとは限らないんだよ」
確かに必ずしも目的の怨霊がここにいるとは限らない。だとすればすでにここはもぬけの殻という可能性もある。
「そもそもその情報とはどこで得たものなんですか?」
「それは私たちのコミュニティの中からだね。そういうのを調べてくれる人もいるんだよ」
そう言って風香さんは立ち止まった。
「ここは……」
目の前には大きな工場があった。よく見ると入り口が開いていることに気づく。
「そ。ここだね」
風香さんは入り口に近づいて腕を出し、そのまま立ち止まった。何もしていないように見えて何かしている。そんな気がした。
「うん。ここに怨霊が来た痕跡があるね。中に入ってみようか」
除霊師とはそんなことまでわかるんだ、と感心した。
「来遊市ってすごいよね。北は工業地帯。南は大自然。西は街全体が発展してる。東には遊園地だったり観光施設がある。1つの街にこんなに色んな物があるなんてねー」
あまり考えたことはなかったが確かにその通りだ。この街には色々な物がある。そして特殊であると。
「この街を作った人はさぞ嬉しいだろうねー」
「どうでしょうね。案外嫌がってるかも。こんなに色々作るなって」
そんな無駄話をしていた時だった。突然、目の前に作業員と思われる人物が姿を現した。
「……!」
問題なのはそこじゃない。明らかにその作業員は様子がおかしかった。体を真っ黒なオーラが纏っていた。そして言葉もうまく話せないようだった。
作業員はこちらを見て動きを止めた。
「ぐ……あ、ガ……コロ、ス!」
作業員はまるでゾンビのように体を動かし、こちらに向かってきた。どうする? 私は何も出来ない。この場で出来ることは……
「じょう・じょう・おん・じょう・じょう」
風香さんが腕を前に出し何かを唱えた。その瞬間、こちらに向かっていた作業員の動きが止まり、その場に倒れた。
「ふぅ。大丈夫? 姫蓮ちゃん」
あまりに一瞬の出来事で少し驚いてしまった。
「ええ。大丈夫です。それより今のは……」
「うん。怨霊だね。おそらく怨霊αが取り憑けたんだと思う」
今の真っ黒なオーラを放っている存在が怨霊であると。
「この人の場合は暴走、かな。もしかするとこういう人がこの先にもいるかもしれないね」
「さっきのは? もう祓った、ということですか?」
「そうだね。この程度なら私でも余裕だよ。さっきのは呪文だよ。あれ、唱えないとダメなんだよねー。可愛くないからあんまり好きじゃないんだけど」
あの不思議な言葉は除霊時に必要な呪文だったんだ。まるで魔法みたいだ。
「それじゃあこの先も気をつけないと……」
そう言って風香さんは一歩前に踏み出した。その時だった。
上空から謎の爆発音が聞こえた。
「……ッ! 姫蓮ちゃん!! 危ない!!」
「え?」
そう言って風香さんは私を後ろに押して倒した。何が……そう思った目の前に、
「え? 何が……」
私の目の前には巨大なドラム缶の姿があった。道を完全に塞いでおり、今ここには私とさっきの作業員しかいなかった。
「ふっ風香さん!」
そうだ、風香さんは? 彼女は無事なのか?
「なんだ、お前らは?」
今度は真後ろ。そこから低い男の声がした。私はゆっくりと振り返る。
そこには上下青いジャージを着た男がいた。髪はボサボサしていて表情も暗い。目の下には隈ができていた。見た目といい少なくとも、ここの作業員ではない。そう断言できた。
「姫蓮ちゃん……! 無事……!?」
ドラム缶の向こう側から風香さんの声が聞こえる。よかった。無事だったんだ。
「……? そうか。お前が富士見姫蓮か。探す手間が省けた」
男は冷たい目を私に向けた。今のセリフ。それで私はこの男の正体を掴んだ。
「なるほどね。あなたが万邦ってことでよろしいのかしら?」
男は眉をピクッとあげた。
「俺のことを知っている……? そうか、なら話は早い。俺と一緒に来い」
「嫌だ、と言ったらあなたはどうするのかしらね」
男……万邦は表情を変えることなく懐に手を入れた。そこから刃物を取り出した。
「別に殺しちゃダメとは言われてないからな。殺したっていいんだよな?」
「そうね。殺せるものなら殺してみなさい!」
私はそのまま真っ直ぐ走った。万邦は表情こそは変えなかったが、困惑はしていたみたいだった。
「バカが」
万邦は走る私に向かってそのまま刃物を私の腹部へと差し込む。激痛が走って血が大量にでて、私は意識を失う……それが普通だと思う。
私が普通だったらの話だけど。
「残念でした」
私はそのまま万邦の背中に回り、足を蹴って倒した。万邦は状況が理解できていないようだった。
万邦を放置し、そのまま来た道を走り始めた。風香さんも気になるけど今はここから離れることを優先するべきだ。
私は入り口には戻らず、別の方向へと向かった。遠回りして風香さんと合流するつもりだった。
すると、電話がかかって来た。
『姫蓮ちゃん? 無事? 生きてる?』
風香さんだった。
「私が死ぬと思ってるんですか?」
『そうだったね。でもちょっと焦っちゃったよ。今どこにいるの?』
私は遠回りしていることを伝えた。さすがにもう追ってこないだろうと思い一旦足を休める。
『わかった。私も先に進む。でも気をつけてね。いくら不死身とはいえ怨霊に取り憑かれるって可能性もあるんだから』
確かにそれは考えたことはなかった。今この状態で怨霊に取り憑かれた場合、どうなるのだろうか。
『とにかく合流地点を決めよう。エリアC。ここで待ち合わせね。イレギュラーな出来事があれば連絡が取れ次第連絡するってことで!』
「わかりました。風香さんも気をつけてください」
『なに言ってんのー。私は超ウルトラ可愛いビューティーな……』
聞かなかったことにし、私は通話を切った。よし、まずは合流地点へと向かおう。
さっきの男。彼が万邦なのは間違いない。しかし妙な違和感を感じていた。それは作業員との違いだ。作業員は意識を保てていなかった。それに比べて万邦は通常の状態に見えた。
「やっぱり、万邦に取り憑いているのは怨霊α。そして万邦は取り憑かれても平気な体質ってことね」
考えはまとまった。すると目の前にエリアBへの入り口があった。
「まずはここを通り抜けないとダメってことね」
私はそのままエリアBの中に入った。道は一本道で全てが壁に覆われていた。
「まるで秘密基地ね」
そもそもここはなんの工場なんだろう。来遊市の工業地帯にある工場で何が作られているのか、小学校で学んだ気がするがあまり覚えていない。
「ここは……?」
ひらけた場所に出た。ここがエリアBなのだろうか?
「そういやそうだったな。お前は不死身、らしいな」
声がした。しかし近くからではない。スピーカーだ。別の場所から話しかけている。そしてこの声は先程聞いた声だ。
「万邦。あなたの目的はなに?」
おそらく監視カメラか何かで私を見ているのだろう。
「俺の目的? そんなことをお前に言っても仕方ないだろ? 大人しく捕まれ」
「気にくわないわね。何がって私のことを
ここで万邦と話していても仕方がない。しかしこのパターンでいけばエリアCでも同じ目にあうのでは?
「少し、試してみるか」
何か仕掛けてくる? 私は構えようとした。その時、腹部に刃物が刺さったままだったことに気づく。それを抜いてズボンのポケットに入れた。その時だった。ピーっと謎の起動音が響いた。
次の瞬間、エリアBが、
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