・第303話:「卑怯者のやり方:2」
ヘルマンは残された腕で斬り落とされた自身の腕の傷口を抑えながら、苦悶に満ちた表情に冷や汗を浮かべ、激痛にのたうち回った。
「なっ、なぜだっ!?
どうして、俺が、ここにいるとっ!? 」
そしてヘルマンは、エリックが正確に彼の居場所を推定し、聖剣を振るったことが信じられないという口調で、叫ぶ。
エリックは、なにも答えない。
その代わりに、苦しみ、悶えているヘルマンに向かって、さらに聖剣を振るった。
まずは、ヘルマンの右足。
次いで、左足。
(もう、オレは、絶対に!
絶対に、ヘルマンを逃がしはしない! )
エリックは、これまで何度もヘルマンを取りのがしてきたことを思い出しながら、さらに聖剣を振りかぶる。
「やっ、やめろ、エリック! 」
エリックがなにをしようとしているのかを悟ったヘルマンは、必死の形相で慈悲を請うた。
だが、エリックは当然、耳などかさない。
聖剣をなんの躊躇(ためら)いもなく振り下ろし、ヘルマンに残された最後の腕も斬り落とした。
「ヒぎゃああああああああっ!? 」
ヘルマンが、激痛に悲鳴をあげる。
しかし彼はもう、自身の血だまりの上で身体をくねらせることしかできない。
なぜなら、エリックによって、すべての手足を切断されてしまったからだ。
「やっと、お前にふさわしい姿になったな? ヘルマン」
エリックは死への恐怖と激痛から、涙をこぼしながらうめいているヘルマンを、酷薄な笑みを浮かべながら見おろした。
「お前が、聖母から特別な力を与えられていて、良かったと思うよ。
だって、1センチ刻みでお前を切り刻んでも、簡単には死なないんだからな? 」
「ひっ、ヒィッ!? 」
これから、お前を1センチずつ、切り刻む。
そのエリックからの宣告にヘルマンは怯えた悲鳴をあげ、それから、切羽詰まった声で叫ぶ。
「えっ、エミリア、なにをしているっ!?
俺を、助けろっ!! 」
「黙れ、ヘルマン! 」
そのヘルマンの言葉を聞くと、エリックは自身の足を振り上げ、ヘルマンの口を思いきり踏みつけて黙らせていた。
しかし、エリックはすぐに、その足をどけなければならなかった。
背後で傍観していたエミリアがヘルマンの指示を受けて再び動き出し、聖剣でエリックに斬りかかって来たからだ。
エリックは直前までの自身とエミリアの位置関係から、エミリアがどんなふうに攻撃して来るかを予測し、その攻撃を回避する。
それからエリックは、素早く移動して、いったん、エミリアと距離を取ろうとする。
振り向き、エミリアの姿を確認すると、彼女は聖剣を手に、エリックに向かって突進してきている。
その視線は相変わらず虚ろで、未だに、エミリアに施された洗脳は解けていないようだった。
(ヘルマンを殺さないと、だめなのかっ!? )
できれば、ヘルマンはなるべく時間をかけて、生まれてきたことを後悔するような苦痛を与えながら、殺したい。
エリックはそう思ったが、しかし、復讐(ふくしゅう)よりもエミリアの方が大切だった。
エリックはエミリアが振るう聖剣を受け流しながら、どうにかしてヘルマンにトドメを刺すチャンスをうかがう。
その間に、ヘルマンは、必死にこの場から逃げようとしていた。
すでに彼の手足はなかったが、血潮をたれ流しながら、ヘルマンは床の上を這いずり、少しでもエリックから、死から遠ざかろうとする。
「待て、ヘルマン! 」
エリックはエミリアが振り下ろす聖剣を受け止めながら叫ぶが、ヘルマンは、そののろのろとした動きで、無様な悪あがきをやめようとはしない。
ヘルマンを殺し、エミリアを救わなければならない。
エリックは焦ったが、エミリアはヘルマンからの指示に忠実に戦い続け、エリックは足止めをされてしまう。
もうすぐ、ヘルマンが階段へとたどり着く。
手足を失った状態で遠くまで逃げられるはずはなかったが、聖母から異形のキメラになる力を与えられているヘルマンは、まだどんな能力を隠し持っているかわからない。
場合によっては自力で失ったからだの部位を再生させる力があるかもしれず、そうであった場合、エリックは再び、ヘルマンにトドメを刺せない恐れがあった。
「エミリア、目を、覚ましてくれ! 」
エリックはエミリアに向かって叫んだが、やはり、その言葉はエミリアへは届かない。
その間にもヘルマンは一心不乱に這いずり続け、とうとう、階段へとたどり着きそうになっている。
会談にたどり着けば、後は、転がり落ちていくだけ。
そうすればヘルマンは、エリックからより遠くへと、自身の死からより遠くへと、遠ざかることができる。
だが、ヘルマンの運命は、ここで終わりであるようだった。
ヘルマンが階段へとたどり着き、そこから転がり落ちて逃げようとした瞬間。
彼の目の前にエリックを追って駆けつけてきたセリスが姿をあらわし、そして、ヘルマンの姿を見つけるなり蹴りつけて、彼を押し戻したのだ。
そしてセリスは、屋上でエリックとエミリアが戦っているのを見つけると、「クラリッサ! 」と、急いで背後を振り返り、その場に伏せてクラリッサの視界を開いてやった。
クラリッサは、魔法の杖をかまえ、素早く、エリックたちには聞き取ることも困難な速度で呪文を唱える。
そして放たれた魔法は、エミリアの手にある聖剣へと直撃し、彼女の手から聖剣を弾き飛ばしていた。
聖剣を失い、エミリアは一瞬、動きを止める。
そんなエミリアに向かってクラリッサは、さらに魔法を放った。
クラリッサの放った魔法が、エミリアに直撃する。
するとエミリアは急に、あやつり人形が糸を切られたように、力を失って崩れ落ちた。
「エミリア! 」
エリックは慌てて、彼女の身体を受け止める。
そしてエリックはようやく、肌で、エミリアが生きていることを確かめることができた。
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