・第300話:「聖女と、聖女」
エリックが、エミリアを追って駆け出していく。
その気配を背後に感じながら、リディアは聖女の1人と対峙していた。
知っている顔だ。
聖母によって聖女として生み出されたリディアは、用のない時は、聖堂の地下にある聖母の秘密の実験施設のガラス瓶の中に閉じ込められていた。
その多くの時間、リディアの意識は眠らされていたのだが、時折、目覚めることもあった。
感じるのは、ガラス瓶の中に満たされた液体の冷たい感触。
そして目に移るのは、自身と同じようにガラス瓶の中に封じられている、聖女たちの姿。
今、目の前にいる聖女は、いつもリディアの右斜め向かい側のガラス瓶にいた少女だった。
リディアもそうだが、聖女たちの容姿はみな、美しく整っている。
今リディアの目の前位にいる聖女も、灰色の髪にエメラルド色の瞳を持つ、美しい少女だった。
聖女たちの容姿が整っているのは、それは第一に、人間たちに聖女という存在の神秘性を信じ込ませるためだった。
聖母に選ばれた、特別な力を持った存在。
勇者と並ぶ存在である聖女に整った美しい容姿を持たせることで、聖母は聖女たちが人間たちに見せる神秘性をより強固なものとし、聖母の威光を高めるために利用した。
そして、もう1つ、聖女たちの整った美しい容姿には、理由がある。
それは、勇者となった者を油断させるためだ。
世界を救うために、魔王と刺し違える、英雄。
その悲劇の主人公となる勇者は、みな、男がなる。
その勇者を油断させ、聖女は味方であると信じ込ませ、時には恋愛感情までをも抱かせて、聖女を通して聖母が勇者を意のままにあやつり、踊らせるために。
そのために、リディアたち聖女には整った美しい容姿が与えられている。
リディアは、自身の顔を鏡で見ることも、他の聖女たちの顔を見ることも、嫌いだった。
勇者を利用し、裏切るために与えられた、自身の顔も、聖女たちの顔も、美しかったが、あまりにもおぞましいものでもあったからだ。
リディアが旅を共にした勇者たちは、みな、リディアのことを信じ切っていた。
中には、リディアが本心から、ずっとこれから先も共に生きていきたいと願った者さえ、いた。
だが、その勇者たちを、リディアは裏切り続け、聖母から与えられた聖剣で、背後から貫き続けた。
それが、リディアが生み出された理由。
聖母によって[処分]されずにいられる理由。
暗い地下室でガラス瓶に閉じ込められたままではなく、時折外の世界に出ることができる、その理由だったからだ。
リディアは、そんな自分のことが、嫌いだった。
勇者をもう裏切りたくはない、失敗作としてガラス瓶に閉じ込められている他の聖女たちに申し訳ない。
そう思いつつも、逆らうことはできない、許されないのだと、聖母たちの言いなりになって来た自分が、憎かった。
「たあああああああっ! 」
その嫌悪感を振り払うように、リディアは聖女に向かって斬りかかっていく。
聖女たちは、リディアにとっての姉妹。
リディアと同じ、聖母の犠牲者たちだった。
だから、できることならば、助けたい。
それがリディアの願いだったが、しかし、それは絶対に、叶わない。
なぜなら聖母は、リディア以外の聖女たちには、魂を与えなかったからだ。
「リディア!
この子たち正気じゃないみたいだけど、なんとか、目を覚まさせる方法は、ないの!? 」
戦いながらリディアにそうたずねて来るクラリッサに、聖女の聖剣を自身の剣で受け止めながら、リディアは叫び返す。
「いいえ、クラリッサ!
エミリアちゃんは救えるかもしれない、けど!
この子たちは、もう……、救えないの!
この子たちには……、私以外の、聖女には!
聖母は、魂を与えなかったから! 」
それが、リディアが聖女となって勇者を裏切り続け、他の12人の聖女たちが失敗作の烙印を押され、ガラス瓶の中に閉じ込められ続けてきた、理由だった。
聖母は最初、聖女たちを完全なあやつり人形、聖母の指示に完璧に従う人形として作りだそうとした。
しかし、12人もの聖女を生み出しても、誰1人として、聖母が聖女に求めた役割を果たすことができなかった。
魂のない、聖母の意のままに動く人形。
聖母は彼女たちに、自身の命令を果たすためにどうすればいいのかを考える思考力とその思考の前提となる知識は十分に与えたが、それ以外は与えなかった。
そしてそのことは、聖女たちに、決定的な欠落を生み出していた。
魂のない聖女たちを前にした時、人は必ず違和感を覚え、[なにかがおかしい]と気づいてしまう。
勇者を信用させ、時には恋愛感情さえも抱かせ、そして絶対確実に始末できるよう、油断させるという、聖女のもう1つの重要な役割。
それが、リディア以前の聖女たちには、絶対に果たすことができなかったのだ。
だから聖母は、リディアに魂を与えた。
そしてそのために、リディアは唯一の成功作とされ、長く、苦しんできたのだ。
(私が、してあげられること……!
それは、この子たちに、私の姉妹たちに、終わりを与えること! )
リディアは歯を食いしばりながら、戦い続ける。
無表情に、無感情に、ただただ聖母の命令を果たすために襲いかかって来る聖女たちを、その運命から解放するために。
聖剣を失ったとはいえ、リディアには、唯一の成功作として多くの勇者と共に旅をし、裏切りを強いられてきた中でつちかって来た経験がある。
その経験は、聖母に知識だけを与えられている他の聖女たちを圧倒するだけの力をリディアに与えてくれている。
「すべてを、断ち切って!
あなたたちを、解放する! 」
聖母が与えた運命から、聖女たちを自由にするために。
そのためにリディアは、自身の姉妹たちと戦い続けた。
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