・第290話:「聖都包囲殲滅戦:1」
エリックたちがライたちを粛清(しゅくせい)したその翌日。
エリックは、聖都への総攻撃を決定していた。
それも、総攻撃の実施を決めたその翌日、明日の朝には開始するという、急な決定だった。
聖都の城壁はまだ、完全には崩すことができてはいない。
それなのにエリックが総攻撃を開始すると決めたのは、やはり、反乱軍の内側に裏切り者たちが潜んでいるかもしれないと、ライたちの一件でわかったからだった。
裏切り者たちの末路は、こうなるのだ。
そんな見せしめとするためにエリックたちはライたちを粛清(しゅくせい)した。
その冷徹な粛清(しゅくせい)により、ライたちの裏切りの発覚によって生じた反乱軍の動揺は、最小限で済んでいる。
裏切り者が粛清(しゅくせい)されることは当たり前のことであったし、裏切り者たちが受けるべき当然の罰を受けただけのことだからだ。
だが、ライたちの裏切りの影響は、時間が経つと大きくなる可能性があった。
なぜなら、裏切っていたのが聖母に以前から支配されていた人間たちではなく、聖母と戦っていたはずの、魔物や亜人種たちだったからだ。
ライたちは、以前から、まだ人類軍と魔王軍とが激しく戦っていた時からの、言ってみれば筋金入りの裏切り者たちだったが、そういった事情は些細(ささい)なものだった。
聖母に弾圧され、聖母の打倒をかかげて激しく戦っていたはずの魔物や亜人種たちでさえ裏切るかもしれないという事実は、反乱軍の中に大きな動揺を生み出す恐れがあった。
だからエリックは、作戦の荒さを許容してでも総攻撃の日時をくりあげなければならなかった。
今はまだライたちが裏切ってそれをエリックたちが粛清(しゅくせい)したという事件の衝撃で、反乱軍の兵士たちのほとんどはまだ気づいていなかったが、時間が経って、[魔物や亜人種でさえ、聖母の手先になり得るのだ。ましてや、人間は……]と兵士たちが考え始めてしまえば、反乱軍はそこで瓦解(がかい)してしまう可能性がある。
そうなる前に、聖都を攻略して決着をつけなければならなかった。
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エリックたちはライの裏切りを未然に防ぐことができたが、あるいはそうやって疑心暗鬼の種を反乱軍の中に振りまくことが、聖母の狙いだったのではないか。
そうやってエリックたちに、攻略に万全の状態を作る前に聖都を攻撃させることで、聖母は自身にとって少しでも有利な状況を作り出そうとしているのではないか。
エリックは周囲を一望できる櫓の上に立ち、聖剣を頭上に高く掲げて聖都を見すえながら、そんな疑念を抱いていた。
まだ日ものぼらない、薄暗い時間帯だった。
しかし、エリックの周囲では、戦闘態勢を整えた反乱軍の将兵が隊列を組み、いつでも聖都に向かって攻撃を開始できるような態勢を整えている。
彼らは、エリックが号令を発するのを待っていた。
そしてエリックも、自身が聖都への総攻撃の号令を発すべき時間がやって来るのを、待っていた。
万全の準備を整えることができたわけではないが、聖都の守りはかなり崩されている。
その城壁は至る所で崩され、船を接近させてハシゴでもかければよじ登ることができるほどになっていたし、聖都の側からの反撃の拠点となる防御塔もその多くが破壊され無力化されている。
また、聖都を守る信徒たちも、弱ってきているような様子だった。
反乱軍は昼夜を問わず投石攻撃を続け、信徒たちを決して安眠させなかったから、精神的にも肉体的にも、疲労が蓄積されているはずだった。
それでも、聖都を守る信徒たちは、抵抗する気力までは失ってはいない様子だった。
これまでの包囲の間、エリックたち反乱軍は、聖都を逃げ出して来た多くの信徒たちを受け入れてきていた。
聖母は自身の教団の信徒たちを武装させて聖都を守る兵士としたが、聖母のこれまでの蛮行によって聖母への信仰心を失い、また、戦うことを嫌う信徒たちの数は多く、エリックたちは聖都の戦力を目減りさせる狙いもあって、脱走してくる信徒たちの妨害をしてこなかった。
そうして聖都を脱走し、反乱軍の陣営に逃げ込んで来た信徒たちは、1万名を超える。
さすがに聖母の教団の信徒だった者たちまでは簡単には信用できなかったから、反乱軍では彼らを隔離して監視下に置いているが、これだけの数の脱走者が出ていることだけを見ても、聖母の権威の失墜ぶりは明らかだった。
しかも、逃げてきた信徒たちの話によれば、聖都にはまだ、戦うことを望まない信徒も大勢、残されているのだという。
脱走するような体力のない者や、意志が弱く脱走を決断できない者、教団からの監視が厳しく脱走の機会を得られない者など、相当な数がまだ聖都には残っているのだという。
だが、そういった戦意をなくしている者たちを差し引いても、聖都にはまだ、戦う意思を持った多くの信徒たちがいる。
これからエリックは、その、ついしばらく前までは兵士ではない非戦闘員だった民衆がいる場所を、徹底的に破壊するように命令を下す。
考えるだけで、気分の重くなることだった。
聖母を未だに信仰している者たちとはいえ、聖都を守る信徒たちの多くは兵士として戦えるような力量を持っておらず、エリックたち反乱軍が攻撃を加えれば、ほとんど一方的に殺戮することができてしまう。
それは、虐殺とほとんど変わらない。
少なくともエリックには、そう思えてしまう。
エリックの脳裏には、魔王城での戦いの光景が鮮明によみがえっていた。
老若男女、関係なく、魔物も亜人種も関係なく、目につく者すべてを殺傷し、破壊しつくした戦い。
あれと同じことをするように、エリックは今から命令を下す。
やがて、地平線の彼方から、朝日が昇る。
暗かった空が徐々に明るくなり、日差しが世界を照らし出す。
総攻撃を決行するその時がやって来た。
「攻撃、開始!
聖母を、倒せ! 」
エリックは、躊躇(ためら)わずに、総攻撃を開始する号令を発し、聖剣を振り下ろしていた。
直後、轟音のような喚声(かんせい)が沸き起こる。
戦闘準備を整えた反乱軍の兵士たちは、エリックの号令を受け、一斉に聖都に向かって突撃を開始した。
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