・第295話:「最後の守り」

 反乱軍による聖都の制圧には、何日もの時間がかかっていた。


 総攻撃を開始して間もなく、エリックたちは聖都の防衛線を突破し、その城壁を乗り越え、門を突き破り、聖都の市街地へと突入を果たした。

 しかし、捕虜は可能な限り生かすという方針を徹底したため、聖都の市街地の制圧に多くの時間を取られてしまったのだ。


 聖都は、人類社会の中心地として、長い時間あり続けてきた。

 その間に聖母の命令によって大勢の人々が動員され、拡大と改修を続けてきた巨大な都市であり、城塞だ。

 10万の信徒たちを収容してなお余りある広大な市街地のすべてが、城壁で囲まれている。


 その広大な市街地に分散して、信徒たちは抵抗を続けていた。


 いっそのこと、焼き払ってしまおう。

 そんな意見も出たし、実際、反乱軍は信徒たちを混乱させるために投石機で火炎弾を撃ち込み、聖都の市街地の一部に火災を生じさせていたが、この案を全面的に実行してしまえば無差別攻撃になってしまう。


 聖都を包囲する間に脱走し、反乱軍に駆けこんできた信徒たちは大勢いたが、その脱走して来た信徒たちから、本心では戦うことを望まない信徒たちがまだ大勢いることを知らされている。

 その中には、脱走したくともそのための手段や能力がなく、やむなく聖都にとどまっているという者たちもいるのだ。


 市街地に火をかけて焼き尽くせば、そういった者たちもすべて殺戮することになる。

 時間はかかるがやはり、少しずつ武装解除しながら進んでいくという方法を、エリックはとりたかった。


 そうして、そんな手間のかかる作業も、ようやく終わりを見せつつあった。

 エリックたち反乱軍は聖都の守りについていたほとんどの信徒たちを討ち取るか降伏させ、ついに、未制圧の部分は聖母のいる聖堂とその周辺だけとなっていた。


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 聖堂は、巨大で、壮麗な建築物だ。

 その姿は、全人類を支配する聖母の威光の象徴であり、そして今となっては、その歪んだ支配の証拠でもあった。


 聖堂の、荘厳な見た目。

 人々に、この世界に聖母は確かに存在し、その加護は間違いなくあるのだと、そう錯覚させるために作られたその巨大な建築物が、数えきれないほど多くの者たちの犠牲の上に作られたのだということを、エリックたちは知っている。


 聖母は人間たちに寄進と称して肉体労働を行わせ、自身の権威を示すためだけの建物を作らせた。

 そしてその裏では、聖母がこの世界を支配し続けるための犠牲者として、多くの魔物や亜人種、そして、人間が、死んでいったのだ。


 聖都は、聖堂は、無数の犠牲者たちの死骸の上に建っている。

 その荘厳さ、巨大さこそ、聖母の罪深さをなによりもはっきりとあらわすものだった。


 そしてエリックたちは、とうとう、その聖堂の前までたどり着いていた。


 しかし、聖堂へいきなり突入することは、できない。

 聖堂そのものが、魔王城にあったものや、魔法学院にあるものと同じように、強力な魔法のシールドによって守られているということだけではない。


 聖堂はそれ自体が、聖都の内部に引き込まれた運河によって囲まれている城塞であり、そして、その入り口にたどり着くためには、巨大な城門を突破しなければならないからだ。


 城門は、聖堂を囲む運河を渡る橋とセットになった構造になっている。

 聖堂の巨大な正門の前から石造りの頑丈な橋がのびており、運河を渡り終えたその先に、防御塔と組み合わされた巨大な城門がそびえているのだ。


 その最後の守りを突破してようやく、エリックたちは聖堂に施された魔法のシールドを解除し、聖堂の中へと突入するための作業に入ることができるのだ。


 聖都の市街地の制圧を終え、抵抗を試みてきた信徒たちを倒し、隠れ潜んでいた者たちは降伏させて武装解除し捕虜としたエリックたちは、聖堂を守る最後の城門の前に、エリックを始めとする精鋭たちを集めていた。


 中心にいるのは、当然、エリックだ。

 その周囲を、クラリッサやリディア、ガルヴィン、レナータ、セリスにケヴィン、ラガルト、アヌルスたち、反乱軍の幹部であり、エリックの仲間と呼べる者たちが固めている。


 そしてそのさらに周囲には、人間、魔物、亜人種、そういった種族は関係なく、特に戦闘力に優れた精鋭たちが集められていた。


 ここを突破し、聖堂を守る魔法のシールドを解除すれば、もはや聖母を守れるものはなにもない。

 いよいよ、聖母との決着をつける時が来るのだ。


 だからこそ、聖母はこの城門と運河を渡るための橋を組み合わせた最後の防衛拠点を、死守してくるはずだった。


 きっと、数少なくなった教会騎士団の精鋭が、待ちかまえているはずだ。

 聖騎士のような、聖母の[祝福]を受けて、異形のバケモノに変化する力を手にしてしまった者たちさえも、そこにはいるかもしれない。


 城門は、エリックたちが攻撃準備を整えて隊列を組み終えても、不気味に沈黙していた。

 防御塔と組み合わせて作られた城門は聖堂と同じく巨大で、聖母の威厳を示すように重厚で、堅固に見える。

 だが、そこには人影もなく、聖母たちはそこを死守して来るのに違いないはずなのに、エリックたちに反撃しようという意志さえ感じることができない。


 聖母のことだ。

 また、なにか悪辣(あくらつ)な罠を用意しているのかもしれない。


 城門の静かさは、そんな不気味な予感をエリックたちに抱かせるほどのものだった。


 しかし、ここまで来て、立ち止まってはいられない。

 聖母を倒し、エリックは復讐(ふくしゅう)を果たすのと同時に、この世界を本当の意味で救済しなければならないからだ。


 だからエリックは、城門に対する攻撃開始を命じた。

 聖都の内部にまで持ち込んだ投石機や破城槌によって城門を攻撃し、一気に聖堂に向かって突撃しようと、反乱軍はエリックの命令する声で一斉に攻撃を開始しようとする。


 だが、奇妙なことが起こった。


 反乱軍の将兵が喚声(かんせい)をあげ、城門に向かって攻めかかろうとしたその時、エリックたちが多大な犠牲を払って突破しなければならないと考えていた城門が、自ら開かれたのだ。

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