第31話ポルターガイスト編その9

ポルターガイスト編その9

 恐怖を感じた。当然の感想だと思う。突然人体模型と骸骨に襲われて驚かない奴がどこにいるというんだ。


「な、あ、開かねぇ!!」


 俺はとっさにドアを開けようとするが、ドアは無情にも開かない。


「ちくしょう!! く、くるなぁ!!」


 俺は襲ってくる骸骨を蹴り飛ばす。その隙に反対のドアに向かって走った。

 しかし、人体模型が前に立ち塞がる。想像以上にスピードが速い。


「クソッ!」


 身構えると同時に、背後からいつのまにか起き上がった骸骨が俺の体をがっちりと抑えてしまう。


「この! は、離せよ!!」


 俺は無作為に暴れてみるが意外にも力が強い。全く腕が解けない。


「落ち着け!! こいつらも騒霊だ!! アンタの能力で吸収できる!!」


「……ッ!!」


 ヘッドホンに言われハッとする。なにを焦っていたんだ。こいつらも騒霊ではないか。ならやるべきことは1つだ。


「大人しく……しろ!!」


 俺は骸骨の肩を掴んだ。騒霊が消えた骸骨は一瞬で大人しくなった。

 たがもう1人。すぐにターゲットを人体模型に定める。進んでくる人体模型を1発殴り、倒れたところを狙い吸収する。


「はぁはぁはぁ……お、驚かせやがって……」


「全く。あんなんでビビるなよな」


「なんだと? お前もさっきビビってたじゃないか!」


「ん? なんのことかな? きっとポルターガイスト現象だ」


 俺はゆっくりと廊下に出る。正面のガラスは全部割れている。姉ちゃんがいた教室はここから見て右側だ。しかしそう簡単にはいかない。


「ガラスが割れ始めたのは右側だ。こっちには来るなってことか」


 ここは少し遠回りをした方がいいかもしれない。


「ヘッドホン。とりあえず確認するけど」


「なんだい?」


「騒霊は1匹じゃないな」


「今更だな。まず取り憑けるのは1つだけだ。あの上履きを見ればわかるだろ?」


 その通りだ。元々1匹だけではないと思っていたが、あまりにも数が多すぎる。全校生徒全員分の上履きに取り憑けるほどの数がいるんだ。


「くそ……この学校には何匹いやがるんだ」


「アンタの姉ちゃんのことも気になるしな。奴ら、もしかすると姉ちゃんのとこに行かせないようにしてるのかもしれないな」


 ヘッドホンの言う通りかもしれない。ここの騒霊達は俺たちを姉ちゃんに近づけないように邪魔をしてる可能性がある。


「待ってろよ姉ちゃん!」


 俺は階段を登る。中間まで登ったところで、妙な音に気づいた。


「……? なんだ、この音……」


 ピアノでもなく、車でもないまた新しい音がする。雨にも似たようなこの音。勢いよくその音は鳴り続ける。学校に行けば聴いたことは間違いなくある音だ。


「水道の音……? ってまさか!!」


 気づいた時には遅かった。大量の水道水が入ったバケツが階段の上から降ってきた。避ける間も無く、俺はずぶ濡れになる。


「こ、このやろう……!!」


「あ〜アタシ壊れちゃうよ〜」


 俺は急いで階段を登る。途中、バケツなり色々な物がぶつかってきたが気合で乗り切る。


「着いた!!」


 やっと3階にたどり着いた。それと同時に最後のバケツが俺の顔に覆いかぶさった。視界が一気に真っ暗となった。


「な、ちょっとアンタ! 前見えない!!」


「なっ……! このバケツの分際で!!」


 俺はバケツを掴んで吸収する。そしてそのまま投げ捨てた。


「ピアノの音……この先か!」


 おそらく音楽室から鳴り響いているのは間違いないだろう。途中で邪魔されるのはわかっている。

 だから出来るだけ邪魔をされないように、俺は全速力で音楽室に向けて走る。


「うおおおおおおおおおおおお!!!!」


 走った。とにかくひたすらに走った。これが昼間だったら間違いなく学校の先生に注意されているだろう。

 そんなことを考えていたら案の定邪魔が入った。だが俺の想定していた邪魔とは程遠かった。

 まず教室のドアが先ほどと同じように廊下側に倒れていく。そこまではまだいい。問題はその後だ。教室から次々と机、椅子、チョーク、黒板消しなどが飛び出して俺に突撃してきたのだ。


「まてまてまて!! さすがに数が多すぎる!! てゆうか痛え!!」


 チョークとかはまだしも、机と椅子に関してはシャレにならない。身体中に激しい痛みが走る。


「おい! 後ろ!!」


 ヘッドホンの声に気づき、俺は後ろを見る。再び水が入ったバケツがこちらに向かってきている。さらには濡れた雑巾も大量に狙いを定めていた。


「ふっ……ここが最終防衛ってわけか……」


「カッコつけてないでどうにかしろ!!」


 ヘッドホンに怒鳴られ、俺は机を1つ奪う。その机を盾のように持ち。


「そこを、どけぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 盾を構える騎士のように突進する。椅子程度ならこれでなんとか撃破出来る。

 途中、なんども後ろから水なり雑巾がぶつかってきたが、構ってはいられない。


「く、ぐぎぎぎぎ」


 さすがに机が何個も前に立ち塞がると突破は難しい。そこで俺は今持ってる机を捨て、立ち塞がる机を奪い取る。そしてその机で再び先に進んでいく。


「おお! 調子いいじゃん!! そのままいっけ〜!」


 何度も何度も繰り返した。繰り返すうちにやっと音楽室にたどり着いた。

 ドアが開かなかったが、原因である取り憑いてる騒霊を吸収。後に机を叩きつけて無理やりこじ開ける。

 そこには、不気味な光景があった。誰も使っていないピアノがひたすらに鳴り響いていた。そして、窓から外を見ている姉ちゃんの姿があった。


「……姉ちゃん」


「……」


 俺の声に気づいたのか、姉ちゃんはこちらを見る。その瞳は曇っていた。決して姉ちゃんがしないような目つきだった。あの優しい瞳はしていなかった。


「姉ちゃん。今助けてやる」


 ドアの外が騒がしい。巻いた騒霊達が再び迫ってきている。俺は急いで姉ちゃんに近づこうとした。

 その時、ピアノの椅子が突然ぶつかってきた。


「ガッ……!」


 俺は不意をつかれ、窓側に吹き飛ばされる。頭を強く打ち、少しふらつく。しかし俺はすぐに顔を上げた。そこには信じられない光景があった。

 ピアノが起き上がり、俺の方に倒れようとしていた。まずい。このままでは近くにいる姉ちゃんも巻き込まれる。それだけは回避しなければならない。

 俺はすぐに姉ちゃんの方に飛びついた。姉ちゃんは全く動じずに俺に押し倒された。

 その結果、ピアノに押しつぶされるという悲劇は避けることができた。


「……っ! いてっ……」


 よく見れば俺の足は間に合わなかったようだ。ピアノの下敷きになっている。痛みがじわじわと伝わってくるが、俺はとにかくピアノに取り憑いてる騒霊を吸収する。


「姉ちゃん!」


 そして俺はすぐに姉ちゃんの腕を掴む。やはり取り憑かれている。それも騒霊だ。しかし他の騒霊とはなにか違うような……?


「……! と、とにかく!」


 考えていても仕方がない。俺は姉ちゃんに取り憑いてる騒霊を吸収した。

 その時だった。あれほど騒がしかった騒霊達が、一瞬で大人しくなった。


「……なんだ?」


 廊下からは全く音がしなくなった。よく見れば騒霊達がどこかに飛んでいくのが見えた。なぜだ? なぜ急に逃げ始めた??


「ん……んん……」


 耳元で微かに声が聞こえた。姉ちゃんが気づいたみたいだ。


「……! 姉ちゃん!! 大丈夫か⁉︎」


 姉ちゃんは虚ろな目をしている。まだ状況が理解できていないのだろう。


「か、魁斗……? ち、近いよ……」


 少しだけ恥ずかしそうにしている姉ちゃんを見て気づいた。俺は姉ちゃんに馬乗りになって抱きしめている状態だった。


「ごごごごめん!!」


 俺はとっさに起き上がろうとしたが、足が挟まれて起き上がれない。再び姉ちゃんの顔が目と鼻の先に近づいた。


「魁斗……? あ、足が!!」


「あ、あはは……大丈夫だよ」


「どういうことなの? この状況は一体……? ううん、それよりも……」


 姉ちゃんは俺の足を挟んでいるピアノをどかそうと、細い腕で力を込めた。何度か繰り返し、やっとピアノをどかすことが出来た。足は痛むがゆっくりと立ち上がる。


「ありがとう姉ちゃん」


「魁斗……これは……どういうことなの?」


 姉ちゃんは何も理解出来ていなかった。それは当然だ。だから何が起きたか、そしてその原因を説明する必要がある。

 姉ちゃんが騒霊に取り憑かれていたこと。そして夜中に家を出てポルターガイスト現象を引き起こしていたことを。


「……そう。私が、犯人だったんだね」


 黙って話を聞いていた姉ちゃんは悲しそうに呟く。無理もない。ここ最近騒がれていた噂の原因が自分だと分かれば。


「違う。姉ちゃんは悪くないんだ。悪いのは取り憑いた騒霊だ」


 俺は姉ちゃんを必死に庇うが、納得はしていないようだ。


「そうかもしれないけど……私が取り憑かれなければよかった話でしょ」


「……っ! 違うって言ってるだろ! 姉ちゃんは悪くないんだって! なんだってそうやって自分のせいにするんだ!」


 こういうところは昔から変わっていない。姉ちゃんはなんでも自分のせいにする。


「……ふふ」


「……? なんで笑う」


「恵子にも怒られたよ。姉ちゃんは自分のせいにしすぎだって。魁斗にもおんなじこと言われちゃった」


 姉ちゃんはどこか嬉しそうだった。


「恵子だって、姉ちゃんのこと心配してるんだ。……俺以上にな」


「……」


 突然黙りこむ姉ちゃん。


「どうしたんだ?」


「いや、ううん。1つ納得がいったことがあってね」


 納得? なんのことだ?


「前に夜中にパッと目が覚めたことがあったの。そしたらなぜか玄関にいたんだ。なんでかなーってずっと思ってたんだ。きっと、私が取り憑かれていて帰ってきた後だったからだったんだって」


「姉ちゃん……」


「ねえ魁斗。ちょっとお話ししてもいい?」


 黙って頷くと、姉ちゃんは語り始めた。


「魁斗は取り憑かれたのは私のせいじゃないって言うけど、取り憑かれた原因としては私も悪いんじゃないかなって思うの。新競技場のこと。私はすごく賛成してるけど、ちゃんとそれにも意味はあるんだ」


 姉ちゃんは窓の外に目を向けた。そこから映る景色は、とても美しいとは言い難い景色だ。しかしそれでも風情を感じることはできる。


「ほら、この辺りって田舎でしょ? 人も少ないし、幽霊の噂とかも多いからね。世間からはいいイメージはあんまりないんだよね。私はそんなことないと思うんだ。ここはいい街だよ。自然も豊かだし、人もいい人ばっかり。だけどそれだけじゃ伝わらないんだよ。だから実際に人に来てもらう必要がある。だから私は新競技場に賛成したんだ」


 姉ちゃんは静かな声で語る。


「さっき自然も豊かって言ったじゃないかって思うかもしれないけど……うん、確かにそうだよ。新競技場を作るっていうことは自然を減らさなければならない。それはわかってる。でも現状のままではいけないと思うんだ。何かを変えないと先には進めない。私はそうでもしないとここの良さは伝わらないと思うんだ」


「何かを変えないと先には進めない、か」


 姉ちゃんの言葉が胸に刺さる。なぜだろう。一体何に対して俺は反応したんだろう。


「でもね、やっぱり反対派の意見もよくわかるんだ。だから時々すごい迷っちゃってね……ほんとにこれでいいのかな? とか。……幽霊ってマイナス思考な人に取り憑きやすいんでしょ? だから私にも問題があるのかなって」


 姉ちゃんの感情はよく理解できた。迷いが足枷となり、マイナス思考が増えてしまった。それも幽霊に取り憑かれる原因の1つでもあるかもしれない。


「だから私も、ちゃんと先に進まないとね」


「姉ちゃん……」


「だから、案外取り憑かれて良かったのかもね。私もこれで迷わないで決心できたよ」


 姉ちゃんは迷っていたんだ。本当に新競技場に賛成していいのか。

 でも今回の出来事でその迷いは吹っ切れた。彼女の表情から強い意志を感じ取ることができた。


「姉ちゃんはすごいよ。そこまで考えられるなんてな。俺とは程遠い。尊敬するよ」


「あ、ありがと。でも、魁斗もすごいよ? こうして私を助けてくれたんだしね。魁斗、ありがとね」


 姉ちゃんは照れ臭そうにニッコリと笑ってくれた。そうだ。俺は姉ちゃんのこの笑顔を覚えている。やっと、取り戻せたんだな。

 ひとまず、これでポルターガイスト現象は解決した。そのはずなのだが……


「本当にこれで終わりか……?」


 なんだかモヤモヤする。まだ何か。何かを見落としている気がする。


「ところで魁斗」


 考えている中、姉ちゃんはふとこんなことを言った。



「……あ」


 ここは鹿馬中学だ。もちろん廃校の学校ではなく、現在もある学校だ。それをこのまま荒らしたままにしておけるのか?


「はぁ、大掃除の始まりだな」


 心のどこかに疑問を抱えたまま、俺達は真夏の真夜中。最後の大掃除を開始した。

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