第30話ポルターガイスト編その8
ポルターガイスト編その8
真夜中。夏の夜。少しだけ涼しげな風が吹くこの夜道を俺は走っていた。場所は決まっていない。ただ走っていた。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ!」
「ちょっとアンタ! ちゃんと考えてんの⁉︎ 闇雲に走っても仕方ないでしょ⁉︎」
まさか窓から飛び降りるなんて。いくら取り憑かれているとはいえそんなことまでするとは。
「わかってるさ! 大体検討がつきそうなとこをひたすら探す!」
ただこれではっきりしたことがある。
「とりあえずはあそこだ!」
まずは最初に出会った場所。姉ちゃんたちが新競技場の入り口を考えていたあの場所だ。
俺は走る。走り続ける。虫たちの鳴き声が聞こえる。とても心地がいいはずなのに、今はそれが不快にしか感じなかった。
「はぁ、はぁ」
息が切れる。今日ほど運動しておけばよかったと後悔した日はない。
「い、いない……」
ここには姉ちゃんの姿はない。どこだ。どこにいる?
「クソッ! もっと早く気づいていれば」
もしかすると心のどこかで、それはない、と思っていたかっただけなのかもしれない。まさか本当に姉ちゃんが……
「アンタ!」
ヘッドホンが叫ぶ。それと同時に気づく。虫たちの鳴き声。それに混じってなにか聞こえる。
音だ。鳴き声とは違う。間隔をあけて鳴り響くその音は、聞き覚えのある楽器音だった。……ピアノだ。ピアノの音が聞こえる。こんな夜中に。一言で言えば、不気味だった。
「こっちか!」
ピアノの音が聞こえる方向へと向かう。この近くでピアノを弾けるのは、鹿馬中学だけだ。
「こ、ここか……!」
ピアノの音は未だに聞こえる。間違いなくこの学校から弾かれている。
当たり前だが、真夜中なので学校は閉まっている。それでもやらねばならない。俺は覚悟を決め、校門を乗り越えた。よじ登ってそのまま飛び降りる。地に足を付けたその瞬間だった。
真横から車が突撃してきた。
「……なっ!!」
「アンタ!! 避けろ!!」
俺は間一髪で避けることができた。なんだ? 今なにが起こったんだ? なんで真横から車が走ってきた??
「アンタ!! ぼうっとするな!! あの車よくみろ!!」
ヘッドホンに言われてようやく気づいた。車を運転する際に必ずなければならない存在がいないことに。
「……っ!! 騒霊か!」
車のすぐそばにうごめく
「この野郎!!」
俺は車の方へと走った。騒霊はこちら気づいたのか、車を勢いよく発進させる。そのままスピードを上げてグラウンドに向かって走っていった。
「おい! どうなってんだ!! なんでここに騒霊がいる⁉︎」
「なんでって、あいつが犯人なんだろ!」
「じゃあ、あのピアノはなんなんだよ!!」
わけがわからない。そもそも、なぜあの騒霊は俺を狙った? 騒霊は本来人は襲わない。やつらに目的は無い。やることはイタズラだけなのに。そんなことを考えていた。
突然、ガシャンと音が響き渡り窓ガラスが一枚割れた。
「な、なんだ⁉︎」
教室の端、1階の窓だ。そこが突然割れたのだ。中の様子が少しだけ見えた。実験用具などが見えることから、おそらくあそこは理科室だろう。
「お、おい!! アンタ!! あそこみろ!!」
ヘッドホンが再び叫ぶ。
「あそこってどこだよ!!」
「あーっ!! 3階!! 右側の!!」
ヘッドホンに指摘された場所を見る。そこには。
「姉ちゃん……?」
姉ちゃんの姿があった。窓は開いており、そこからピアノの音が鳴り響いていた。
「な、なんだよ。やっぱり姉ちゃんがあそこに!」
姉ちゃんは俺に気づいていない。やはり様子がおかしい。俺は急いで校内へと向かう。しかし思わぬ障害があった。
校内に入るや否や、下駄箱が全部倒れていた。
「な、なんだこれ……」
「チッ、騒霊のやつら。どういうわけか知らんけどアタシらを中に入れたくないみたいだね」
「上等じゃねぇか……! これぐらいで諦めると思うなよ!」
俺は崩れた下駄箱を乗り越えようとする。しかしその時だった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
俺は下駄箱か起き上がる勢いに吹き飛ばされた。思いっきり地面に叩きつけられたので体が悲鳴をあげる。
「アンタ!! 避けろ!!」
ヘッドホンに言われた時には遅かった。下駄箱から上履きが飛び出して、一斉に飛んできたのだ。なんとも異様な光景だった。
俺は無様にも全ての上履きの流れ弾をくらい、外へと吹き飛ばされた。
「がっ……! いってぇ……」
「これは、前代未聞だな」
全くだ。全校生徒の上履き全てに突撃されて外へと吹き飛ばされた人間なんて俺1人だけだろう。
「へっ……おもしれぇ……なんどでもぶっ飛ばしてみろよ!!」
俺は全力で走った。上履きは阻止しようと一斉に突撃してきた。
だが所詮はたかが上履きだ。大したことはない。勢いに任せて進めば大丈夫だ。
「がががが……い、いてぇよ! お、おいアンタ!! これアタシにも当たってんだよ!!」
「うるせぇ! 俺も痛いんだよ!! 我慢しろー!!」
全ての上履きがさらに勢いを増して俺を囲む。なるほど、突撃はやめたということか。
「囲まれたぞ」
「わかってる。でもだったら……」
俺は目の前に手を伸ばす。たまたま掴んだ上履きを力強く握る。
「吸収するまでだ!!」
満を辞して自身に秘められた力を使う。ゴーストドレイン。幽霊を吸収できる能力だ。
能力を使うには幽霊が憑依している状態であること。そして幽霊が表に出ている時だ。この場合は騒霊は上履きに取り憑いている。そしてその上履きを掴むことで騒霊を吸収することができるのだ。
「よし!! この調子で!!」
「いやいやよく考えろ! この数全部相手にするつもりか⁉︎」
わかってる。全部は無理だろう。だが所詮は上履きだ。ある程度数が減れば簡単に切り抜けることが出来るはずだ。
「お前ら!! 黙って俺に道を開けろ!!」
俺は次々と上履きを掴んで吸収していく。上履きもただ囲んでいるだけではなく、たびたび俺に攻撃を仕掛けてくる。
「ひゃ〜! この図は側から見れば上履きと戯れている変態の絵になるな」
「お前もそんな冗談言ってないでフォローしろ!!」
「はいは……ん? や、やばい!! 避けろ! あー!! 間に合わない!!」
「へ?」
音がする。ピアノの音ではない。具体的には、なにかがこちらに向かってくる……地面をガタガタと走り続ける機械音がする。先程も聞いたな。
つまり、さっきの俺を引き掛けた車だ。車は容赦なく上履きを巻き込んで俺に突撃した。
「ガハッ!! このっ!! とまれっ!!」
俺はタイミングを見計らってボンネットの上に乗った。車には誰も乗っていない。明らかに異常な光景だ。
それでも動きを止めない車を大人しくさせるため、俺は手をボンネットにかざした。すると車は何事もなかったかのように急停車した。その勢いで俺は地面に落とされる。
「あ、あぶねぇ……さ、サンキューな」
「礼はいい! 見ろ! 上履きが気絶してる! 今なら行けるぞ!」
ヘッドホンの言う通りだった。しかし、上履きが気絶してるという単語はそれだけで聞くと意味不明だ。
俺は立ち上がり校内へと向かう。再度倒れた下駄箱と対面する。これの対処は簡単だ。
「よし、これでいい」
下駄箱に触れて吸収する、これで下駄箱が起き上がる心配は無くなった。
「最初から気づいていればよかったのにな」
と、後ろから上履きが吹っ飛んできた。数は少ないが明確に俺を狙っている。
「やばい、少しずつ動き出した。さっさと進もう」
俺は今度こそ下駄箱をまたいで廊下へと進む。
「よし、階段は……」
階段は廊下側の左側にあることがわかった。おそらく反対側にもあるのだろうが、今は近い方から進むべきだ。
確認したと同時に、音がした。先程聞いたガラスが割れる音だ。反対の方向からガラスが1枚ずつ割れていった。どんどん近づいてくる。このままだと破片が飛び散ってくる!
「や、やべぇ!!」
俺は急いで階段の方へと走っていった。教室の横を通り過ぎた。
その瞬間、突然後方のドアが目の前に倒れた。横に開いたのではない。廊下側に倒れてきたのだ。俺はそれに驚き一瞬動きを止めてしまった。
まずい、このままではガラスに追いつかれる。俺はとっさにドアの倒れた教室へと入った。
「あ、あぶねぇ……」
同時に、俺のさっきまで立っていた所のガラスが割れた。あそこで戸惑っていたら間違いなくガラスの破片の餌食になっていただろう。
「ひやひやするな……くそ〜騒霊のくせに生意気だ!」
「まあ落ち着けって。とりあえずは先に……」
教室を出ようとした時だった。倒れたドアが起き上がったのだ。俺はドアの先端を踏んでいたため、またまた吹き飛ばされた。
「がっ……! あー! もういい加減にしろよな!」
「まあ落ち着けって。とりあえずはあのドアなんとかしろよ」
ヘッドホンが俺の喋り方を真似していった。くそ。からかいやがって。
「ドアのくせに!」
俺はドアを開けようと立ち上がった。すると、カチッとなにか音がした。
「なんだ?」
俺はその音がした方を見る。よく見ると、この教室。実験道具などが置いてあった。つまりは理科室だ。そういえば、さっき理科室の窓が割れなかったか? あれは一体??
「おい」
「なんだよ?」
「あ、あれ……」
ヘッドホンがらしくない声を出す。その理由は俺もすぐわかった。
さっき窓が割れたのは外から騒霊がこの理科室に入ったからだと考えられる。
そして問題はその騒霊がなにに取り憑いたかだ。その正体はすぐにわかった。
人体模型。そして骸骨。これが俺たちに襲いかかってきた。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
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