第44話ティーチャー編その10

ティーチャー編その10

 同志先生の部屋へと上がらせてもらった。一軒家だが、他には誰も住んでいないらしく、1人暮らしのようだ。

 家具なども必要最低限の物は置いてはあるのだが、あまり使われていない様子だった。

 そのまま俺たちはリビングへと案内された。


「ところで貴方達。私は夜ご飯食べるけど、何か食べる?」


 ふと、そんなことを言われた。考えてみれば腹が減ったような気がする。


「わぁ! 食べたいです!」


 冬峰も同じように思ったのか手を上げて声を上げる。


「ど、どうしましょう……魁斗先輩……」


 智奈はソワソワしている。きっと智奈も腹は減っているのだろう。


「じゃあいただきます。先生何作るんですか?」


「そうね……コロッケでもどうかしら?」


 コロッケか。最近食べてないな、など考えていると余計に腹が減ってきた。


「いいですね! 期待してますよ」


「はいはい、これは頑張らないとね」


 そう言って同志先生はキッチンへと向かう。


「ああ見えても辰巳は料理はうまいんだよ」


 ボクが誇らしげな表情をして言った。ここで違和感を感じた。


「あれ? オジサンは?」


 なぜか目の前にはボクしかいなかった。


「オジサンは辰巳に付いてるよ。その間に僕が君達の話し相手になってあげようってね」


 なるほど、そういうことだったか。


「ならさっそく質問だ。指導霊ってのはずっとくっついてないといけないってわけではないのか?」


「そうだね。憑いている間は基本その人間からは離れられないみたいだね。半径5m以内なら行動できるみたいだよ」


 ある程度なら離れることができるということか。


「もし離れられなかったら僕とオジサンは辰巳のトイレやお風呂にも付き添うことになるわけだしね。僕は一向に構わないんだけどね」


「あー、ボクくんえっちだねー」


 冬峰がボクをいじる。まるで弟と遊んでいるみたいだ。その考えに一瞬冬峰の気持ちを考えてしまった。


「……」


 冬峰も、生きていたころはこんな風に弟と遊んでいたのだろうか?


「なあ、答えたくなかったら答えなくてもいいんだけどさ」


 俺は聞いてみたいことが思い浮かんだ。


「なんですか?」


「その、君は子供の時に死んだのか?」


 冬峰がこの歳で死んで幽霊になったのなら、ボクもそうなのだろうか? そう思ったのだ。


「いや、違いますよ?」


「え?」


 違う、という答えは予想外だった。


「少なくとも僕は30代後半で死んだんですよ。なんで子供の姿なのかはわかりませんけどねー」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。そんなことあるのか? それに記憶はないんじゃ……」


「記憶喪失ってわけではないんですよ。一部の記憶がないってだけで、覚えていることは覚えていますよ」


 記憶喪失ではない。覚えていることは覚えている。なんだか不思議なことだらけだ。

 そんな疑問を抱きながらボクと会話をしていたら、キッチンから食欲をそそるいい匂いがしてきた。


「はーい。出来たわよー」


 同志先生が出来上がったコロッケを持ってきた。揚げたてでとてもいい匂いがする。


「わお! これはなんと素晴らしい……!」


「美味しそうです……」


 冬峰も智奈も待ちきれないといった表情をしている。俺も同じだ。

 それではさっそく出来たてほやほやのコロッケを頂くことに。


「いただきます!」


 特製ソースと書かれたボトルを手に取る。お店で売っているものではない。これは、一体??


「あ、それ私が作ったんだ。よかったら使ってみて。嫌だったら市販のやつ使ってね」


 なんと同志先生の手作りだった。興味があったので俺は特製ソースをコロッケにかける。ソースの匂いがさらに食欲を増す。さっそく一口いただいてみた。


「……!」


 う、うまい。なんだこれは。ソースももちろんだが、コロッケもかなりうまい。出来たてということもあり、かなりサクッとしている。そして内側はホクホクとしている。こんなにうまいコロッケを食べたのは初めてかもしれない。


「同志先生さん! これ! 美味しすぎますよ!!」


「ほ、ほんとに美味しい……」


 2人も同じ気持ちのようだ。目が輝いている。


「ほ、ほんと? 嬉しいな」


 褒められて照れる同志先生。しかしここまでの美味しさとは思わなかった。このソースになにか秘密があるのか??


「めちゃくちゃうまいですよ。先生、もしかするとプロの料理人とかになれるんじゃないですか?」


「はは。私は、そんなものにはならないよ……」


 今、一瞬だが何かを思い浮かべたのか、暗い表情をしていたような……?


「それで? ボウズたちはいつまでここにいるんだ? まだ何か用あんのか?」


 オジサンがそう言った。聞きたいことはまだたくさんあるが、実際に元々の目的は解決していた。

 同志先生が喋っていた相手は指導霊だった。しかしそこから生まれたのは新たな問題だった。

 なぜ、見えないはずの指導霊が見えるようになったのか。


「あ、その……いいですか……?」


 智奈が恐る恐る声を出した。何か、聞きたいことでもあるのだろうか?


「なんだ? まだ何かあるのか? ならいいんだけどよ」


「生田さん。聞きたいことがあるなら聞いていいよ。もう、誤魔化せないしね」


「は、はい……その……」


 智奈は同志先生を見ずに言った。


「先生は……どうしてアイドルをやっているんですか……?」


 指導霊が見えるという事実も気になるが、それ以前に同志先生自体のことも気になっていた。

 学校の非常勤講師でありながら、夜な夜なこっそりとアイドル活動を行なっていた。確かに謎であり、気になる部分であった。


「そうね。これももう隠せないもんね」


 同志先生は覚悟を決めたかのように、真っ直ぐと智奈を見る。


「アイドルは私の夢の出発点なの」


 同志先生のその目は、真剣そのものだった。

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