・第298話:「13人の聖女:2」

 妹を、エミリアを、なんとしてでも救いたい。


 なぜなら彼女は、この世界にたった1人だけ残された、エリックにとって唯一の肉親なのだ。


 聖母を倒し、復讐(ふくしゅう)を果たし、この世界を果たす。

 その望みさえ果たせるのなら、エリックは自分自身のすべてを賭ける、その覚悟をしてはいる。


 しかし、もしも自分に未来というものが存在するのなら。

 その未来の中に、エミリアもいて欲しかった。


 エリックは、エミリアに少しでも近づこうと、前に出ようとする。

 しかし橋の上は乱戦となってしまっていて、思うようにはいかなかった。


 13人の聖女たちはエリックを倒そうと必死で、反乱軍の兵士たちはエリックを守ろうと必死だった。

 そんな激しい戦いの中では、エリックの進路は塞がれ、そして、エミリアも同じ場所にはとどまってはくれない。


 エミリアを除く12人の聖女たちは、なんらかの欠陥や不足があって、本物の聖女とはなることができなかった者たちであるはずだった。

 そうであるはずなのだが、聖剣を手にした彼女たちの力は、十分に強い。


 エリックの周囲には反乱軍の精鋭たちが集結していたはずだったが、犠牲は明らかに反乱軍の側に多かった。

 1人、2人、多数の兵士たちで取り囲んでようやく聖女を倒すことができても、その数倍以上の犠牲が生じている。


 戦死者も出ていたが、しかし、負傷者の方が圧倒的に多かった。

 どうやら聖女たちは、自分たちに向かって来る反乱軍の兵士たちに反撃するだけで、とどめを刺すことにこだわっていないようだった。


 その理由は、明白だ。

 聖女たちはみな、エリックただ1人を討ち取ることを狙っているのだ。


「チッ! 」


 エリックは、いつの間にかまた、自分が3人の聖女たちにとり囲まれていることに気づいて、鋭く舌打ちをしていた。


 いつもなら、長大なツヴァイハンダ―の形状をしている聖剣を横なぎに大きく振るい、聖女たちをけん制していったん、距離を取るところだ。


 しかし、エリックを守ろうとするあまり多くの反乱軍の兵士たちが橋の上に集まってきており、周囲は乱戦状態だ。

 そんな状態で、通常の鎧であれば紙のように引き裂いてしまうほどの威力を持った聖剣を大きく振るえば、必ず、他の兵士たちを巻き込んでしまう。


「エリック! 」「勇者様! 」


 その時、エリックの近くで、セリスとリディアが声をあげる。


 どうやら彼女たちが、それぞれ1人ずつ、聖女を引き受けてくれるらしい。


 エリックは、ただ、2人を信じて、自身の戦うべき相手をただ1人に定め、聖剣を水平に寝かせ肩の位置にまで持ち上げ、槍のようにかまえながら向かって行く。

 こうして常に聖剣の切っ先がどこにあるかを把握しておけば、ひとまず味方を巻き込むことはないはずだった。


 エリックは、雄叫びと共に鋭く、聖女の1人に向かって聖剣を突き入れる。

 エリックにとっての剣術の師匠でもある騎士・ガルヴィンから教え込まれた、ツヴァイハンダ―による強烈な刺突攻撃だ。


 自身の得物のリーチの外からのその攻撃に、聖女は防御に回るほかはなかった。


 どうやら、エリックを狙っていた他の2人の聖女はセリスとリディアがうまく抑え込んでくれたらしく、エリックはこの1人の聖女だけに集中することができる。

 エリックは間髪入れずに素早く刺突をくり返し、自分が攻め、聖女が守るという形を崩さなかった。


 聖女は守る一方だったが、しかし、執念深く、静かに、エリックに反撃するチャンスをうかがっている。

 聖母たちに洗脳でも受けて思考を支配されているのか、相変わらず聖女の表情には感情がなく、その瞳もどこか虚ろなものだったが、その分動きに迷いがなく、その動き方から、淡々とエリックが隙を見せるのを待っているのだとわかる。


 エリックの心の中に、聖女たちへの同情心が浮かぶ。

 彼女たちはみな、聖母の犠牲者たちなのだ。


 聖母によって道具として作り出され、しかし、失敗作との烙印を押され、長い時間を、ガラス瓶の中に閉じ込められて過ごして来た、彼女たち。

 その運命は、あまりにも哀れで、できれば彼女たちも救ってやりたいと、エリックはそう思わずにはいられない。


 その感情が、一瞬、エリックの動きに隙を生じさせたのか。

 聖女はぐっと身体を縮めると、エリックの刺突の下をかいくぐり、聖剣を手にエリックに向かって肉薄してくる。


 エリックは自分の感情の揺れをいましめつつ、慌てない。

 ツヴァイハンダ―は長大な剣であり、懐(ふところ)に入られると弱い武器だったが、そんな時にどう対処すればよいかを、ガルヴィンからみっちり剣の修業を受けたエリックは知っていた。


 エリックは肉薄して来た聖女の身体の予備動作から、聖剣の動きを見極め、最低限の動きだけで聖女の斬撃をかわしていた。

 迷いのない、人形のような、それでいて正確な動きだ。

 予測し、かわすことは、決して難しいことではなかった。


 もちろん、エリックは自身の体勢は崩さなかった。

聖女からの攻撃をかわした状態でエリックは反撃に転じ、刀身では対処できない間合いにまで飛び込んできた聖女に対し、聖剣の柄に取りつけられている鍔(つば)を、その首筋めがけて突き出していた。


 聖剣の鍔は、左右に大きく張り出すように作られている。

 それは刃のない金属の突起に過ぎなかったが、しかし、聖女の突進の勢いとエリックが突きだす力が合わされば、容易に、聖女の首筋の皮膚を突き破る。


「がっ……、ぼっ……っ!? 」


 首に致命傷を受けた聖女は、聖剣を手から落とし、喉からあふれ出てきた自らの鮮血におぼれる。

 そんな聖女から聖剣の鍔(つば)を引き抜いたエリックは、絶命しつつある聖女から周囲へと素早く意識を向けていた。


(リディアは、互角以上に戦っている。


 セリスは……、少し、分が悪いか! )


 そしてエリックはそう状況を見極めると、振り向きざまに、セリスと戦っていた聖女に向かって聖剣を振るう。


 セリスや他の味方の兵士を傷つけないようにできるだけ小さく振られた聖剣は、セリスとの戦いに集中していた聖女の脇腹を正確に斬り裂いていた。

 そしてその聖女が体勢を崩すと、その隙を逃さず、セリスが自身の短剣を聖女の首筋に入れ、その聖女の命を絶った。


 それとほぼ同時に、リディアも、自身が相手をしていた聖女に勝っていた。

 2人とも聖女として聖母に作られた者同士で、元々の実力は拮抗していたようだったが、何度も本物の聖女として何人もの勇者と共に戦って来たリディアの経験の蓄積が、明確な差となってあらわれたようだった。


「ありがとう、2人とも。

 おかげで、助かった」


 互いの死角をカバーしあうために自然と背中合わせに集まったセリスとリディアにエリックが礼を言うと、2人は油断なく周囲を警戒しながらうなずく。


 幸いなことに、聖女たちとの戦いは、エリックたちに有利なものになりつつあるようだった。

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