・第294話:「見失うべきでないこと:2」
聖母の信徒たちの狂信。
その、頑迷さ。
それは、数多くの脱走者を生み出しつつも、未だにそれ以上の数の信徒たちが聖都の防衛のために戦っていることからも、明らかだ。
すでにエリックたちは城壁の守りを突破し、聖母のいる聖堂を目指して進撃を続けているにも関わらず、信徒たちの抵抗はやんでいない。
降伏してくる信徒たちも大勢いたが、絶望的な抗戦を続け、あるいは、自ら命を絶つ信徒たちも大勢いる。
聖都を包囲して以来、反乱軍は信徒たちの異常さを見せつけられてきていた。
そしてその間に、「もう、戦って殺すしかないのではないか? 」と、そんな疑念を、誰もが抱くようになっていた。
一面で言えば、それは真実だ。
信徒たちの中でも特に狂信的な者たちは、どんな卑劣な手段を使ってでも抵抗してくる。
降伏したと見せかけて、武器を隠し持ち、襲って来るような者もいる。
その見た目が老人や子供であったとしても。
信徒たちの中には確実に、狂信者たちが紛れ込んでいる。
そして反乱軍の兵士たちには、通常の信徒と、狂信者の区別はつかない。
どちらも同じ[人間]にしか見えないからだ。
だから、いつしか反乱軍の兵士たちは、信徒はすべて滅ぼすしかないのではないかと、そんなふうに心のどこかで考えるようになってしまっていた。
それでは、いけない。
見失ってはいけないことが、確かにある。
エリックの言葉は、互いに全滅するまで戦い続けねばならないと、そんな、絶滅戦争をしなければならないのだと考え始めていた反乱軍の人々を、引き戻した。
当然、無条件に、すべての信徒を捕虜として受け入れるわけではない。
エリックから指示された通り、最初に魔法などを使って拘束し、徹底的に武装解除をしてからはじめて、捕虜として受け入れる。
その間、信徒たちがいくら慈悲を請おうと、泣き叫ぼうと、決して躊躇(ちゅうちょ)はしない。
そうして武装解除を徹底してやっと、反乱軍の兵士たちも、捕虜となった信徒たちも、安全を確保できるからだ。
もし不審な態度を見せたり、抵抗したりすれば、反乱軍の兵士たちは容赦なく、そうした行動を見せた信徒たちを討ち取って行った。
すべてを無条件に救うことができるなどと、犠牲を出さずに勝ちたいなどと、そんな考えはもう、エリックは捨て去っている。
ただ、救える命があるのなら、そうする手間を惜しみたくないと、そう考えているだけだ。
それは、手間のかかるやり方だった。
降伏してきた信徒たちは拘束し、徹底的に身体検査して武装を解除しなければならないから、人手も時間もかかる。
反乱軍の兵士たちの中には、「抵抗してくれた方が、手間がかからない」とまで言う者が出たほどだった。
それでもエリックは、虐殺は命じなかった。
そうしなければ、魔物や亜人種たちを、自身が世界を支配するための道具として利用し、弾圧し、虐殺して来た聖母と変わらないように思えるからだ。
エリックは魔王城で見た光景を、鮮明に覚えている。
谷底に積み重なった、無数の死体。
聖母に命じられるまま、人類軍がくり広げた虐殺が生み出した光景。
そして、魔王軍の生き残りの黒魔術士によって施された黒魔術によって、エリックの身体に流れ込んできた無数の[命]。
あの混沌を、犠牲者たちの怨嗟(えんさ)、嘆きを、エリックは知っている。
あれと、同じことをしてはならない。
それはエリックにとっては、明らかなことだった。
あのような犠牲者たちをもう出さないためにこそ、エリックは戦っている。
聖母への復讐(ふくしゅう)を果たすということは、エリックにとって、この世界を救うということと同義になっていた。
そして生まれる、新しい世界。
そこをどんな世界にするか、具体的にどうやって新しい世界を作るのか。
その構想は、エリックにはない。
そんなことをゆっくり考えている余裕など今までなかったし、聖母さえ倒してしまえば、いくらでも考える時間は得られるだろうと、そう思って来たからだ。
しかし、漠然としたイメージは、ある。
人間も、魔物も、亜人種も、関係ない。
聖母のような、残酷な偽物の神のいない世界で、それまで争い続けることしか知らなかった種族が手を取り合い、平和に、穏やかに生きていく。
そんな世界を作り出すためには、エリックたちは決して、聖母と同じになってはいけない。
そうするのが楽だからといって、無分別な殺戮を行ってはいけないのだ。
エリックはその方針を反乱軍に徹底させたし、反乱軍も、それに従った。
そのためにエリックたちの進撃の速度は大きく鈍ることとなり、聖都の巨大な市街地を制圧するのにかなりの時間を要することとなってしまった。
しかし、エリックは焦らなかった。
どうせもう、聖母はこの聖都から逃げ出すことなどできないのだ。
聖都は、反乱軍によって幾重にも包囲されている。
空もまた、反乱軍に加わった竜騎士たちの手によって、支配されている。
聖母は今も、確かに聖堂にいる。
その存在は、聖堂に施された強力な魔法防御を通しても、多くの魔術師たちによって感知されている。
聖都が攻撃を受け、防衛線が突破され、時間がかかりつつも徐々に、確実に聖都が制圧されて行っている状況でも聖母が動かないのは、少し、不気味でもあった。
しかし、この世界にもはや聖母の味方となる者たちはおらず、どこにも逃げ場など残されていないというのは、事実だ。
エリックたちは時間をかけつつも、確実に聖堂へと迫り、聖母を追い詰めていった。
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