・第292話:「聖都包囲殲滅戦:3」
聖都を守る信徒たちの抵抗は激しいものではあったが、エリックを旗頭として攻撃を続ける反乱軍の前進を阻むことはできなかった。
やはり、兵士としての訓練を受けた者を中心として構成される反乱軍と、にわかに兵士に仕立て上げられただけの信徒たちとでは、その戦力に大きな開きがある。
立ちはだかる信徒たちによって足止めされる場面はあったが、反乱軍は順調に聖都の奥へと進んでいった。
聖都の上空の戦いも、すでに決着がつきつつある。
やはり飛竜第64戦隊を中心として戦った反乱軍側の竜騎士たちが勝利を手にし、聖母の側の竜たちはほとんど撃墜されて、わずかな生き残りが多数の反乱軍側の竜騎士に追い回されているような状況だった。
戦況は、反乱軍にとって有利に進んでいく。
後はこのまま聖母のいる聖堂へと攻め込み、エリック自身の手によって、聖母を討ち滅ぼせば、戦いは反乱軍の勝利で幕を閉じるはずだった。
だが、エリックたちは、聖母の信徒たちの狂信の恐ろしさを、身をもって知らされることとなった。
それは、エリックたちが、聖堂に向かって進撃を続けていた途中に起こった。
エリックたちの攻撃を前に、不利を悟った信徒たちの一団が、エリックたちに降伏を申し出てきた時のことだ。
エリックはその信徒たちの降伏を、受け入れた。
これまでに聖都を脱出して来て、反乱軍に投降してきていた信徒たちから、聖都にはまだ戦うことを望まない信徒たちも大勢いると知らされていたし、降伏を申し出てきたその信徒たちの一団は、老人や少年少女、女性たちで構成されていたからだ。
降伏の使者としてエリックたちの下へやってきた老人によると、その信徒の一団は、籠城戦の後方支援を行うために編制された者たちであったらしい。
城壁の守りにつく信徒たちに食事を提供したり、負傷者が出れば手当てをしたりと、直接戦闘には関わらないような仕事を与えられていたらしい。
とても、ウソをついているようには見えなかった。
降伏を申し出てきた一団は武器を持っていなかったし、実際、大勢の負傷者を含んでいたからだ。
エリックは、必ず聖母を滅ぼすと誓っている。
そして、その目的を妨害するために立ち塞がるのなら、たとえつい先日まで武器を持ったこともない、ロクに戦い方も知らない信徒であろうと、躊躇(ちゅうちょ)なく斬り捨てる。
だが、エリックはその信徒たちの降伏を受け入れた。
彼らが、武器を持っているような様子がなかったというのもあるが、その多くが老人や非力な女性たちで、まだ幼さの残る少年少女までいたからだ。
とても戦いを挑んでくることなどできないだろうと、そう思ったのだ。
それに、信徒たちは武装解除に応じたし、身体検査を実施しても不審な物品を発見することができなかった。
しかし、エリックの用心は、まだ足りてはいなかった。
狂信者たちの執念深さを、十分に考慮していなかったのだ。
「勇者様、危ないっ!! 」
元聖女・リディアが切羽詰まったように叫んだのは、降伏を受け入れたエリックが、後方の反乱軍の陣営へと送られる、降伏して来た信徒たちの隊列を横目に、聖堂へ向かってさらに進もうとしていた時のことだった。
慌てて、エリックは声のした方向を振り返る。
そこには、少年がいた。
フードつきの修道服に身を包み、フードを目深にかぶっているためその表情は見えないが、腰だめになにかをかまえ、エリックに向かって叫びながら駆けて来る。
その少年の手には、スティレットと呼ばれる短剣が握られている。
スティレットは、鎧の隙間、達人であれば鎧の上から相手を突き刺し、殺傷するために作られた特殊な短剣だ。
その形状は十字をしており、刃は先端にしかついておらず、刀身は四角形の断面をしており、刺突にのみ特化した構造をしている。
そして小型の武器であるから、隠し持っておくこともできる。
捕虜たちの武装解除を担当した兵士たちが身落としたか、あるいは、捕虜たちが結託して、巧妙に武器を隠したのだろう。
相手がまだ子供だからと、身体検査に油断があったのかもしれない。
そうして、降伏したはずの信徒たちの中に混ざっていた刺客が、エリックの命を奪うべく、突っ込んできている。
エリックと少年の距離は、もう、かなり縮まっている。
エリックは気配で、リディアが自身の身体を盾としてエリックを救うべく駆け出していることに気づいていたが、しかしリディアの位置からエリックまでは少し距離があって、その行動が間に合わないことも知っていた。
エリックは、魔王城でも似たような状況があったことを、その刹那(せつな)に思い出していた。
人類軍の捕虜となった知人、あるいは家族を救うために単身、襲いかかって来た、エルフの少年。
あの時のエリックは、その少年を斬ることができなかった。
それは間違いなく、心のどこかに、甘さが残っていたから。
どんなことをしてでも魔王を倒し、世界を救うのだと口では言っておきながら、心のどこかでは、自分の手で子供を斬るようなことをしたくないと、そういう意識が残っていたからだ。
(今なら、斬れる。
あの時とは、違う……)
エリックはとっさに、聖剣の柄に手をかけていた。
長大なツヴァイハンダ―の形状を持つ、聖剣。
それをエリックは、背中に背負っている。
引き抜き、振り下ろせば、一刀両断にできる。
少年とエリックとの間にはもうほとんど距離がなかったが、訓練を積んだ兵士であれば、少年を斬り捨てることは容易なことだった。
ましてや、エリックは、新魔王なのだ。
勇者と魔王との力を合わせ持つ、聖母を倒す存在。
斬る。
ただそう思えば、苦も無く、一瞬で、少年の命を絶ち切ることができる。
「っ! 」
だがエリックは、聖剣を抜かなかった。
迷いや弱さを捨て去ることと、ここで、自分を殺そうとしている、しかし、素人丸出しのつたない動きしかできない少年を斬り捨てることは、決してイコールにはならないと、そう思えたからだった。
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