・第299話:「13人の聖女:3」

 聖女たちは聖剣を手に戦う、手強い存在だったが、しかし、戦いは反乱軍の優位になっているようだった。

 犠牲は明らかに反乱軍の方が多くはあったが、数で押し切ることができたらしい。


 エリックが聖女たちの姿を探すと、彼女たちは今、1か所に固まって、守りに入っているようだった。


 生き残っている聖女は、7人。

 橋の欄干(らんかん)背にして半円形の陣形を組み、返り血にぬれた聖女たちは、血潮のしたたる聖剣を手に、かまえをとっている。


 その聖女たちを、反乱軍の兵士たちは外側から、ぐるりと隙間なく取り囲んでいた。


 聖女たちを追いつめはしたものの、反乱軍の犠牲者も、多いようだった。

 ざっと見渡しただけでも10名以上の兵士が倒れ伏しており、おそらく息がなかったし、その何倍かの数が大小の傷を負い、後方に下がって治療を受けている者もいる。

 数で圧倒できていなければ、反乱軍は聖女たちを追い詰めることはできなかったはずだった。


 なんとか反乱軍が聖女たちを追い詰めることができたことにエリックはほっとしていたが、なにより嬉しかったのは、生き残りの聖女たちの中にはエミリアもいたことだった。


「エリック……。

 あの子って、確か、あなたの妹さんだったわね?


 どうする、つもり? 」


 エミリアが生きていることにほっと胸をなでおろしているエリックに、セリスが小声でそう確認する。


 セリスは、エミリアと親しかったわけではないが、面識はある。

 そして、エリックにとってエミリアが大切な妹であったということも、知っている。


 明確に口にはしなかったが、セリスはおそらく、エミリアを降伏させることができないかと、そうエリックにたずねたかったのだろう。

 それを言わなかったのは、エミリアたち、聖女たちの様子が、明らかに通常のものではなく、洗脳されるなりして、自由意思を失っているような状態だからだろう。


 エリックとしても、できれば、エミリアには武器を捨てて降伏して欲しかった。

 しかし、とても聖女たちは降伏を受け入れるという判断を下せる状態には見えなかったし、エミリアたちが降伏してくれる可能性は低かった。


 エリックは、必死に、どうすればエミリアを救えるかを考える。

 そうしてエリックが考えている間、反乱軍の兵士たちも、追い詰められた聖女たちも、沈黙したまま対峙を続けていた。


 皆が、エリックの号令を待っているのだ。

 反乱軍の兵士たちは追い詰めた聖女たちをどうするのか、エリックが決断を下すのを待っているし、聖女たちもまた、反乱軍が動き出すのを待っている。


 聖母を倒すためには、あらゆる障害を排除していかなければならない。

 しかし、エリックはこの判断ばかりは、簡単には下せなかった。


 エミリアは、この世界にたった1人だけ残された、肉親。

 妹なのだ。


 おそらくは聖女たちは降伏を受け入れない以上、聖母を倒すための障害となる彼女たちを、エリックは排除する決断をしなければならなかった。

 しかし今のままその決断を下しては、エミリアも犠牲となってしまう。


 その決断は、エリックにはできない、したくないことだった。


────────────────────────────────────────


 先に動いたのは、聖女たちの方だった。

 彼女たちはじっと、エリックが決断を下し、反乱軍が次の動きを見せるのを待ち続けていたが、唐突に、その聖女たちの中に混じっていたエミリアが、ある方向を振り向いた。


 その方向にあるのは、先ほど、まるでエリックたちを迎え入れるように自ら門を開いたばかりの、城門がある方向だった。

 城門を守るために設置された防御塔の、その片方へ突然、エミリアは視線を向けていた。


 そこにいったい、なにがあるのか。

 どうして、エミリアだけがそちらへ顔を向けたのか。


 エリックはなにがあったのかを確かめようと、エミリが視線を向けた防御塔へと視線を向けようとしたが、すぐにその動きを中断する。


 反乱軍に追い詰められていた聖女たちが、一斉に動き出し、反乱軍に向かって突っ込んできたからだ。


 聖剣を手に襲いかかって来る以上、反乱軍は応戦せざるを得ない。

 一度中断されていた戦いは再開され、再び、激しい乱戦となった。


 しかしすぐにエリックは、これまでの戦いとは、様子が違っていることに気がついた。


 これまでの戦いは、エリックを狙おうとする聖女たちと、それを阻止しようとする反乱軍との戦いだった。

 聖女たちは聖母にとっての脅威であるエリックを第一目標に狙っていたのだ。


 しかし、今度の聖女たちの戦い方は、それとは違っている。

 エリックを第一目標とはせず、できるだけ多くの兵士たちと戦って、少しでも多くの損害を与えようとしているようだった。


 敗北を悟って、全滅を覚悟で突撃して来たのか。

 聖女たちの戦い方の変化を直感的にそうとらえたエリックは、慌てて、エミリアの姿を探す。


 自分たちの全滅と引きかえにできるだけの損害を反乱軍に与えようというのなら、聖女たちはもはや、自身の身をかえりみていないということになる。

 兵士たちに反撃するなと命じることもできないし、捨て身の攻撃でエミリアが犠牲になる可能性は大きかった。


 幸いにも、エリックはすぐにエミリアの姿を見つけることができた。

 彼女の明るい色の美しい金髪は、目立つのだ。


 だが、奇妙なことに、エミリアは他の聖女たちとは違った動きをしていた。

 より多くの兵士たちと刺し違えるための動きではなく、彼女は一点に向かって、反乱軍の包囲を突破するような動きを見せている。


 エリックはエミリアを追いかけようとしたが、聖女の1人が斬りかかってきて、応戦しなければならなかった。


「エミリア!

 待ってくれ、エミリア! 」


 エリックは自身に襲いかかって来る聖女と戦いながら、エミリアを必死に呼ぶ。


「勇者様、ここは私に任せて、妹様を! 」


 その時、リディアがそう言いながら、エリックと、エリックに襲いかかっていた聖女との間に割って入ってくれた。


「すまない、リディア! 」


 エリックはリディアにそう礼を言うと、すぐに、エミリアを追って駆け出す。


 エミリアは、すでに反乱軍の包囲を突破し、全力で走っている。


 その目指す先は、しかし、聖堂ではなかった。

 エリックたち反乱軍を迎え入れるように開いた、聖堂へと続く橋を守っていたはずの城門だ。


 エミリアの意図は、わからない。

 だが、なんとしてでも彼女を取り戻し、救いたいと願うエリックは、エミリアの後を追いかける以外の選択肢を持ってはいなかった。

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