第29話ポルターガイスト編その7

ポルターガイスト編その7

 結局、有用な結果は得られなかった。富士見も恵子からも手掛かりになるような情報は得られなかった。

 俺たちは昼を済ました後も調査を続けたが、これといって新しい情報は手に入らなかった。そのため、本日はここまで。

 さて、そうなれば次の問題が浮上する。一度戻るかこのまま泊まっていくかだ。姉ちゃんの提案もあり、今日は俺と富士見含めて奏軸家に世話になることになった。


「へぇーステキなおうちね」


「そんなことないよー。富士見さんの方が10倍ステキだよー?」


「お姉様。それを言うなら100倍ステキと言ってくれないと私は喜びませんよ」


 それに確かめる必要もあった。姉ちゃんが実際に取り憑かれているのだとしたら、恵子の言う通り夜中に活動する可能性が高いからだ。


「アンタ、なんで触らないんだよ」


「そ、そう言われてもな。ただ触れるんじゃ意味ないんだよ。ちゃんと手を握らないと確かめられないんだ」


 そんな恥ずかしいことが今更できるか。それに今日の夜にはっきりするのだから。


「ね、ねえ」


 すると恵子が近くに来てヒソヒソと話し始めた。毎度のことなのだが、ヘッドホンの声が聞こえていないかが心配だ……


「なんだ?」


「姉ちゃんになにか話した?」


「なにか? 俺がここに来た理由なら話したぞ。あー大丈夫だ。姉ちゃんが取り憑かれているかもしれないって話はしてないからな」


 恵子はそれを聞いて安心したのか胸をなでおろす。


「よかったー。姉ちゃんなんか他には言ってた?」


 俺は姉ちゃんの言葉を思い出す。恵子のこと、ちゃんと考えろと。

 恵子は俺のことを覚えている。だとしてもだからどうしろというんだ。今の俺になにができる? そもそも恵子は俺になにも求めていないじゃないか。


「あー、まあちょっと昔話をしたぐらいだな。後は特になにも」


「そっか」


 正直、聞こうか迷った。恵子に直接聞けば早い話なのだ。俺のこと覚えているのか、と。

 でも、聞けなかった。なぜだかわからないがその勇気が出なかった。


「さあー今日の夜ご飯は豪勢にいくよー」


「あ、私手伝います」


「いいのいいの。富士見さんは魁斗と恵子の相手してあげてー」


「「子供扱いするなー!!」」


 俺たちを見て笑いだす姉ちゃんと富士見。全く、2人してなんなんだ。


 姉ちゃんの料理はすごく美味かった。母さんが仕事で帰れない時は姉ちゃんが夕食を作るらしい。

 それもあってか手慣れた振る舞いで俺たちに料理を振舞ってくれた。昔はこんなことできなかったのに。


「すごく美味しかったです! さすがお姉様!」


「あはは。大したことないよー」


 褒められて嬉しそうに照れる姉ちゃん。可愛いな。


「それじゃあお風呂入っちゃおうか。恵子、一緒に入る?」


「……っ!! こ、子供扱いしないでよっ!!」


「あら、じゃあ恵子さん。私と一緒に入る?」


「ふ、富士見さんと……っ! だ、ダメ! なんだかその服の下にはとんでもない武器がありそうなんだよ!」


「じゃあ……魁斗と入る?」


「「へ?」」


 姉ちゃんがすごく意地悪な表情をしている。富士見もニヤニヤしている。

 風呂といえば昨日の出来事が連想され……


「だ、だれがこんなやつとっ!!! ひ、1人で入れるもん!」


 なぜか頭を1発叩かれ、恵子はスタスタと歩いていく。


「あいつ、1人で風呂入れないのか? 昨日は1人で入ってたけど」


「冗談だよー。恵子って子供っぽいからついイジっちゃうんだよねー」


 なんと。姉ちゃんの腹黒い部分がこんなところで見えるとは。ヘッドホンも言っていたが恵子はイジりやすいキャラなのだろうか?


「ところで魁斗。どう? 久しぶりに一緒に……入る?」


「ぶっ!!!」


 口に含んでいたお菓子を吹いた。冗談とはいえやめてほしいものだ。もしも一緒に入ったりなどしたら俺の理性が収まらない。


「へぇ……久しぶり、ね。ということは昔は一緒に入っていたのね。やはり怪奇谷君はシスコンなのね」


「富士見! そういう誤解は……!」


「そーそー。昔は一緒に入ってたんだよー。魁斗ったらよくお風呂の中で私に抱きついてきて……」


「待て待て待て!!! よく覚えてないけどそれ以上はいけない気がするから勘弁してくれ、いや勘弁してください!!!」


 全く、可愛いだけでなく怖い姉ちゃんだ。俺までイジってきたぞ。


「ふふ。私、恵子のこと見てくるね」


 そう言って姉ちゃんも恵子の後を追う。おそらく俺たちに気を使ったんだろう。俺たちでしか話せないこともあるだろうと思って。


「怪奇谷君。いいお姉さんと妹さんね」


 富士見が言った。その瞳はいつもより輝いているように見えた。


「私、ひとりっ子だからたまに姉とか妹に憧れるんだ」


「俺も、いるけど一緒に住んでないしひとりっ子みたいなもんだよ」


「そう? 一緒に住んでるとか住んでないとかそういうの関係ないんじゃない? 兄弟っていう事実だけであなたはひとりっ子じゃないでしょ?」


 富士見の言うことはごもっともだ。俺はひとりっ子ではない。だけど時々思ってしまうのだ。一緒に住んでいないのに兄弟と言えるのか。


「兄弟話をしているところ悪いけど、現状と今後のことを話さない?」


 ここでヘッドホンが話を切り出した。そうだ。今考えるべきはポルターガイストだ。


「ヘッドホン。お前はあれ、どう思う?」


「まあ普通に考えればあれは騒霊の仕業とはいえないよね」


 宿泊施設の破壊。あれは騒霊がやったことではない。そう仮定したとして、疑問が浮かび上がる。

 破壊を行ったのは誰なのかという疑問点。そしてその狙いは? 狙われたのは宿泊施設、あるいは宿泊客かもしれない。


「でもそうだとしたらなんで宿泊客が狙われるの? やっぱり新競技場が関係するのかしら?」


「いや、そもそも宿泊客を狙うならわざわざいない時を狙って襲わないだろ。ていうか夜なのに宿泊施設に戻ってない奴らもどうかと思うけどね〜」


 富士見とヘッドホン両方の意見を聞く。まだまだ分からないことだらけだ。だけど。


「それも今日の夜にはわかることだ」


 夜になればわかる。だからその時まで大人しくしていようではないか。


 外から虫たちの鳴き声がする。夏を感じさせる夜だ。俺はリビングで1人でいる。姉ちゃん、恵子、富士見は3人で同じ寝室で眠っている。

 富士見も俺と一緒に待機していると言ったが、俺はそれを拒否した。確認するのは俺1人だけで充分だ。


「万が一、寝ちまったら起こしてくれ」


 もしも姉ちゃんが起きるようなことがあればここを通るのは間違いないだろう。


「アタシだって寝る可能性あるんだけど」


 ただ、通っただけでは取り憑かれているかはわからない。なので一旦寝たふりをして、そのまま行かせて後を追う。それが俺の計画だった。


「はは。お前の場合寝てるかどうかなんてわからないんだけどな」


「ひっどいな〜。アタシだってな……ん? おいアンタ」


 ヘッドホンが声色を変える。何かに気づいたのか?


「どうした?」


「今、なんか音しなかったか?」


「音? どんな?」


 俺には虫の鳴き声しか聞こえない。


「なんか……ガラって……ドア、いや」


 俺は1つ気づいたことがある。仮に取り憑かれていたとしても必ずしもここを通るとは限らない。なぜなら。



 外に出る手段は、他にもあるのだから。


「クソッ!」


 俺は寝室のドアを開ける。そこにはぐっすりと眠る富士見の姿が。姉ちゃんの姿は……


「ビンゴだな」


 残っているのは開けっ放しの窓だった。

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