・第297話:「13人の聖女:1」
13人の聖女は、それぞれの聖剣をかまえると、エリックに向かってまっすぐに突進してくる。
雄叫びも、なにもない。
静かな突進だった。
だが、それがかえって、不気味だ。
姿勢を落とし、衣装の大きく作られたそでをなびかせながら突っ込んで来る聖女たちは、ただ、エリックを討ち取るために製造された、人形たちのようだった。
(違う!
エミリアは、人形なんかじゃ、ない! )
エリックは、その光景を信じたくなかった。
エミリアが、敵としてエリックの前にあらわれた。
そのショックだけではなく、あまりにも大きな罪悪感が、エリックの内側にわきあがってくる。
ずっと、エリックはエミリアを探していた。
その所在を明らかにし、救出したいと、そう願っていた。
しかし、エミリアの行方をつかむことはできず、そして、そのエミリアは今、エリックに向かってきている。
聖母の手先、聖女として。
聖剣を手に、エリックに襲いかかって来る。
(エリック、目を覚ませ! )
だが、エリックはその内側からのサウラの言葉で、我に返った。
そして我に返るのと同時に、とっさに背負ってきていた聖剣を引き抜き、かまえていた。
先頭をきって突っ込んできたエミリアが、エリックに向かって聖剣を突き入れて来る。
その、一切の迷いのない冷徹な鋭い一撃を、エリックは自身の聖剣で受け流し、エリックの急所を狙っていた切っ先をずらして防御する。
「エミリア! 」
エリックは至近で妹の名を叫んだが、しかし、エミリアは眉ひとつ動かさない。
その代わりに、エリックに追撃を加えることなく、飛び退(すさ)って距離をとった。
エリックはエミリアを追いかけたかったが、できなかった。
エミリアが飛び退(すさ)ったタイミングに合わせて、別の聖女たちがエリックに襲いかかって来たからだ。
13人の聖女たちによる、連携したたて続けの攻撃。
その攻撃を、エリックはどうにか受け流し、かわしていく。
聖女たちはみなそれぞれ異なる外見を持った美しい少女たちだったが、その表情はみな一様で、意思のない人形のようだ。
そんな彼女たちが振るう聖剣は、なんの感情もこもっていない無機質な軌道をえがきながら、エリックの急所を正確に狙って来る。
「くっ!? 」
エリックが身に着けた鎧の表面を、聖女たちの聖剣の切っ先がとらえ、エリックは苦しそうな声を漏らす。
聖女とはいっても中身が少女であるからか、あるいは勇者と魔王の力を合わせ持ったエリックの膂力(りょりょく)が単純に上回っているのか、聖女たちの攻撃は素早く正確でも軽かったが、13人が連携してくり出してくる攻撃は途切れることがなく、エリックは徐々に押されていた。
「勇者様! 」
その時、リディアがそう叫びながら、聖女たちとの戦闘に加わって来た。
それに続いて、セリス、ケヴィン、ガルヴィン、ラガルトといったエリックの仲間たちや、聖堂を攻撃するために集結していた反乱軍の精鋭たちも次々と駆けつけ、13人の聖女たちとの戦いに加わってくる。
数の上では、エリックたちが逆転した。
13人の聖女たちはエリックだけを集中して狙うことができなくなり、逆に、複数の反乱軍の兵士たちからの攻撃に対応しなければならなくなる。
だが、聖女たちは1歩も引かなかった。
その手にした聖剣は、どれも本物と同様の力を有しているらしく、殺気も闘志も感じさせない無機質な動きで彼女たちは聖剣を振るい、逆に、反乱軍の兵士たちに損害を与えていく。
「リディア、教えてくれ!
こいつらは、いったい!? 」
「これは、私の、姉妹たちです! 」
向かって来る聖女の聖剣を防ぎ、反撃しながら、エリックが事情を知っていそうなリディアにたずねると、リディアも聖女たちと戦いながら、悲痛な声で答える。
(そうか!
確か、リディアは、聖女13番……、13番目に作られた、聖女!
聖母はどこかに、それまでに作った12人の聖女を、隠していたのか! )
エリックは、ガラス瓶の中に閉じ込められていたというリディアの話を思い出しながら、ほぞを噛んでいた。
今戦っている聖女たちはみな、聖母によって生み出され、道具としてしか扱われてこなかった犠牲者たちなのだ。
そしてその中に、エリックの妹、エミリアも加えられてしまっていた。
「エミリア! 」
乱戦の中、エリックはエミリアの姿を探し、その名を叫ぶ。
しかし、やはりエミリアはエリックの声に反応することもなく、黙々と戦い続けている。
エミリアは、お転婆な少女だった。
いわゆる女の子らしいと言われるような遊びは好まず、野山を駆け巡ったり、馬に乗ったりするのが好きな、活発な少女だ。
しかし、彼女は剣術まではならってはいなかった。
魔王を倒す旅に出て以来、エミリアとはまともに会う機会がなかったから、その間に習ったという可能性もあるが、聖剣を振るって戦えるほどの技量を身に着けているとは思えない。
おそらく、聖母がエミリアを、聖女に仕立て上げたのだ。
エリックは、聖母たちはエミリアを人質とし、交渉の材料に使って来るのではないかと恐れていた。
悪辣(あくらつ)な聖母たちなら、そんなことは平気で行うだろうと。
その予想は、間違っていた。
聖母たちはエリックの予想よりもさらに悪辣(あくらつ)な者たちで、エリックに、自身の妹と戦うことを強いて来たのだ。
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